Untangl~秘密の場所で逢いましょう~

猫田けだま

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【高校生編】

拠り所

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「事情は知らないけど、あの子なりに必死で耐えているんだと思うよ」

透吾の事情か……。
時折見せる、あきらめにも似た寂し気な彼の横顔が脳裏に浮かんだ。
私にできることはあるだろうか。やさしさを貰ってばかりで、何も返せていない。

黙り込んだ私の思考を読み取ったかのかのように、先生がつぶやく。

「久我にとって片桐さんの存在は、大きな助けになっているんじゃない?」
「……そうでしょうか」
「ええ、今日の久我は随分と人間らしい表情《かお》をしているわよ」
「いつもは違うんですか?」

私が弓道場で過ごすようになってから、大きな変化があったとは思えないのだけど。
すると先生は突然に目を半開きにして、唇をへの字に曲げ。

「これまでは、こんなだったけど――」

続いて、目をバチっと開き口角を上げる。

「今日は、こんな感じ!」

バキバキに見開かれた目とその表情に、思わず吹き出してしまう。

ふと、先生の手のひらが頭の上に降りてきた。暖かく優しい大人の手。

「なんだ、片桐さんって、笑うとこんなにかわいいんだ」

先生は思い出したように、両手を叩くと扉に向かって声を上げる。

「久我~、早く入ってきな!彼女のとびきりかわいい笑顔が拝めるわよ!」
「ちょっ、先生!」

抗議しようと立ち上がった瞬間、引き戸が音を立てて開く。
と、同時に飛び込んで来た透吾は、切迫した表情で流し台に駆け寄り、勢いよく水を流し始めた。

「どうした、久我」

驚いた先生が声をかける。

「あんまり長いから、刺さってたガラス引っこ抜いたら、血が止まらなくなった」

背中を向けたまま答える透吾。
近寄って手元を覗き込むと、絶え間なく流れる血が排水トラップに向かって、幾重にも赤い筋を引いていた。

「悪い、あんたが重症だって忘れてた」

先生が慌てて止血を始める。
透吾はなすがままに身を任せながら、バツの悪そうな顔をして私を見た。

「ハンカチ、新しいの買って返す」
「は?」

首を傾げると、透吾は右手に握られたハンカチを掲げて見せた。
青かったはずそれは、元々が赤いハンカチだったかのように染色されている。

「いいよ、洗えば綺麗になるし」
「や、でも」
「それに、私のせいで怪我したんだから」
「言っただろ、俺が勝手に手を滑らせて――」
「久~我ちゃん。素直に言いなよ、好きな女にプレゼントしたいんだって」

先生が茶化すように割って入る。

「片桐ちゃんも、せっかくの好意、受け取んなさい」
「あの、先生?」
「いやだねえ、ふたりとも意地張っちゃって」
「俺たちは別に」
「よっ、青春ど真ん中!甘酸っぱいねえ~」

この先生はどうあっても、私たちの間に色恋沙汰を持ち込みたいらしい。
反論しても余計にややこしいことになりそうなので「毎日、暇なんですか?」という言葉は呑み込んだ。

透吾も同じ考えだったのだろう。
無感情な棒読みで、「はい、そうですね」と、つぶやいた。


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