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【高校生編】
不機嫌な熊さん
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「なんだ、委員長か……こんな所で何してんだ?」
「あんたこそ、何してんのよ!」
腑抜けたような声に被せて怒鳴ると、彼がむっとしたように言い返してくる。
「何って、ここは俺の避難場所だけど」
「避難場所?」
彼がこの場所を、私と同じように避難場所と呼んだことに驚いた。
だけど、久我透吾に避難しなければならない理由があるとは思えない。素行の悪いグループとつるんでいるわけではないけれど、悪評には事欠かない男だからだ。
鉄パイプを持って深夜の廃工場から血まみれで出てきた、だとか。夜な夜な繁華街で危ない薬を売り歩いている、だとか。
真意は不明だけど、実際に彼はよく怪我をしていたし、授業中はいつも寝ている。
さらに、クラスでも飛びぬけて長身で、しっかりと引き締まった筋肉質な身体。長めの前髪の下の瞳にはいつも暗い闇を湛えていて、近寄りがたさに拍車をかけている。
そんな彼を恐れて、クラスメイトはもちろん教師までもが距離を置いていた。ボッチという意味では私と同じだけど、彼が何かから逃げる必要があるとは到底思えない。
ただ、残念ながらこの弓道場を見つけたのは彼が先だったらしい。
「ごめん、あんたの場所だなんて知らなかったのよ」
素直に謝ったけど、彼は探るような目つきで私を見つめてくる。
「ねえ、すごく痛いんだけど、離してくれない?」
たまりかねた私の言葉に、彼はハッとしたように手をどけて後退った。
強く掴まれていた手首は、解放された途端に血の巡りを取り戻してジンと痺れる。さらには、彼の指の跡がくっきりと刻印されている。
「馬鹿力……やりすぎよ」
「悪い」
言い返してくるかと思ったけど、あっさりと頭を下げるのに驚いた。
怖い人だと思っていたけど、そうでもないのかも――。
なんとなく、からかってみたくなって、大げさに手首をかばって見せる。
「すごく痛い、折れてるかも」
言ったとたんに、彼の表情に緊張が走り。
「おい、見せろ」
と、息がかかるほどの至近距離に詰められる。
「ちょっ、なによ!?」
「腕、見せろって。病院に連れてくから」
あまりに真剣な表情と声に申し訳なくなって、慌てて右手を振って見せた。
「嘘だってば、ちょっとふざけてみただけ」
「は?」
一瞬固まった彼の表情が、私の言葉を理解してフッとほどけた。
かと思うと視界から消え、足元から深いため息が聞こえる。
「久我……君?」
見下ろすと彼は、安堵の表情で床にぺったりとしゃがみ込んでいた。
180cm以上はある彼の顔をこんな至近距離で見たことはなかったし、ましてや見下ろすなんて始めての経験だ。
だから、彼のまつ毛がこんなに長いなんて知らなかったし、その瞳が日本人離れした榛色だってことにも今はじめて気がついた。
それだけじゃない。スッと伸びた高い鼻梁や、絶妙なラインを描くフェイスライン。そのどれもが彫刻のように美しい。
すっかり目を奪われていると、彼がふっと目線を上げた。
「脅かすんじゃねえよ」
「え、あ……ああ、ごめん」
まっすぐに向けられた榛色の瞳は、光を受けるたびに、まるで闇と光が交錯するような複雑な輝きを放つ。それは冷たく輝いているようで、その奥にひどく優しい暖かさを湛えていた。
「久我君の目、すごく綺麗だね」
「はあ?」
無意識に飛び出した言葉に、彼はあからさまな動揺を見せた。
「っ――、な、なに言ってんだよ」
踵を返して私から遠ざかると、所在なさげに道場を歩き回る。
「つうかさ、優等生の委員長がこんな時間になにやってんだよ」
「あんたこそ、何してんのよ!」
腑抜けたような声に被せて怒鳴ると、彼がむっとしたように言い返してくる。
「何って、ここは俺の避難場所だけど」
「避難場所?」
彼がこの場所を、私と同じように避難場所と呼んだことに驚いた。
だけど、久我透吾に避難しなければならない理由があるとは思えない。素行の悪いグループとつるんでいるわけではないけれど、悪評には事欠かない男だからだ。
鉄パイプを持って深夜の廃工場から血まみれで出てきた、だとか。夜な夜な繁華街で危ない薬を売り歩いている、だとか。
真意は不明だけど、実際に彼はよく怪我をしていたし、授業中はいつも寝ている。
さらに、クラスでも飛びぬけて長身で、しっかりと引き締まった筋肉質な身体。長めの前髪の下の瞳にはいつも暗い闇を湛えていて、近寄りがたさに拍車をかけている。
そんな彼を恐れて、クラスメイトはもちろん教師までもが距離を置いていた。ボッチという意味では私と同じだけど、彼が何かから逃げる必要があるとは到底思えない。
ただ、残念ながらこの弓道場を見つけたのは彼が先だったらしい。
「ごめん、あんたの場所だなんて知らなかったのよ」
素直に謝ったけど、彼は探るような目つきで私を見つめてくる。
「ねえ、すごく痛いんだけど、離してくれない?」
たまりかねた私の言葉に、彼はハッとしたように手をどけて後退った。
強く掴まれていた手首は、解放された途端に血の巡りを取り戻してジンと痺れる。さらには、彼の指の跡がくっきりと刻印されている。
「馬鹿力……やりすぎよ」
「悪い」
言い返してくるかと思ったけど、あっさりと頭を下げるのに驚いた。
怖い人だと思っていたけど、そうでもないのかも――。
なんとなく、からかってみたくなって、大げさに手首をかばって見せる。
「すごく痛い、折れてるかも」
言ったとたんに、彼の表情に緊張が走り。
「おい、見せろ」
と、息がかかるほどの至近距離に詰められる。
「ちょっ、なによ!?」
「腕、見せろって。病院に連れてくから」
あまりに真剣な表情と声に申し訳なくなって、慌てて右手を振って見せた。
「嘘だってば、ちょっとふざけてみただけ」
「は?」
一瞬固まった彼の表情が、私の言葉を理解してフッとほどけた。
かと思うと視界から消え、足元から深いため息が聞こえる。
「久我……君?」
見下ろすと彼は、安堵の表情で床にぺったりとしゃがみ込んでいた。
180cm以上はある彼の顔をこんな至近距離で見たことはなかったし、ましてや見下ろすなんて始めての経験だ。
だから、彼のまつ毛がこんなに長いなんて知らなかったし、その瞳が日本人離れした榛色だってことにも今はじめて気がついた。
それだけじゃない。スッと伸びた高い鼻梁や、絶妙なラインを描くフェイスライン。そのどれもが彫刻のように美しい。
すっかり目を奪われていると、彼がふっと目線を上げた。
「脅かすんじゃねえよ」
「え、あ……ああ、ごめん」
まっすぐに向けられた榛色の瞳は、光を受けるたびに、まるで闇と光が交錯するような複雑な輝きを放つ。それは冷たく輝いているようで、その奥にひどく優しい暖かさを湛えていた。
「久我君の目、すごく綺麗だね」
「はあ?」
無意識に飛び出した言葉に、彼はあからさまな動揺を見せた。
「っ――、な、なに言ってんだよ」
踵を返して私から遠ざかると、所在なさげに道場を歩き回る。
「つうかさ、優等生の委員長がこんな時間になにやってんだよ」
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