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【高校生編】
菅原君の本音
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* * *
放課後、約束通り菅原君の家で話をすることになった。
家まで行くことに抵抗がなかったわけではない。
ただ、透吾に攻撃的な言葉を投げられたせいで、心が弱っていたのだろう。
押し切られるまま、彼の提案を受け入れてしまったのだ。
菅原君の家は、私の家とは反対側の東エリアにあった。
田舎町とはいえ東エリアは県庁を有する市内に近く、主要駅もある。規模こそ小さいけれど高級住宅街と呼ばれる場所だ。
その中でも高台に位置する菅原家は、瀟洒な欧風建築で周りの家とはあきらかに一線を画している。
私の身長の倍はあろうかという鉄格子の門。
インターホンに向かって菅原くんが「瑞樹です」と声をかけると、自動で門が動き出した。
同時に奥の屋敷から、スーツ姿の男が迎えに出てくる。
50代くらいだろうか。白髪混じりの髪はオールバックに撫でつけられ、銀縁の眼鏡がよく似合っている。
「瑞樹お坊ちゃま、おかえりなさい」
「ただいま、牧野さん。今日は友達が一緒だからよろしく」
「お友達でございますか?」
牧野と呼ばれた男が私に視線を移した。
表情こそ穏やかだけど、値踏みするような目つき。
「はじめまして、片桐です」
本当は怖気づいていたけど、できるだけ堂々と背筋を伸ばすと、男の顔がパッと明るく変化した。
「ああ、片桐様でしたか。これは失礼いたしました。わたくし執事の牧野と申します。どうぞこちらへ」
うやうやしく頭を下げ、中に案内してくれる。
どうして私のことを知っているのだろう。菅原君が事前に連絡したのだろうか。
にしては友達が来ることを知らなかったみたいだし……。
違和感を覚えながらも、菅原君と並んで牧野さんについていく。
「お坊ちゃま、おもてなしはサロンにご用意しますか?」
「今日はいい天気だから、ガゼボにしようかな」
「かしこまりました、片桐さま、お飲み物は何になさいますか」
不意に聞かれて口ごもってしまう。
さっきから、サロンだのガゼボだのと宇宙語が飛び交っているせいで、言葉の意味を理解するのに時間がかかったのだ。
「……菅原君と同じものでお願いします」
茶葉や豆の種類まで突っ込まれるのが怖くて導き出した答えだったけど、菅原君はなぜか嬉しそうに目を細めた。
「片桐さん、こっち」
牧野さんと別れて、屋敷の脇にある庭園の中に足を踏み入れると、8本の白い柱に支えられた洋風な東屋が見えた。
どうやらこれが〝ガゼボ〟らしい。中央に猫足のテーブルセットが置かれている。
「座って。ここは風通りがよくて、景色も抜群なんだ」
彼のいうとおり、市街にはない爽やかな風が吹いている。
美しく剪定された庭木や、一面に広がるマリーゴールドの花。その向こうに視線を伸ばすと、町が一望できた。
「すごい――」
「元は祖父の別邸だったんだけどね、兄の療養のために改装してもらったんだ」
遠くを眺めてる菅原君の薄茶色の髪が、日光を受けて発光しているように見える。
絵本の中みたいな景色に、なんの違和感もなく溶け込む彼は、やはり本物のお坊ちゃまなのだな……と、妙に感心した。
ほどなくして、ワゴンに乗ったお茶とお菓子が運ばれて来る。
押しているのは牧野さんではなく、シックな紺色の制服に身を包んだ若い女性だ。
目の前に並べられていく花柄のティーポットや、三段の銀食器に飾り付けられた色とりどりのお菓子。
いったいこの家には、何人の使用人がいるのだろう。
「アールグレイです。お注ぎしますか?」
「後は僕がやるから下がっていいよ」
「かしこまりました」
「ありがとう」
スマートな言葉選びがちっとも嫌味でないのは、彼の持つ柔らかい雰囲気のせいだろう。
「片桐さんは、ミルクティーにする?」
「え、あ……うん」
こうも異次元の世界を見せられると、以前のように惨めになることはなかった。
菅原君は、美しい所作でカップの中にミルクを注ぎ、差し出してくれる。
「いい匂い」
「よかった、僕のお気に入りなんだ」
ふわりと鼻孔をかすめた芳醇な香りに、ふっと頬が緩む。
屋外で飲む温かいミルクティーは、ひと時の安らぎをくれる。
ここに居ると、昨日までの出来事が悪い夢みたいに感じた。
土下座させられて、アル中の母親にアスファルトに叩きつけられて。
あげくに透吾には暴言を吐かれて――。
蘇る記憶に唇を噛んだ私の顔を、菅原君が心配そうに覗き込んだ。
「ほっぺた、痛くない?」
「うん、ほんとにたいした傷じゃないから」
「でも女の子の顔だし……また嫌がるかもしれないけど、医者の叔父さんがいるから、見てもらおうよ」
実家は東京に本社を構える大企業で、祖父が市長、そのうえ医者の叔父さんまでいるとは……。
放課後、約束通り菅原君の家で話をすることになった。
家まで行くことに抵抗がなかったわけではない。
ただ、透吾に攻撃的な言葉を投げられたせいで、心が弱っていたのだろう。
押し切られるまま、彼の提案を受け入れてしまったのだ。
菅原君の家は、私の家とは反対側の東エリアにあった。
田舎町とはいえ東エリアは県庁を有する市内に近く、主要駅もある。規模こそ小さいけれど高級住宅街と呼ばれる場所だ。
その中でも高台に位置する菅原家は、瀟洒な欧風建築で周りの家とはあきらかに一線を画している。
私の身長の倍はあろうかという鉄格子の門。
インターホンに向かって菅原くんが「瑞樹です」と声をかけると、自動で門が動き出した。
同時に奥の屋敷から、スーツ姿の男が迎えに出てくる。
50代くらいだろうか。白髪混じりの髪はオールバックに撫でつけられ、銀縁の眼鏡がよく似合っている。
「瑞樹お坊ちゃま、おかえりなさい」
「ただいま、牧野さん。今日は友達が一緒だからよろしく」
「お友達でございますか?」
牧野と呼ばれた男が私に視線を移した。
表情こそ穏やかだけど、値踏みするような目つき。
「はじめまして、片桐です」
本当は怖気づいていたけど、できるだけ堂々と背筋を伸ばすと、男の顔がパッと明るく変化した。
「ああ、片桐様でしたか。これは失礼いたしました。わたくし執事の牧野と申します。どうぞこちらへ」
うやうやしく頭を下げ、中に案内してくれる。
どうして私のことを知っているのだろう。菅原君が事前に連絡したのだろうか。
にしては友達が来ることを知らなかったみたいだし……。
違和感を覚えながらも、菅原君と並んで牧野さんについていく。
「お坊ちゃま、おもてなしはサロンにご用意しますか?」
「今日はいい天気だから、ガゼボにしようかな」
「かしこまりました、片桐さま、お飲み物は何になさいますか」
不意に聞かれて口ごもってしまう。
さっきから、サロンだのガゼボだのと宇宙語が飛び交っているせいで、言葉の意味を理解するのに時間がかかったのだ。
「……菅原君と同じものでお願いします」
茶葉や豆の種類まで突っ込まれるのが怖くて導き出した答えだったけど、菅原君はなぜか嬉しそうに目を細めた。
「片桐さん、こっち」
牧野さんと別れて、屋敷の脇にある庭園の中に足を踏み入れると、8本の白い柱に支えられた洋風な東屋が見えた。
どうやらこれが〝ガゼボ〟らしい。中央に猫足のテーブルセットが置かれている。
「座って。ここは風通りがよくて、景色も抜群なんだ」
彼のいうとおり、市街にはない爽やかな風が吹いている。
美しく剪定された庭木や、一面に広がるマリーゴールドの花。その向こうに視線を伸ばすと、町が一望できた。
「すごい――」
「元は祖父の別邸だったんだけどね、兄の療養のために改装してもらったんだ」
遠くを眺めてる菅原君の薄茶色の髪が、日光を受けて発光しているように見える。
絵本の中みたいな景色に、なんの違和感もなく溶け込む彼は、やはり本物のお坊ちゃまなのだな……と、妙に感心した。
ほどなくして、ワゴンに乗ったお茶とお菓子が運ばれて来る。
押しているのは牧野さんではなく、シックな紺色の制服に身を包んだ若い女性だ。
目の前に並べられていく花柄のティーポットや、三段の銀食器に飾り付けられた色とりどりのお菓子。
いったいこの家には、何人の使用人がいるのだろう。
「アールグレイです。お注ぎしますか?」
「後は僕がやるから下がっていいよ」
「かしこまりました」
「ありがとう」
スマートな言葉選びがちっとも嫌味でないのは、彼の持つ柔らかい雰囲気のせいだろう。
「片桐さんは、ミルクティーにする?」
「え、あ……うん」
こうも異次元の世界を見せられると、以前のように惨めになることはなかった。
菅原君は、美しい所作でカップの中にミルクを注ぎ、差し出してくれる。
「いい匂い」
「よかった、僕のお気に入りなんだ」
ふわりと鼻孔をかすめた芳醇な香りに、ふっと頬が緩む。
屋外で飲む温かいミルクティーは、ひと時の安らぎをくれる。
ここに居ると、昨日までの出来事が悪い夢みたいに感じた。
土下座させられて、アル中の母親にアスファルトに叩きつけられて。
あげくに透吾には暴言を吐かれて――。
蘇る記憶に唇を噛んだ私の顔を、菅原君が心配そうに覗き込んだ。
「ほっぺた、痛くない?」
「うん、ほんとにたいした傷じゃないから」
「でも女の子の顔だし……また嫌がるかもしれないけど、医者の叔父さんがいるから、見てもらおうよ」
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