西上総神通力研究所

智春

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後日談・菖蒲の咲く頃

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爽やかな初夏の風が咲き乱れた菖蒲の園を揺らす。そんな麗らかな日和に、懐かしい人物に呼び止められた。

「クロさん。お久しぶりです」

坊主頭の青年の声に、藍色の花々を眺めている黒髪の男は眩しそうに微笑んだ。

「おぉ、〈山嵐〉の!」

男は菖蒲の花をいたわりながら青年の立っている芝の上へ向かい、「お前、ちょっといかつくなってねぇか?」と訊いた。その問いに、坊主頭の青年は照れながら大きく頷いた。

「クロさん、雰囲気変わりましたね。和装のせいかな・・・なんか、毒気が抜けたって言うか、柔らかい印象になったと言うか・・・上手く言えませんけど」

「ひでぇな。俺はずっと優しいお兄さんだぜ?」

黒髪の男は、着物の袖をヒラヒラさせておどけて見せた。

「番犬の仕事には慣れたか?悠一のヤツ、穏和そうな顔してるけど、けっこう部下の扱いが荒いだろ?」

「いいえ、そんな!とても良くしてもらってます」

「ホントか?アイツのしごきはえげつねぇって有名だけどな。まぁ、しんどくなったら俺の弟子になってもいいんだぞ?」

「遠慮します。自分には年がら年中、難しい文章と睨めっこしている役目より、こっちの方が性に合ってますから」

そう言って、青年は自身の鍛え上げられた右腕を誇らしく突き上げた。

〈山嵐〉の能力である彼は、その強靱すぎる攻撃力を制御できず苦しんでいた。人を傷つけ、獄中で過ごすこともあった。その苦境を救ってくれたのが『天宮』の執事・悠一だった。

「出所して先のことも考えられずにいた自分を勇気づけてくれたのはクロさんと茜さん。生まれつきの厄介な能力を見込んで雇ってくれたのは悠一さん・・・お三方には、一生頭が上がりません」

言いながら、青年は何かに気付いた。

「そう言えば、茜さんはどうされました?まだ、あの研究所にいるのですか?」

「いや、茜は・・・」

悠一の管理下で能力を制御する訓練を受けた後、『天宮』の警備隊の任に就いた青年は、その間に起こった外の世界に疎かった。黒髪の男は、ゆらゆら揺れる初夏の花を見つめながら寂しく笑った。

「アイツも・・・遠くで好きなようにやってるよ。長年縛ってたモノからやっと解放されたんだ、今は幸せだと思うぜ」

「そうですか。良かった」

嬉しそうな彼の顔を彼女にも見せてやりたかった。研究所の調査で関わったすべての能力者のその後を、彼女に語ってやりたかった。そしてもう一度、あのキンキン声で嫌味を言われたかった。

「また会えますよね、茜さんに」

「あぁ、きっと会えるさ」

また出会える。生まれ変わって、今度はなんの能力も持たない、ただの人間同士として。
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