36 /
41
白と黒・三
しおりを挟む
ドアに背を預け、史郎はけだるそうに大きくため息をついた。
「最近、思うのですよ」
「何を?」
「雪村の女主人の体質とよく似ている僕も、いつかあの人みたいになってしまうと思うのですよ。その前に、まだ元気なうちにですよ?より良い滋養となる逸材を入手して、弱る前の自分に取り込んだらどうなるだろうとね」
シロはクロをじっと見ながら続けた。
「雪村は、生き続けるために他者の精気を取り込みますよね。同じ能力を持つはずの僕ですが、何度手解きを受けてもそれができませんでした。そんな僕にとって幸運だったことは、ある家に保管されていた禁術が記録されたマニュアル本を買い取ることができたことです」
「マニュアル本って、いつも読んでる資料のことか?」
「ご名答。特殊能力者の情報だけでなく、もっと魅力的な活用法があると分かったのです。たとえば〈白子〉の能力がない常人にもそれと同様のことができる方法を見つけましてね、それもほぼ習得しつつあるのですよ」
「何言ってんだ、オヤジ」
「だから、この貧弱な僕でも、クロくんのような最強になれるということです」
「・・・狂ってるのか?あんた」
目の前でニヤニヤ笑う男が一瞬、炎の中に立つ父に見えた。
「あの雨の日、この研究所にたどり着いたクロ君にはとてつもないエネルギーを感じたのです。並みの人間からは発することのできない、強靭で熱くて美しいエネルギーをね。僕は、これが欲しいと思いました」
「・・・・・・」
「まさに神様からのプレゼントだと思いましたよ。不憫な身体に生まれついた僕の研究を後押ししてくれる、運命と呼ぶべき何かをあの時感じたのです」
なぜ俺はここへ来たのか。
まるで導かれるようにこの男のもとへ向かったことは、ある意味運命と呼べなくもないだろう。記憶をなくし、能力を封じられても、咎人の匂いを嗅ぎ取って未然に防ごうとした六花の本能。
「ただ、僕には確信が持てなかったのですよ。稀にみる生命力というだけで、最強の男となる僕に吸収されるに相応しい能力者かどうかは判断できません。身元を確かにしておく必要があったし、それには失われた記憶の回復が必須でした」
「それで、いろんな能力者のところへ派遣して刺激させたのかよ」
「察しがいいですね。案外賢いのですね」
満足そうに笑うシロは、「本当にキミは魅力的な素材ですね」と頷いた。
「調査で関わった者たち・・・そう、魚住の女がキミに惹かれた理由は、天宮家特有の資質なのでしょう。分家筋といえど天宮の血を引くクロ君は、能力者の保護や支援をしているあの家に対して、彼らが警戒心を解き心を開かせるという風格を備えていたからなのでしょうね」
「・・・・・・」
「自分でも理解していないでしょうね」
シロは白衣のポケットから紙片を取り出し、そこに包まれた粉薬を鼻から吸い込んだ。
「水上や大谷の一件も、過去の事件に対するトラウマを感じたのではないですか?神谷の父親には何を癒されたのですか?新藤の調査など、本心ではどうでもよかったのです。すべて、キミの全能力を引き出すための手段だったのです」
「俺のためだけに、あいつらに関わらせたって言うのかよ」
「そうですよ。だってキミに比べたら、彼らは物足りない能力ばかりでしょう?全員足したとしても、クロ君一人の能力に匹敵しそうにありませんしね。それこそ時間の無駄です。役立たずですよ」
平然と言い切るシロに、無性に腹が立った。
彼らは自身の能力に悩み、苦しみ、それでも必死に生きていた。常人の世界で、異形の力を抱えながらも平穏に暮らしていきたいと願っている。
そんな彼らを私欲を満たすためにあれこれ探っておいて、無駄だと言うのか?役立たずだというのか?
「この下衆野郎が」
クロは日差しを避けてドアに寄りかかるシロの胸ぐらを掴み絞め上げた。
「役立たずなんて一人もいねぇよ。あんたに必要なくたってな、俺はみんなに出会えてよかったと思っているよ。無気力だった俺に、みんなはいろいろなものをくれたんだ。ありのままで生きていこうって思えるようにしてくれたんだよ。それを、あんたは・・・」
ギリギリと襟を絞める。息苦しさに顔を赤らめたシロだが、口元は笑ったままだ。
「クロ・・・く、ん・・・これ・・・見て、く・・・ださい」
「は?何を」
視線を下げたクロは顔色が変わった。
シロの手には茜が掴まれている。
しっかりと胴を捕らえられた彼女は、懸命に身をよじるが逃げ出すことができないようだ。クロは絞めつけと強めれば強めるほど、シロも茜を掴む両手に力を込めている。
「汚ぇぞ。この野郎」
「ど、どうとでも・・・言いなさい。・・・うっ、ごほごほ、ごほ」
手を離したクロに、咳き込みながら不気味に笑うシロは、茜を抱えたまま部屋を飛び出した。
「待ちやがれ!」
すかさず追いかけたクロの目に、悲しそうな茜の赤い目が泣いているように見えた。
しおりを挟む 「最近、思うのですよ」
「何を?」
「雪村の女主人の体質とよく似ている僕も、いつかあの人みたいになってしまうと思うのですよ。その前に、まだ元気なうちにですよ?より良い滋養となる逸材を入手して、弱る前の自分に取り込んだらどうなるだろうとね」
シロはクロをじっと見ながら続けた。
「雪村は、生き続けるために他者の精気を取り込みますよね。同じ能力を持つはずの僕ですが、何度手解きを受けてもそれができませんでした。そんな僕にとって幸運だったことは、ある家に保管されていた禁術が記録されたマニュアル本を買い取ることができたことです」
「マニュアル本って、いつも読んでる資料のことか?」
「ご名答。特殊能力者の情報だけでなく、もっと魅力的な活用法があると分かったのです。たとえば〈白子〉の能力がない常人にもそれと同様のことができる方法を見つけましてね、それもほぼ習得しつつあるのですよ」
「何言ってんだ、オヤジ」
「だから、この貧弱な僕でも、クロくんのような最強になれるということです」
「・・・狂ってるのか?あんた」
目の前でニヤニヤ笑う男が一瞬、炎の中に立つ父に見えた。
「あの雨の日、この研究所にたどり着いたクロ君にはとてつもないエネルギーを感じたのです。並みの人間からは発することのできない、強靭で熱くて美しいエネルギーをね。僕は、これが欲しいと思いました」
「・・・・・・」
「まさに神様からのプレゼントだと思いましたよ。不憫な身体に生まれついた僕の研究を後押ししてくれる、運命と呼ぶべき何かをあの時感じたのです」
なぜ俺はここへ来たのか。
まるで導かれるようにこの男のもとへ向かったことは、ある意味運命と呼べなくもないだろう。記憶をなくし、能力を封じられても、咎人の匂いを嗅ぎ取って未然に防ごうとした六花の本能。
「ただ、僕には確信が持てなかったのですよ。稀にみる生命力というだけで、最強の男となる僕に吸収されるに相応しい能力者かどうかは判断できません。身元を確かにしておく必要があったし、それには失われた記憶の回復が必須でした」
「それで、いろんな能力者のところへ派遣して刺激させたのかよ」
「察しがいいですね。案外賢いのですね」
満足そうに笑うシロは、「本当にキミは魅力的な素材ですね」と頷いた。
「調査で関わった者たち・・・そう、魚住の女がキミに惹かれた理由は、天宮家特有の資質なのでしょう。分家筋といえど天宮の血を引くクロ君は、能力者の保護や支援をしているあの家に対して、彼らが警戒心を解き心を開かせるという風格を備えていたからなのでしょうね」
「・・・・・・」
「自分でも理解していないでしょうね」
シロは白衣のポケットから紙片を取り出し、そこに包まれた粉薬を鼻から吸い込んだ。
「水上や大谷の一件も、過去の事件に対するトラウマを感じたのではないですか?神谷の父親には何を癒されたのですか?新藤の調査など、本心ではどうでもよかったのです。すべて、キミの全能力を引き出すための手段だったのです」
「俺のためだけに、あいつらに関わらせたって言うのかよ」
「そうですよ。だってキミに比べたら、彼らは物足りない能力ばかりでしょう?全員足したとしても、クロ君一人の能力に匹敵しそうにありませんしね。それこそ時間の無駄です。役立たずですよ」
平然と言い切るシロに、無性に腹が立った。
彼らは自身の能力に悩み、苦しみ、それでも必死に生きていた。常人の世界で、異形の力を抱えながらも平穏に暮らしていきたいと願っている。
そんな彼らを私欲を満たすためにあれこれ探っておいて、無駄だと言うのか?役立たずだというのか?
「この下衆野郎が」
クロは日差しを避けてドアに寄りかかるシロの胸ぐらを掴み絞め上げた。
「役立たずなんて一人もいねぇよ。あんたに必要なくたってな、俺はみんなに出会えてよかったと思っているよ。無気力だった俺に、みんなはいろいろなものをくれたんだ。ありのままで生きていこうって思えるようにしてくれたんだよ。それを、あんたは・・・」
ギリギリと襟を絞める。息苦しさに顔を赤らめたシロだが、口元は笑ったままだ。
「クロ・・・く、ん・・・これ・・・見て、く・・・ださい」
「は?何を」
視線を下げたクロは顔色が変わった。
シロの手には茜が掴まれている。
しっかりと胴を捕らえられた彼女は、懸命に身をよじるが逃げ出すことができないようだ。クロは絞めつけと強めれば強めるほど、シロも茜を掴む両手に力を込めている。
「汚ぇぞ。この野郎」
「ど、どうとでも・・・言いなさい。・・・うっ、ごほごほ、ごほ」
手を離したクロに、咳き込みながら不気味に笑うシロは、茜を抱えたまま部屋を飛び出した。
「待ちやがれ!」
すかさず追いかけたクロの目に、悲しそうな茜の赤い目が泣いているように見えた。
お気に入りに追加
9












