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【高校生編】
転校生
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* * *
この日は菅原君を中心に時間が回っていた。
休み時間ごとに彼の席には人だかりができ、大いに盛り上がっている。
「菅原君の下の名前、瑞樹っていうんだあ、かっこいいね」
「そうかな、ありがとう。君は……」
「私は矢代(やしろ)理子(りこ)。理子って呼んでほしいな」
とくに積極的なのは、クラスの中心人物である理子だ。
小柄な体型で、髪型は毛先だけふんわりとカールしたボブスタイル。長いまつ毛に縁どられた目は黒目がちで、小動物みたいにかわいらしい。
喋り方もおっとりしていて、いかにも〝いいところのお嬢ちゃん〟といった雰囲気が、菅原君とお似合いだと思う。
このぶんなら、校内を案内する役割からは逃れられそうだな。
ホッと胸をなでおろしながら廊下側の一番後ろ、透吾の席を盗み見る。
あいつ、また弓道場で寝てるのかな。
遅刻は毎度のことだけど、今日はいつもに増して遅い。
後でこっそり見に行ってみようかな……などと考えながら、移動教室の準備をしていると、突然声をかけられた。
「次、音楽の授業だよね。教室移動、案内してよ」
顔を上げると、目の前で菅原君がほほ笑んでいた。
え、どうして? だってさっきまで……
菅原君の席に目を移すと案の定、理子を筆頭にその場に取り残された女子たちがこちらをにらんでいる。
あーあ、理子の機嫌を損ねるとやっかいなんだよな。
「ねえ、菅原君。あっちで理子たちが待ってるよ」
「うん知ってる」
「なら、理子たちに連れてってもらいなよ」
「どうして?」
「うーん、どうしてって言われても……」
クラスの女子にどう思われようが、実際のところたいした問題ではない。問題は理子だ。
実は私の母と矢代理子の父親は兄妹。つまり私たちは親戚なのだ。
矢代家はこのあたりの地主で、地元密着型のスーパーマーケットを10店舗ほど展開している。当然、従業員は地元民だし、農家へも土地を貸しているので、矢代家の力は絶大だ。
井の中の何とかではあるけれど、名門を自負している矢代家にとって、私の母の存在は疎ましいものでしかなかった。
母は17歳で男と駆け落ちをしたけれど、私を生んですぐに男に捨てられたらしい。
19歳で地元に戻ってきたときにはすでに精神を病んでいて、警察沙汰を起こしては矢代の両親、私にとっては祖父母が頭を下げて回ったという。
そんな心労がたたったのだろう。祖父母は早くに亡くなった。
当然ながら矢代の長男は母を嫌い、私たち親子と矢代家は絶縁状態なのだ。
とはいえ完全に見捨ててしまっては、また何をしでかすか分からないので、最低限の援助は矢代家から施されているらしい。
一人娘である理子の顔色を伺うつもりはないけれど、できれば彼女とのトラブルは避けたいというのが正直なところだ。
「菅原君、私と関わらない方がいいと思うよ」
「理由は?」
「クラスで浮いてるから」
面倒くさいという理由を置いておいても、転校生がクラスの中で居場所を見つけるには、ヒエラルキー上位の生徒と仲良くなったほうがいい。
けれども彼はしつこく食い下がる。
「関係ないよ、僕は片桐さんと友達なりたいんだから」
「私と仲良くなってもいいことなんてないよ」
「友達なんて損得で選ぶものじゃないだろう?」
ごもっともな意見に言葉を失っていると、タイミングよく助け船が入った。
「瑞樹君、美緒ちゃんのいうとおりだよ」
声の主は理子だ。
さっきまでこちらをにらんでいたとは思えない、おっとりとした笑顔。
「ね、私たちと行こう」
「ちょ――矢代さん?」
「ほら、遅れちゃうよ」
強引に手を引かれて教室を出ていく菅原君が、最後までこちを見ているのは分かっていた。
けれども私は、決して目をあわさなかった。
この日は菅原君を中心に時間が回っていた。
休み時間ごとに彼の席には人だかりができ、大いに盛り上がっている。
「菅原君の下の名前、瑞樹っていうんだあ、かっこいいね」
「そうかな、ありがとう。君は……」
「私は矢代(やしろ)理子(りこ)。理子って呼んでほしいな」
とくに積極的なのは、クラスの中心人物である理子だ。
小柄な体型で、髪型は毛先だけふんわりとカールしたボブスタイル。長いまつ毛に縁どられた目は黒目がちで、小動物みたいにかわいらしい。
喋り方もおっとりしていて、いかにも〝いいところのお嬢ちゃん〟といった雰囲気が、菅原君とお似合いだと思う。
このぶんなら、校内を案内する役割からは逃れられそうだな。
ホッと胸をなでおろしながら廊下側の一番後ろ、透吾の席を盗み見る。
あいつ、また弓道場で寝てるのかな。
遅刻は毎度のことだけど、今日はいつもに増して遅い。
後でこっそり見に行ってみようかな……などと考えながら、移動教室の準備をしていると、突然声をかけられた。
「次、音楽の授業だよね。教室移動、案内してよ」
顔を上げると、目の前で菅原君がほほ笑んでいた。
え、どうして? だってさっきまで……
菅原君の席に目を移すと案の定、理子を筆頭にその場に取り残された女子たちがこちらをにらんでいる。
あーあ、理子の機嫌を損ねるとやっかいなんだよな。
「ねえ、菅原君。あっちで理子たちが待ってるよ」
「うん知ってる」
「なら、理子たちに連れてってもらいなよ」
「どうして?」
「うーん、どうしてって言われても……」
クラスの女子にどう思われようが、実際のところたいした問題ではない。問題は理子だ。
実は私の母と矢代理子の父親は兄妹。つまり私たちは親戚なのだ。
矢代家はこのあたりの地主で、地元密着型のスーパーマーケットを10店舗ほど展開している。当然、従業員は地元民だし、農家へも土地を貸しているので、矢代家の力は絶大だ。
井の中の何とかではあるけれど、名門を自負している矢代家にとって、私の母の存在は疎ましいものでしかなかった。
母は17歳で男と駆け落ちをしたけれど、私を生んですぐに男に捨てられたらしい。
19歳で地元に戻ってきたときにはすでに精神を病んでいて、警察沙汰を起こしては矢代の両親、私にとっては祖父母が頭を下げて回ったという。
そんな心労がたたったのだろう。祖父母は早くに亡くなった。
当然ながら矢代の長男は母を嫌い、私たち親子と矢代家は絶縁状態なのだ。
とはいえ完全に見捨ててしまっては、また何をしでかすか分からないので、最低限の援助は矢代家から施されているらしい。
一人娘である理子の顔色を伺うつもりはないけれど、できれば彼女とのトラブルは避けたいというのが正直なところだ。
「菅原君、私と関わらない方がいいと思うよ」
「理由は?」
「クラスで浮いてるから」
面倒くさいという理由を置いておいても、転校生がクラスの中で居場所を見つけるには、ヒエラルキー上位の生徒と仲良くなったほうがいい。
けれども彼はしつこく食い下がる。
「関係ないよ、僕は片桐さんと友達なりたいんだから」
「私と仲良くなってもいいことなんてないよ」
「友達なんて損得で選ぶものじゃないだろう?」
ごもっともな意見に言葉を失っていると、タイミングよく助け船が入った。
「瑞樹君、美緒ちゃんのいうとおりだよ」
声の主は理子だ。
さっきまでこちらをにらんでいたとは思えない、おっとりとした笑顔。
「ね、私たちと行こう」
「ちょ――矢代さん?」
「ほら、遅れちゃうよ」
強引に手を引かれて教室を出ていく菅原君が、最後までこちを見ているのは分かっていた。
けれども私は、決して目をあわさなかった。
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