19 / 37
【高校生編】
拠り所
しおりを挟む
「事情は知らないけど、あの子なりに必死で耐えているんだと思うよ」
透吾の事情か……。
時折見せる、あきらめにも似た寂し気な彼の横顔が脳裏に浮かんだ。
私にできることはあるだろうか。やさしさを貰ってばかりで、何も返せていない。
黙り込んだ私の思考を読み取ったかのかのように、先生がつぶやく。
「久我にとって片桐さんの存在は、大きな助けになっているんじゃない?」
「……そうでしょうか」
「ええ、今日の久我は随分と人間らしい表情《かお》をしているわよ」
「いつもは違うんですか?」
私が弓道場で過ごすようになってから、大きな変化があったとは思えないのだけど。
すると先生は突然に目を半開きにして、唇をへの字に曲げ。
「これまでは、こんなだったけど――」
続いて、目をバチっと開き口角を上げる。
「今日は、こんな感じ!」
バキバキに見開かれた目とその表情に、思わず吹き出してしまう。
ふと、先生の手のひらが頭の上に降りてきた。暖かく優しい大人の手。
「なんだ、片桐さんって、笑うとこんなにかわいいんだ」
先生は思い出したように、両手を叩くと扉に向かって声を上げる。
「久我~、早く入ってきな!彼女のとびきりかわいい笑顔が拝めるわよ!」
「ちょっ、先生!」
抗議しようと立ち上がった瞬間、引き戸が音を立てて開く。
と、同時に飛び込んで来た透吾は、切迫した表情で流し台に駆け寄り、勢いよく水を流し始めた。
「どうした、久我」
驚いた先生が声をかける。
「あんまり長いから、刺さってたガラス引っこ抜いたら、血が止まらなくなった」
背中を向けたまま答える透吾。
近寄って手元を覗き込むと、絶え間なく流れる血が排水トラップに向かって、幾重にも赤い筋を引いていた。
「悪い、あんたが重症だって忘れてた」
先生が慌てて止血を始める。
透吾はなすがままに身を任せながら、バツの悪そうな顔をして私を見た。
「ハンカチ、新しいの買って返す」
「は?」
首を傾げると、透吾は右手に握られたハンカチを掲げて見せた。
青かったはずそれは、元々が赤いハンカチだったかのように染色されている。
「いいよ、洗えば綺麗になるし」
「や、でも」
「それに、私のせいで怪我したんだから」
「言っただろ、俺が勝手に手を滑らせて――」
「久~我ちゃん。素直に言いなよ、好きな女にプレゼントしたいんだって」
先生が茶化すように割って入る。
「片桐ちゃんも、せっかくの好意、受け取んなさい」
「あの、先生?」
「いやだねえ、ふたりとも意地張っちゃって」
「俺たちは別に」
「よっ、青春ど真ん中!甘酸っぱいねえ~」
この先生はどうあっても、私たちの間に色恋沙汰を持ち込みたいらしい。
反論しても余計にややこしいことになりそうなので「毎日、暇なんですか?」という言葉は呑み込んだ。
透吾も同じ考えだったのだろう。
無感情な棒読みで、「はい、そうですね」と、つぶやいた。
透吾の事情か……。
時折見せる、あきらめにも似た寂し気な彼の横顔が脳裏に浮かんだ。
私にできることはあるだろうか。やさしさを貰ってばかりで、何も返せていない。
黙り込んだ私の思考を読み取ったかのかのように、先生がつぶやく。
「久我にとって片桐さんの存在は、大きな助けになっているんじゃない?」
「……そうでしょうか」
「ええ、今日の久我は随分と人間らしい表情《かお》をしているわよ」
「いつもは違うんですか?」
私が弓道場で過ごすようになってから、大きな変化があったとは思えないのだけど。
すると先生は突然に目を半開きにして、唇をへの字に曲げ。
「これまでは、こんなだったけど――」
続いて、目をバチっと開き口角を上げる。
「今日は、こんな感じ!」
バキバキに見開かれた目とその表情に、思わず吹き出してしまう。
ふと、先生の手のひらが頭の上に降りてきた。暖かく優しい大人の手。
「なんだ、片桐さんって、笑うとこんなにかわいいんだ」
先生は思い出したように、両手を叩くと扉に向かって声を上げる。
「久我~、早く入ってきな!彼女のとびきりかわいい笑顔が拝めるわよ!」
「ちょっ、先生!」
抗議しようと立ち上がった瞬間、引き戸が音を立てて開く。
と、同時に飛び込んで来た透吾は、切迫した表情で流し台に駆け寄り、勢いよく水を流し始めた。
「どうした、久我」
驚いた先生が声をかける。
「あんまり長いから、刺さってたガラス引っこ抜いたら、血が止まらなくなった」
背中を向けたまま答える透吾。
近寄って手元を覗き込むと、絶え間なく流れる血が排水トラップに向かって、幾重にも赤い筋を引いていた。
「悪い、あんたが重症だって忘れてた」
先生が慌てて止血を始める。
透吾はなすがままに身を任せながら、バツの悪そうな顔をして私を見た。
「ハンカチ、新しいの買って返す」
「は?」
首を傾げると、透吾は右手に握られたハンカチを掲げて見せた。
青かったはずそれは、元々が赤いハンカチだったかのように染色されている。
「いいよ、洗えば綺麗になるし」
「や、でも」
「それに、私のせいで怪我したんだから」
「言っただろ、俺が勝手に手を滑らせて――」
「久~我ちゃん。素直に言いなよ、好きな女にプレゼントしたいんだって」
先生が茶化すように割って入る。
「片桐ちゃんも、せっかくの好意、受け取んなさい」
「あの、先生?」
「いやだねえ、ふたりとも意地張っちゃって」
「俺たちは別に」
「よっ、青春ど真ん中!甘酸っぱいねえ~」
この先生はどうあっても、私たちの間に色恋沙汰を持ち込みたいらしい。
反論しても余計にややこしいことになりそうなので「毎日、暇なんですか?」という言葉は呑み込んだ。
透吾も同じ考えだったのだろう。
無感情な棒読みで、「はい、そうですね」と、つぶやいた。
0
あなたにおすすめの小説
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
社長に拾われた貧困女子、契約なのに溺愛されてます―現代シンデレラの逆転劇―
砂原紗藍
恋愛
――これは、CEOに愛された貧困女子、現代版シンデレラのラブストーリー。
両親を亡くし、継母と義姉の冷遇から逃れて家を出た深月カヤは、メイドカフェとお弁当屋のダブルワークで必死に生きる二十一歳。
日々を支えるのは、愛するペットのシマリス・シンちゃんだけだった。
ある深夜、酔客に絡まれたカヤを救ったのは、名前も知らないのに不思議と安心できる男性。
数日後、偶然バイト先のお弁当屋で再会したその男性は、若くして大企業を率いる社長・桐島柊也だった。
生活も心もぎりぎりまで追い詰められたカヤに、柊也からの突然の提案は――
「期間限定で、俺の恋人にならないか」
逃げ場を求めるカヤと、何かを抱える柊也。思惑の違う二人は、契約という形で同じ屋根の下で暮らし始める。
過保護な優しさ、困ったときに現れる温もりに、カヤの胸には小さな灯がともりはじめる。
だが、契約の先にある“本当の理由”はまだ霧の中。
落とした小さなガラスのヘアピンが導くのは——灰かぶり姫だった彼女の、新しい運命。
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
残業帰りのカフェで──止まった恋と、動き出した身体と心
yukataka
恋愛
終電に追われる夜、いつものカフェで彼と目が合った。
止まっていた何かが、また動き始める予感がした。
これは、34歳の広告代理店勤務の女性・高梨亜季が、残業帰りに立ち寄ったカフェで常連客の佐久間悠斗と出会い、止まっていた恋心が再び動き出す物語です。
仕事に追われる日々の中で忘れかけていた「誰かを想う気持ち」。後輩からの好意に揺れながらも、悠斗との距離が少しずつ縮まっていく。雨の夜、二人は心と体で確かめ合い、やがて訪れる別れの選択。
仕事と恋愛の狭間で揺れながらも、自分の幸せを選び取る勇気を持つまでの、大人の純愛を描きます。
15歳差の御曹司に甘やかされています〜助けたはずがなぜか溺愛対象に〜 【完結】
日下奈緒
恋愛
雨の日の交差点。
車に轢かれそうになったスーツ姿の男性を、とっさに庇った大学生のひより。
そのまま病院へ運ばれ、しばらくの入院生活に。
目を覚ました彼女のもとに毎日現れたのは、助けたあの男性――そして、大手企業の御曹司・一ノ瀬玲央だった。
「俺にできることがあるなら、なんでもする」
花や差し入れを持って通い詰める彼に、戸惑いながらも心が惹かれていくひより。
けれど、退院の日に告げられたのは、彼のひとことだった。
「君、大学生だったんだ。……困ったな」
15歳という年の差、立場の違い、過去の恋。
簡単に踏み出せない距離があるのに、気づけばお互いを想う気持ちは止められなくなっていた――
「それでも俺は、君が欲しい」
助けたはずの御曹司から、溺れるほどに甘やかされる毎日が始まる。
これは、15歳差から始まる、不器用でまっすぐな恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる