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【高校生編】
菅原君の本音
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* * *
不動産会社や食品会社を有する菅原グループは、この町の市長である菅原総一郎によって創立された。そして、グループの中でも影響力が大きい菅原不動産の現社長が菅原君の父、慶介である。
次の社長は菅原君の兄である晴臣《はるおみ》というのが定石だが、晴臣は幼いころから病気がちで体が弱い。
それならば次男の瑞樹を候補に――となりそうなものだが、瑞樹の母、久美子はどうしてもそれを許さなかった。
そこまで語った菅原君は、一瞬だけ瞳を泳がせて、けれども意を決したように私を見つめて口を開く。
「理由はね、僕が母の本当の子じゃないからなんだ」
「――え」
「父が使用人に手を出して作った子、それが僕の出生の秘密」
ニコリと笑った彼は、感情を押し殺すように淡々と続ける。
瑞樹の母親は産後の肥立ちが悪く、出産後すぐに亡くなった。
体裁を気にした菅原家は、どう手を回したのか、瑞樹のことを戸籍上も本妻から生まれた実子としたらしい。
「はじめてそれを知ったのは僕が小6のころだったかな、兄と喧嘩して怪我をさせた時なんだ。怒り狂った母が、親切に真実を教えてくれたんだよね」
遠くを見つめながら「あれは、きつかったな」と呟いて、紅茶を飲んだ。
そうして気を取り直したように、私に向き直り、続きを語り始める。
その後の瑞樹は、兄である晴臣と菅原家を存続させるための行動を強いられた。
中学、高校の受験先はもちろん、部活や習い事、休日の過ごし方までも管理される毎日。
さらに晴臣が療養のためにこの町に越してくることになれば、受験前だというのに瑞樹も一緒に転校させられた。
1歳年上の晴臣は市内の私立高校に編入したのに、瑞樹が田舎の公立、高島平高校に来たのも、生徒数が多いのと祖父のお膝元であることが理由だという。
将来、晴臣の体調が改善し社長に就任できれば、瑞樹は人脈づくりを担うため、この町を足がかりに、政界に進出するよう言い含められているそうだ。
「僕の進路は、兄の体調次第で決まるってわけ」
妙に明るい口調だけど、その目の奥には諦めにも似た寂しさが宿っている。
「なんの自由もない。意思を持つことすら許されない。この学校に編入するときだって、親しくする人間を事前に決められていたんだ」
「あ……もしかして、それで?」
「片桐さんは学年トップだし、全国共通テストでも上位だろう?」
なるほど。名乗った途端に、執事の牧野さんが好意的になった理由も判明した。
「他にも、地元の有力者である矢代さんや、神社の桑原君、運送会社の石川君、生徒会長の原田先輩なんかも、リストに上がっているね」
菅原君は私の反応を伺い見て、小さく肩をすくめる。
「事前に調査されてるなんて、気を悪くした?」
もちろんプライバシーの侵害だ――とは思うけど、世界が違いすぎて怒る気にもなれない。
ただ……。
「覚えてる? 初めて、菅原君が私と仲良くなりたいって言ってくれたときのこと」
唐突な質問に、菅原君が怪訝な顔をする。
「あのとき、菅原君は言ったよね。友達なんて損得で選ぶものじゃないって」
「そう……だっけ?」
「それにさっきも。家と矢代の関係を聞いて、親の事情を気にする必要はないって否定した」
たとえ私の懐に入るために選んだ言葉だったとしても。
「それが菅原君の本音なんじゃないの?」
私の言葉に、彼の眉がわずかに動いた。
「言っている意味がよく分からないな」
無理矢理に笑顔をつくろうとしているけど、明らかに引き攣っている。
彼は動揺を隠すようにカップに手を伸ばすけど、その指が届く前に私は続けた。
「本当は菅原君自身が、親の事情なんて関係なく、自分の意思で友達を選んで、自分の思い描く未来を進みたいんじゃないの?」
過去を穏やかに語りながら。
己が置かれた境遇に甘んじながら。諦めながら。
実際は逃げ出したいと、切に願っているんじゃないだろうか。
菅原君は、凍り付いたように硬い表情で黙り込んだ。
スラリとした指が、カップに届くことなく宙で静止している。
不動産会社や食品会社を有する菅原グループは、この町の市長である菅原総一郎によって創立された。そして、グループの中でも影響力が大きい菅原不動産の現社長が菅原君の父、慶介である。
次の社長は菅原君の兄である晴臣《はるおみ》というのが定石だが、晴臣は幼いころから病気がちで体が弱い。
それならば次男の瑞樹を候補に――となりそうなものだが、瑞樹の母、久美子はどうしてもそれを許さなかった。
そこまで語った菅原君は、一瞬だけ瞳を泳がせて、けれども意を決したように私を見つめて口を開く。
「理由はね、僕が母の本当の子じゃないからなんだ」
「――え」
「父が使用人に手を出して作った子、それが僕の出生の秘密」
ニコリと笑った彼は、感情を押し殺すように淡々と続ける。
瑞樹の母親は産後の肥立ちが悪く、出産後すぐに亡くなった。
体裁を気にした菅原家は、どう手を回したのか、瑞樹のことを戸籍上も本妻から生まれた実子としたらしい。
「はじめてそれを知ったのは僕が小6のころだったかな、兄と喧嘩して怪我をさせた時なんだ。怒り狂った母が、親切に真実を教えてくれたんだよね」
遠くを見つめながら「あれは、きつかったな」と呟いて、紅茶を飲んだ。
そうして気を取り直したように、私に向き直り、続きを語り始める。
その後の瑞樹は、兄である晴臣と菅原家を存続させるための行動を強いられた。
中学、高校の受験先はもちろん、部活や習い事、休日の過ごし方までも管理される毎日。
さらに晴臣が療養のためにこの町に越してくることになれば、受験前だというのに瑞樹も一緒に転校させられた。
1歳年上の晴臣は市内の私立高校に編入したのに、瑞樹が田舎の公立、高島平高校に来たのも、生徒数が多いのと祖父のお膝元であることが理由だという。
将来、晴臣の体調が改善し社長に就任できれば、瑞樹は人脈づくりを担うため、この町を足がかりに、政界に進出するよう言い含められているそうだ。
「僕の進路は、兄の体調次第で決まるってわけ」
妙に明るい口調だけど、その目の奥には諦めにも似た寂しさが宿っている。
「なんの自由もない。意思を持つことすら許されない。この学校に編入するときだって、親しくする人間を事前に決められていたんだ」
「あ……もしかして、それで?」
「片桐さんは学年トップだし、全国共通テストでも上位だろう?」
なるほど。名乗った途端に、執事の牧野さんが好意的になった理由も判明した。
「他にも、地元の有力者である矢代さんや、神社の桑原君、運送会社の石川君、生徒会長の原田先輩なんかも、リストに上がっているね」
菅原君は私の反応を伺い見て、小さく肩をすくめる。
「事前に調査されてるなんて、気を悪くした?」
もちろんプライバシーの侵害だ――とは思うけど、世界が違いすぎて怒る気にもなれない。
ただ……。
「覚えてる? 初めて、菅原君が私と仲良くなりたいって言ってくれたときのこと」
唐突な質問に、菅原君が怪訝な顔をする。
「あのとき、菅原君は言ったよね。友達なんて損得で選ぶものじゃないって」
「そう……だっけ?」
「それにさっきも。家と矢代の関係を聞いて、親の事情を気にする必要はないって否定した」
たとえ私の懐に入るために選んだ言葉だったとしても。
「それが菅原君の本音なんじゃないの?」
私の言葉に、彼の眉がわずかに動いた。
「言っている意味がよく分からないな」
無理矢理に笑顔をつくろうとしているけど、明らかに引き攣っている。
彼は動揺を隠すようにカップに手を伸ばすけど、その指が届く前に私は続けた。
「本当は菅原君自身が、親の事情なんて関係なく、自分の意思で友達を選んで、自分の思い描く未来を進みたいんじゃないの?」
過去を穏やかに語りながら。
己が置かれた境遇に甘んじながら。諦めながら。
実際は逃げ出したいと、切に願っているんじゃないだろうか。
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