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真見る童・三
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「父さん!」
燃え盛る屋敷の中に飛び込んだ黒髪の少年は、舞い上がる火の粉を早いながら母屋へ走った。
煌々と眩しい炎の中に、見慣れた廊下や梁が見えて苦しくなった。もっと大きく感じていた生家が、とても小さく感じた。
『天宮』で、秘書にあたる「祐筆」という役職についていた分宮家は、天宮の分家筋にあたる家柄だ。
物の怪や神通力を生まれ持った者についての人別帳や、事件事故の顛末の記録、能力者と同等の神通力を使用できる術の指南書など、現世に野放しにしては治安を乱すモノを保管し監視している『天宮』に仕え、書物の管理を一手に引き受けていたのが分宮家だった。
その分宮が、クーデターを起こしたのだ。
世の中の裏の世界を取り仕切り大きな影響力を持つ家と、それにただ仕えるだけで何の役得もない家。祖先は同じ血筋なのに、本家の『天宮』と分家筋の『分宮』との格差に疑問を抱いた当主が、一族を先導し、本家に対して牙を剥いた。自分たちが管理を任されていた禁術を悪用し、武力で本家に成り代わろうと画策し、実行したのだった。
「父さん!どこだ、出てきてくれ!母さん!」
少年は足の裏からジリジリ焦がす火の熱を、訓練の末に習得した〈鎌鼬〉の能力で防ぎ、さらに奥の方へ進んだ。仏間の奥には大広間があったはず。
一族はそこにいるのだろうか?それとも、家屋敷に火を放ち、逃走してしまったのだろうか・・・
「今ならまだ間に合う!俺が掛け合うから、降伏してくれ!長引けば、六花の本隊が追いつき、殲滅されるかもしれねぇ。父さん!どうか、出てきてくれ!」
少年の言う通り、『天宮』は六花衆の部隊を討伐隊として放っていた。
ここに到着するのも時間の問題だった。
「父さん!父さん!!」
少年の叫びに、屋敷のどん詰まりにあたる奥の間から高笑いする声がした。
「父さん」
駆けつけた少年に、父と呼ばれた男は薄気味悪い声で「誰だ、貴様」と笑った。
「わしに貴様のような息子はおらん。わしの子なら、異様なの神通力など持たぬはず。浅ましく本家の犬となり、一族を皆殺しにするような息子などおらん!」
「誤解だ、六花はそういう部隊じゃねぇ!素直に投降すれば、処罰は免れねぇとしても命までは取らねぇと思う。女子供もいることだし、どうか冷静になってくれ!」
それに〈鎌鼬〉の力だって、自分が望んだものではない。
「ふはははっ!命までは取らない?嘘をつけ。そんな戯言、信じるとでも思っているのか?烏のような恰好をして、性根の悪い奴よ」
そう言って男は立ち上がった。
「!!」
少年は自分の目を疑った。
紅蓮の炎を背に立ち上がった彼の足元に身を寄せ合うように座っていた一族の者たちに、すでに異変が起こっていた。当主の男が動くと同時に、彼らもずるずると付いて動く。洗脳されているのか、意思を持っているとは思えない男の影のような存在感の薄さだ。
その異様な光景に一瞬怯んだ隙に、男は着物の袂からパラパラと何かを巻いた。
「侵入者を殺せ!」
巻かれた紙切れは人型になり、一直線に少年の体めがけて飛んできた。
「し、式神?」
少年とは違い、父親にも一族にも特異な能力はなかったはずだ。それなのに、式神を駆使しているということは、すでに禁術を自らに施し、一部の能力を使えるようになってしまっているということ。
未遂ならば弁解し減刑の願いも叶ったかもしれないが、もう手遅れだったということか・・・
白い人型たちは炎に焼かれることもなく、少年の動きを封じようと貼りつく。腕から剃刀のように鋭い疾風を投げて対抗していくが、式神の数は増えていく。黒い装束が徐々に白い紙で覆われていく。
このままではまずい。
「哀れなものよ。幼い頃に親元から拉致されて、山奥に隔離されたあげく殺人兵器として育てられるとは。そして最後はたった独り、使い捨ての駒のごとく犬死してゆく運命なのだから」
違う。そんなことはない。棟梁は温かい人だ。父のような人だ。
自分は実の両親の愛情には縁がなかったが、家族と呼べる仲間がいる。その彼らを欺いてまで、肉親を助けようとしているのに・・・
飛び交う火の粉と白い紙に苦戦する少年の目の前で、棟梁の男は呪文を唱え始めた。
「わしはこの業火に抱かれ、異国に伝わる不死鳥のごとく完全なる姿となって復活する!」
「何をするつもりなんだ、父さん!頼むから、もうやめてくれよ!」
呪文を唱え続ける棟梁は、すぐそばに寄り添う自分の妻の肩に手を置いた。その瞬間、ガクッと妻の体が倒れた。続いてまた隣に座る身内の者へ手を置き、バタリと倒した。
焦げた床に伏せた者の顔に精気はない。
もしや、精気を吸い取り自分の力に替えているのか。生まれながらの神通力ではない彼は、消費した精気を他人から吸収しがなら術を発動しているようだ。
「ついに、人じゃねぇモノになっちまったんだな。父さん・・・」
このままでは一族皆殺しするのは六花ではなく、当主である父になってしまう。今、彼を止められるのは・・・
「終わらせるしかねぇか。俺が」
少年は手心を加えていた〈鎌鼬〉の能力を、全開放することにした。
一瞬で仕留めよう。長く苦しまないように、一振りにすべてを乗せて。
轟々と唸る炎の中、身を低く構えた少年が全力で放った風の刃が、錯乱し始めた咎人の喉元を大きく割いた。
「父さん、俺が全部背負ってくよ。咎人の子・八尋が、この先ずっと」
俺は、八尋。六花衆最強と謳われた、梟隊隊長、分宮八尋。
しおりを挟む 燃え盛る屋敷の中に飛び込んだ黒髪の少年は、舞い上がる火の粉を早いながら母屋へ走った。
煌々と眩しい炎の中に、見慣れた廊下や梁が見えて苦しくなった。もっと大きく感じていた生家が、とても小さく感じた。
『天宮』で、秘書にあたる「祐筆」という役職についていた分宮家は、天宮の分家筋にあたる家柄だ。
物の怪や神通力を生まれ持った者についての人別帳や、事件事故の顛末の記録、能力者と同等の神通力を使用できる術の指南書など、現世に野放しにしては治安を乱すモノを保管し監視している『天宮』に仕え、書物の管理を一手に引き受けていたのが分宮家だった。
その分宮が、クーデターを起こしたのだ。
世の中の裏の世界を取り仕切り大きな影響力を持つ家と、それにただ仕えるだけで何の役得もない家。祖先は同じ血筋なのに、本家の『天宮』と分家筋の『分宮』との格差に疑問を抱いた当主が、一族を先導し、本家に対して牙を剥いた。自分たちが管理を任されていた禁術を悪用し、武力で本家に成り代わろうと画策し、実行したのだった。
「父さん!どこだ、出てきてくれ!母さん!」
少年は足の裏からジリジリ焦がす火の熱を、訓練の末に習得した〈鎌鼬〉の能力で防ぎ、さらに奥の方へ進んだ。仏間の奥には大広間があったはず。
一族はそこにいるのだろうか?それとも、家屋敷に火を放ち、逃走してしまったのだろうか・・・
「今ならまだ間に合う!俺が掛け合うから、降伏してくれ!長引けば、六花の本隊が追いつき、殲滅されるかもしれねぇ。父さん!どうか、出てきてくれ!」
少年の言う通り、『天宮』は六花衆の部隊を討伐隊として放っていた。
ここに到着するのも時間の問題だった。
「父さん!父さん!!」
少年の叫びに、屋敷のどん詰まりにあたる奥の間から高笑いする声がした。
「父さん」
駆けつけた少年に、父と呼ばれた男は薄気味悪い声で「誰だ、貴様」と笑った。
「わしに貴様のような息子はおらん。わしの子なら、異様なの神通力など持たぬはず。浅ましく本家の犬となり、一族を皆殺しにするような息子などおらん!」
「誤解だ、六花はそういう部隊じゃねぇ!素直に投降すれば、処罰は免れねぇとしても命までは取らねぇと思う。女子供もいることだし、どうか冷静になってくれ!」
それに〈鎌鼬〉の力だって、自分が望んだものではない。
「ふはははっ!命までは取らない?嘘をつけ。そんな戯言、信じるとでも思っているのか?烏のような恰好をして、性根の悪い奴よ」
そう言って男は立ち上がった。
「!!」
少年は自分の目を疑った。
紅蓮の炎を背に立ち上がった彼の足元に身を寄せ合うように座っていた一族の者たちに、すでに異変が起こっていた。当主の男が動くと同時に、彼らもずるずると付いて動く。洗脳されているのか、意思を持っているとは思えない男の影のような存在感の薄さだ。
その異様な光景に一瞬怯んだ隙に、男は着物の袂からパラパラと何かを巻いた。
「侵入者を殺せ!」
巻かれた紙切れは人型になり、一直線に少年の体めがけて飛んできた。
「し、式神?」
少年とは違い、父親にも一族にも特異な能力はなかったはずだ。それなのに、式神を駆使しているということは、すでに禁術を自らに施し、一部の能力を使えるようになってしまっているということ。
未遂ならば弁解し減刑の願いも叶ったかもしれないが、もう手遅れだったということか・・・
白い人型たちは炎に焼かれることもなく、少年の動きを封じようと貼りつく。腕から剃刀のように鋭い疾風を投げて対抗していくが、式神の数は増えていく。黒い装束が徐々に白い紙で覆われていく。
このままではまずい。
「哀れなものよ。幼い頃に親元から拉致されて、山奥に隔離されたあげく殺人兵器として育てられるとは。そして最後はたった独り、使い捨ての駒のごとく犬死してゆく運命なのだから」
違う。そんなことはない。棟梁は温かい人だ。父のような人だ。
自分は実の両親の愛情には縁がなかったが、家族と呼べる仲間がいる。その彼らを欺いてまで、肉親を助けようとしているのに・・・
飛び交う火の粉と白い紙に苦戦する少年の目の前で、棟梁の男は呪文を唱え始めた。
「わしはこの業火に抱かれ、異国に伝わる不死鳥のごとく完全なる姿となって復活する!」
「何をするつもりなんだ、父さん!頼むから、もうやめてくれよ!」
呪文を唱え続ける棟梁は、すぐそばに寄り添う自分の妻の肩に手を置いた。その瞬間、ガクッと妻の体が倒れた。続いてまた隣に座る身内の者へ手を置き、バタリと倒した。
焦げた床に伏せた者の顔に精気はない。
もしや、精気を吸い取り自分の力に替えているのか。生まれながらの神通力ではない彼は、消費した精気を他人から吸収しがなら術を発動しているようだ。
「ついに、人じゃねぇモノになっちまったんだな。父さん・・・」
このままでは一族皆殺しするのは六花ではなく、当主である父になってしまう。今、彼を止められるのは・・・
「終わらせるしかねぇか。俺が」
少年は手心を加えていた〈鎌鼬〉の能力を、全開放することにした。
一瞬で仕留めよう。長く苦しまないように、一振りにすべてを乗せて。
轟々と唸る炎の中、身を低く構えた少年が全力で放った風の刃が、錯乱し始めた咎人の喉元を大きく割いた。
「父さん、俺が全部背負ってくよ。咎人の子・八尋が、この先ずっと」
俺は、八尋。六花衆最強と謳われた、梟隊隊長、分宮八尋。
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