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【高校生編】
不機嫌な熊さん
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「久我君、私の名前知ってたんだ」
「そりゃあクラスメイトの名前くらい知ってるだろ」
「下の名前も?」
「ああ、片桐……美緒(みお)だろ?」
「意外、誰にも興味ないんだと思ってた」
「うーん、まあクラス全員のフルネームを言えってのは厳しいけど」
カップラーメンをすすりながら、久我君は考えるように宙を睨んだ。
彼は数か月前からこの場所に入り浸っていたそうで、ガスコンロやら非常食やらを持ち込んでいた。
そしてなぜか今私は、彼と向かいあって醤油味のカップ麺をすすっている。
「全員ってのは、私も怪しいかも」
「だよな」
「お互い孤立してるもんね、あ、これ貝柱入ってるんだ、美味し」
箸で摘まみ上げた貝柱は小さいけれど、濃厚な味がした。
「だろ、安いわりにうまいんだ」
まんざらでもなさそうな笑みを浮かべる彼に、気になっていた質問をぶつけてみる。
「ねえ、もしかして、私……ここに居てもよかったりする?」
彼が先に見つけた〝避難場所〟なので出ていけと言われれば従うしかない。
だけど、こうして食料まで分けてくれるところを見ると、追い出すつもりはないのかもしれない。
真剣な私の視線を受け止めた彼は、ニヤリと笑った。
「片桐はここで勉強がしたいんだよな?」
「うん、そうだよ」
「幸い俺は、机に用はない」
「……それって」
「そ、睡眠の邪魔をされないなら、誰がいても問題はないってこと」
「一緒に使っていいの?」
「おとなしくしてるならな」
期待通りの返答にうれしくなった私は、何度も首を縦に振る。
「約束する、生きてるのか死んでるのか分からないくらい静かにする!」
「いや、そこまでしなくても――」
引き気味の彼の返事を待たずに「ありがとう!」と頭を下げて、カップ麺のスープを飲み干した。
「ご馳走さま。すごく美味しかった!」
「食うの早えな」
「うん、今日はお昼抜きだったからお腹すいてたの」
早朝に新聞配達のバイトはしているけど、月末ともなるとお昼代を捻出するのも厳しくなる。
私の家が普通でないことは、クラスでも周知の事実だ。制服だって貰いものだし、校内履きも入学以来一度も新調していない。
彼もそれを知っているのだろう。神妙な顔つきで私を見る。
「それでお前、そんなに細っせえんだ」
「そ、だからカップ麵の代金は出世払いってことでよろしく」
「金なんて取るつもりはないけど」
「うそ、久我君のおごり?」
つとめて明るく言葉を重ねたけれど、彼の表情は曇ったままで、どうにも気まずい空気が漂う。
それを打開する言葉を考えていると、真顔の彼が私を覗き込んだ。
「なあ、片桐」
「ん?」
「ここにある食料は勝手に食っていいからな」
彼は奥の部室を指さしながら、ぽつぽつと続ける。
「つっても、カップラーメンくらいしかないけど、大量にあるから……それに、ちょうどこのメーカーの味に飽きてきてたんだ。だから、早く無くなってくれねえかなーって」
さっき「このラーメン、安いわりに美味いんだ」って自慢してたくせに……。
不器用で言い訳じみたやさしさが、ゆっくりと私の心に染みわたった。
優越感を隠した同情なんかじゃない。
彼がただ純粋に私を心配しているだけなのだと分かったから。
それは、とても不思議な気分だった。
肩にのしかかかっていた重りがストンと落ちたみたいな。
言葉で表すのは難しいけど、なんだかとても心地よかった。
「だったらさ、お礼に勉強、教えてあげよっか」
気をよくした私が、学年で最下位を争っている彼のために提案にすると、苦虫をかみつぶしたような顔をされる。
「冗談だろ、勘弁してくれ」
「どうして、成績が上がれば変な噂も消えるかもしれないよ」
「別に、消えなくていい」
「そんなこと言わないで、ね?」
しつこく詰め寄ったけど、片手でシッシッと追い払われ。
「いいか、ここに居る条件は静かにすることだ!」
と、太い釘をさされたのだった。
「そりゃあクラスメイトの名前くらい知ってるだろ」
「下の名前も?」
「ああ、片桐……美緒(みお)だろ?」
「意外、誰にも興味ないんだと思ってた」
「うーん、まあクラス全員のフルネームを言えってのは厳しいけど」
カップラーメンをすすりながら、久我君は考えるように宙を睨んだ。
彼は数か月前からこの場所に入り浸っていたそうで、ガスコンロやら非常食やらを持ち込んでいた。
そしてなぜか今私は、彼と向かいあって醤油味のカップ麺をすすっている。
「全員ってのは、私も怪しいかも」
「だよな」
「お互い孤立してるもんね、あ、これ貝柱入ってるんだ、美味し」
箸で摘まみ上げた貝柱は小さいけれど、濃厚な味がした。
「だろ、安いわりにうまいんだ」
まんざらでもなさそうな笑みを浮かべる彼に、気になっていた質問をぶつけてみる。
「ねえ、もしかして、私……ここに居てもよかったりする?」
彼が先に見つけた〝避難場所〟なので出ていけと言われれば従うしかない。
だけど、こうして食料まで分けてくれるところを見ると、追い出すつもりはないのかもしれない。
真剣な私の視線を受け止めた彼は、ニヤリと笑った。
「片桐はここで勉強がしたいんだよな?」
「うん、そうだよ」
「幸い俺は、机に用はない」
「……それって」
「そ、睡眠の邪魔をされないなら、誰がいても問題はないってこと」
「一緒に使っていいの?」
「おとなしくしてるならな」
期待通りの返答にうれしくなった私は、何度も首を縦に振る。
「約束する、生きてるのか死んでるのか分からないくらい静かにする!」
「いや、そこまでしなくても――」
引き気味の彼の返事を待たずに「ありがとう!」と頭を下げて、カップ麺のスープを飲み干した。
「ご馳走さま。すごく美味しかった!」
「食うの早えな」
「うん、今日はお昼抜きだったからお腹すいてたの」
早朝に新聞配達のバイトはしているけど、月末ともなるとお昼代を捻出するのも厳しくなる。
私の家が普通でないことは、クラスでも周知の事実だ。制服だって貰いものだし、校内履きも入学以来一度も新調していない。
彼もそれを知っているのだろう。神妙な顔つきで私を見る。
「それでお前、そんなに細っせえんだ」
「そ、だからカップ麵の代金は出世払いってことでよろしく」
「金なんて取るつもりはないけど」
「うそ、久我君のおごり?」
つとめて明るく言葉を重ねたけれど、彼の表情は曇ったままで、どうにも気まずい空気が漂う。
それを打開する言葉を考えていると、真顔の彼が私を覗き込んだ。
「なあ、片桐」
「ん?」
「ここにある食料は勝手に食っていいからな」
彼は奥の部室を指さしながら、ぽつぽつと続ける。
「つっても、カップラーメンくらいしかないけど、大量にあるから……それに、ちょうどこのメーカーの味に飽きてきてたんだ。だから、早く無くなってくれねえかなーって」
さっき「このラーメン、安いわりに美味いんだ」って自慢してたくせに……。
不器用で言い訳じみたやさしさが、ゆっくりと私の心に染みわたった。
優越感を隠した同情なんかじゃない。
彼がただ純粋に私を心配しているだけなのだと分かったから。
それは、とても不思議な気分だった。
肩にのしかかかっていた重りがストンと落ちたみたいな。
言葉で表すのは難しいけど、なんだかとても心地よかった。
「だったらさ、お礼に勉強、教えてあげよっか」
気をよくした私が、学年で最下位を争っている彼のために提案にすると、苦虫をかみつぶしたような顔をされる。
「冗談だろ、勘弁してくれ」
「どうして、成績が上がれば変な噂も消えるかもしれないよ」
「別に、消えなくていい」
「そんなこと言わないで、ね?」
しつこく詰め寄ったけど、片手でシッシッと追い払われ。
「いいか、ここに居る条件は静かにすることだ!」
と、太い釘をさされたのだった。
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