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白と黒・五
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「ここです。僕の秘密の場所」
階段を下りた先には施錠された鉄の扉があった。
夜目が効くシロは手慣れた感じで開錠し、室内の照明を点けた。そこは十畳ほどの空間だった。
「こんな地下室があったのか」
「元々は食糧庫でしたが、僕が改造しました」
「食糧庫?」
「そう元々は、茜さんが隠遁生活をするために買い取った山荘だったのですよ、ここは。そこを僕が使いやすいようにあれこれ手を加えたのです」
シェルターのように素っ気ない内装の部屋には、研究所のいたるところに貼られていた呪符と同じ文字が書かれていた。床には円が描かれ、それをおびただしい札が取り囲んでいる。
「茜が隠遁してたって、なんのことだよ」
「あれ?話していませんでしたっけ?」
わざとらしく首を傾げるシロは、ぐったりしている茜を円の中心に横たえた。
クロはニヤニヤ笑みを浮かべる男を押しのけ、脱力した小さな体を抱き上げた。良かった、まだ息はある。
「彼女は、〈覚〉の能力があったのです。僕はそれを例の書物で知り、最初の獲物に選んだのですよ」
自身の意思とは関係なく人の心を読んでしまう〈覚〉として過酷な人生を歩んできた茜は、常人のように暮らすことを諦め、人里離れた山中に引きこもった。そして最小限の人の手助けを受け細々と生きていた。
ある日、そんな彼女の前に全く心を読めない男が現れた。
彼は諸事情により住む場所をなくしてしまい、一時的でかまわないので居候させてほしいと言ってきた。誰かと生活することなど経験のない彼女は、不安よりも好奇心が勝ち、見知らぬ男を招き入れてしまった。
「茜さんに対して〈覚封じ〉の術を使っていたのですが、読心のできない人物が珍しかったのか、あっさり信頼してくれましたよ。僕を嫌っていたのは彼女が飼っていた白貂だけでしたけどね。野生の勘ってやつですかね」
自分を信頼していた茜を、シロは毒牙にかけた。
秘密裏に改造していた食糧庫におびき出し、書物に載っていた〈白子〉の術を応用する転魂の術を発動して、彼女の能力ごと精気を吸い取ろうと試みた。しかし、その時。
「術の発動開始直後、茜さんの飼っていた貂が飛び込んできたのですよ。僕に吸収されるべき精気は一番近くにいた貂へ流れてしまいました。さらに惜しいことに、〈覚〉の力は消失してね。茜さんの抜け殻になり、その魂は貂へ吸収され融合したようです」
「茜は、人間だったのか?」
「そうですよ。森の中に実験で死んだ動物が埋葬してあるって言いましたよね。あれは人間だった頃の彼女の身体を埋めてあります」
「そんな・・・」
腕の中にいる白貂は、ゆっくり頭を持ち上げクロを見上げた。
そして、口元を少し引いて笑ったような顔をした。
「茜・・・」
「黙ってて、ごめんさない。クロ」
人間らしい貂だと思っていた。それは当たり前だ。彼女の中身は人間の女性だったのだから・・・
目を閉じて動かなくなった茜をそっと抱きしめた。
おんおんおんおんおん・・・
「何の音だ?」
クロは、自分の背後で自分たちの様子を見ていたシロが、低く何かを唱えていることに気づいた。
見渡せば、円陣の周囲から冷たい空気が流れ、辺りは靄のようなものに満たされ始めていた。その視界不良に紛れ、シロの手が茜を奪い去った。
「茜さんはもう長くありません。追いかけっこの最中に殺処分用の薬を打ちましたからね。でも、安心してください。キミもすぐ後を追うのですから、寂しい思いはしませんよ」
おんおんおんおんおん・・・
部屋中から唸るような地響きがする。足元から這い上がる悪寒がクロを襲う。息が詰まる。
「この野郎・・・」
精一杯の〈鎌鼬〉の疾風もシェルター同然の頑丈な壁に跳ね返され、威力を封じられてしまう。じりじりと意識を奪われていく感覚は、雪村邸で味わった苦痛に似ている。いや、それ以上に不快だ。
立ち込めた靄で視界が真っ白になった。天地左右が判断できなくなり、感覚が混乱し始める。
「う、くそぉ・・・」
「この数か月、地道に下準備していたかいがありました。それほど期待していなかったのですけど、思っていたより効果がありましたね、この〈鎌鼬封じ〉の護符も」
「・・・・・・」
もう、ここまでか。
心も身体も限界に達したクロは死を覚悟した。
自分もあの日、一族と共に死ぬ運命だった。これはその時受けるはずだった罰なのだ。クロは抵抗することを諦めた。
薄れゆく意識の中、クロの身体を守るようにやさしく包み込む気配を感じた。あたたかく心地いいその何かは、いつも近くに感じていた彼女の匂いがした。
あか・・・ね・・・?
ほんの一瞬だけ、クロの脳裏に穏やかに微笑む女性の姿が浮かんだ。
クロ、アンタは大丈夫よ・・・
ねぇ、約束して・・・アンタは生きるって、アタシの分も生きるって・・・
もっと、もっと・・・生きて・・・
しおりを挟む 階段を下りた先には施錠された鉄の扉があった。
夜目が効くシロは手慣れた感じで開錠し、室内の照明を点けた。そこは十畳ほどの空間だった。
「こんな地下室があったのか」
「元々は食糧庫でしたが、僕が改造しました」
「食糧庫?」
「そう元々は、茜さんが隠遁生活をするために買い取った山荘だったのですよ、ここは。そこを僕が使いやすいようにあれこれ手を加えたのです」
シェルターのように素っ気ない内装の部屋には、研究所のいたるところに貼られていた呪符と同じ文字が書かれていた。床には円が描かれ、それをおびただしい札が取り囲んでいる。
「茜が隠遁してたって、なんのことだよ」
「あれ?話していませんでしたっけ?」
わざとらしく首を傾げるシロは、ぐったりしている茜を円の中心に横たえた。
クロはニヤニヤ笑みを浮かべる男を押しのけ、脱力した小さな体を抱き上げた。良かった、まだ息はある。
「彼女は、〈覚〉の能力があったのです。僕はそれを例の書物で知り、最初の獲物に選んだのですよ」
自身の意思とは関係なく人の心を読んでしまう〈覚〉として過酷な人生を歩んできた茜は、常人のように暮らすことを諦め、人里離れた山中に引きこもった。そして最小限の人の手助けを受け細々と生きていた。
ある日、そんな彼女の前に全く心を読めない男が現れた。
彼は諸事情により住む場所をなくしてしまい、一時的でかまわないので居候させてほしいと言ってきた。誰かと生活することなど経験のない彼女は、不安よりも好奇心が勝ち、見知らぬ男を招き入れてしまった。
「茜さんに対して〈覚封じ〉の術を使っていたのですが、読心のできない人物が珍しかったのか、あっさり信頼してくれましたよ。僕を嫌っていたのは彼女が飼っていた白貂だけでしたけどね。野生の勘ってやつですかね」
自分を信頼していた茜を、シロは毒牙にかけた。
秘密裏に改造していた食糧庫におびき出し、書物に載っていた〈白子〉の術を応用する転魂の術を発動して、彼女の能力ごと精気を吸い取ろうと試みた。しかし、その時。
「術の発動開始直後、茜さんの飼っていた貂が飛び込んできたのですよ。僕に吸収されるべき精気は一番近くにいた貂へ流れてしまいました。さらに惜しいことに、〈覚〉の力は消失してね。茜さんの抜け殻になり、その魂は貂へ吸収され融合したようです」
「茜は、人間だったのか?」
「そうですよ。森の中に実験で死んだ動物が埋葬してあるって言いましたよね。あれは人間だった頃の彼女の身体を埋めてあります」
「そんな・・・」
腕の中にいる白貂は、ゆっくり頭を持ち上げクロを見上げた。
そして、口元を少し引いて笑ったような顔をした。
「茜・・・」
「黙ってて、ごめんさない。クロ」
人間らしい貂だと思っていた。それは当たり前だ。彼女の中身は人間の女性だったのだから・・・
目を閉じて動かなくなった茜をそっと抱きしめた。
おんおんおんおんおん・・・
「何の音だ?」
クロは、自分の背後で自分たちの様子を見ていたシロが、低く何かを唱えていることに気づいた。
見渡せば、円陣の周囲から冷たい空気が流れ、辺りは靄のようなものに満たされ始めていた。その視界不良に紛れ、シロの手が茜を奪い去った。
「茜さんはもう長くありません。追いかけっこの最中に殺処分用の薬を打ちましたからね。でも、安心してください。キミもすぐ後を追うのですから、寂しい思いはしませんよ」
おんおんおんおんおん・・・
部屋中から唸るような地響きがする。足元から這い上がる悪寒がクロを襲う。息が詰まる。
「この野郎・・・」
精一杯の〈鎌鼬〉の疾風もシェルター同然の頑丈な壁に跳ね返され、威力を封じられてしまう。じりじりと意識を奪われていく感覚は、雪村邸で味わった苦痛に似ている。いや、それ以上に不快だ。
立ち込めた靄で視界が真っ白になった。天地左右が判断できなくなり、感覚が混乱し始める。
「う、くそぉ・・・」
「この数か月、地道に下準備していたかいがありました。それほど期待していなかったのですけど、思っていたより効果がありましたね、この〈鎌鼬封じ〉の護符も」
「・・・・・・」
もう、ここまでか。
心も身体も限界に達したクロは死を覚悟した。
自分もあの日、一族と共に死ぬ運命だった。これはその時受けるはずだった罰なのだ。クロは抵抗することを諦めた。
薄れゆく意識の中、クロの身体を守るようにやさしく包み込む気配を感じた。あたたかく心地いいその何かは、いつも近くに感じていた彼女の匂いがした。
あか・・・ね・・・?
ほんの一瞬だけ、クロの脳裏に穏やかに微笑む女性の姿が浮かんだ。
クロ、アンタは大丈夫よ・・・
ねぇ、約束して・・・アンタは生きるって、アタシの分も生きるって・・・
もっと、もっと・・・生きて・・・
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