白百合に泣く

桜庭かなめ

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第18話『IRUYARIHS』

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 今まで、週明けの授業というのは気怠さがあったけど、今日はしっかりと受けることができた。たまに、綾奈先輩や会長さんがメッセージを送ってきてくれるからかな。ちなみに、今日の放課後はバイトらしい。
 天気も予報通り、お昼には雨が止んだ。
 放課後になるとすぐに私は園芸部の部室へと向かい始める。土曜日は綾奈先輩にデートして、日曜日は一緒にバイトをしたので、ファンクラブの人に絡まれるかもしれない。周りに気を付けながら歩くけど、それは杞憂に終わった。きっと、綾奈先輩が自ら小宮先輩に警告したおかげだろう。
 誰かに絡まれることなく部室まで行けるって何て幸せなことなんだろう。そう想いながら、部室の扉を開けた。

「百合ちゃん、こんにちは。授業お疲れ様」
「お疲れ様です、若菜部長」

 部室には若菜部長だけがいた。コーヒーの匂いがふんわりと香ってくる。

「今日は何事もなく来られたんだね。コーヒーや紅茶を淹れようか?」
「じゃあ、温かいコーヒーをお願いします」
「はーい。百合ちゃんは適当に座ってて」

 私はさっき若菜部長が座っていた席の隣に座る。

「今日はお昼前に雨も止んだし、自分の担当する花壇に手入れをしたりする予定にしているよ」
「先週は雨ばかりでしたもんね。今日は色々とできればいいなと思います」
「そうだね。はい、コーヒー」
「ありがとうございます」

 若菜部長が淹れてくれた温かいコーヒーをさっそく一口飲む。夏が始まって10日くらい経ったけれど、まだ温かいものの方がいいな。

「そういえば、一昨日は神崎さんとデートをしたんだよね。どうだった?」
「楽しかったですよ。デートに行った先で会長さんと会ったので、途中からは3人でしたけど。花宮駅で待ち合わせしてから、メインの植物園を見終わるまでは綾奈先輩と2人きりだったので、デート気分は十分に味わえました」
「それなら良かった。あと、植物園デートをしたんだ」
「ええ。綾奈先輩が提案してくれて。私が園芸部にいるからだと思いますけど。多摩植物園ってところです」
「ああ、あそこ! 多摩中央駅の近くにある立派な植物園だよね。私も何度か行ったことあるよ。南国エリアと国内エリアがあるんだよね」
「そうです」

 さすがは若菜部長。あの植物園に何度も行ったことがあるんだ。

「南国の方はちょっとした旅行気分を味わえましたし、国内の方は好きな花がたくさんあってとても楽しかったです」
「花や植物好きにはたまらないよね。ましてや、好きな人と2人きりで行ったら。それに国内の方は季節の花コーナーがあるから、違う季節に行くと今とは違った花を見ることができて楽しいよ」
「そうなんですか。一昨日行ったときは夏の花で、百合の花もありました。秋や冬にまた行きたいですね」

 そのときはまた綾奈先輩と一緒にいきたいな。恋人という関係になっていればよりいいなと思う。

「お疲れ様です。白百合ちゃんいるね」
「おつかれー。おっ、今日はすんなりとここに来ることができたみたいね、百合ちゃん」

 莉緒先輩と由佳先生が部室の中に入ってきた。この前、小宮先輩に絡まれたことがあってか心配してくれていたんだ。

「今日は何事もなく来ることができました。綾奈先輩が注意してくれたので、多分、今後も大丈夫だと思います」
「それなら一安心だね。そういえば、白百合ちゃん。土曜日にデートしたって言ってなかったっけ?」
「さっき、百合ちゃんからその話を聞いたよ。多摩植物園で植物園デートして楽しかったって。その後に有栖川さんと会って、それからは3人で楽しんだそうだよ」
「へえ、有栖川さんが。あの2人はいつも一緒でしたし、神崎さんと白百合ちゃんが一緒にいるところを見つけて、気になってついてきちゃったかもしれませんね」

 ほとんど合っている。さすがに元クラスメイトだけあって、綾奈先輩と会長さんのことを分かっているようだ。

「でも、あの神崎さんが有栖川さん以外とデートに行くなんてね。これは白百合ちゃんに気がある可能性はかなり高そう」
「そうだといいですけど、親友があの会長さんですからね。会長さんと一緒にいるときはとても楽しそうですし、会長さんの方も本当に楽しそうなんです。私も頑張らないといけないですね。今週末には、先輩のお家に会長さんと一緒にお泊まりに行く予定になっていますから」
「へえ、お泊まりまで。きっと、有栖川さん並みに気を許しているんだね。白百合ちゃんのどんなところに興味を持ったんだろう? ……可愛くて素直なところ? 中学時代の友達が今の話を聞いたら驚くだろうな」

 そういえば、中学生になっても綾奈先輩はサキュバス体質や友人をあまり多く作らない性格もあって、会長さん以外とはあまり関わらなかったって言っていたな。そんなときの綾奈先輩のことを知っている莉緒先輩からすれば、私の体験していることは驚くことばかりなんだろう。

「担任兼顧問としては、教え子の恋が順調なことに驚いているよ」
「ちょうど1週間前の部活で、綾奈先輩に恋しましたからね。私自身も驚いています。今は友人の恋の応援中でもありますが」
「友人ってもしかして、美琴ちゃんか夏実ちゃんかあかりちゃん? その中で一番恋をしそうなのはあかりちゃんな気がするけど」
「あかりちゃんはガールズラブ好きですもんね。ただ、正解は夏実ちゃんです。テニス部の先輩に恋をしているんです」
「あらぁ、そうなの。女子校でも恋はたくさん生まれるのね」

 いいことねぇ、と由佳先生はしみじみとした様子。30歳になると、こういう話題でしみじみできるのかな。

「じゃあ、全員揃ったし今日も園芸部の活動を始めましょうか。今日は昼には雨が止んだけれどどんな風にやっていこうか、若菜ちゃん」
「各自が担当する花壇の手入れをしたり、水やりをしたりしようかなと。先週は雨が降る日が多かったですからね」
「そうだね。分かった。じゃあ、各自担当している花壇の手入れをして、早く終わったら他の人のところを手伝うという流れにしましょう」

 今日はしっかりと花壇の手入れをして、花に水をあげないと。
 園芸部用のエプロンを身につけ、軍手やゴミ袋などを持って自分の担当である白百合の花壇へと向かう。白百合の花はまだまだ咲いているな。

「でも、雑草も生えてる。しっかりやらないと」

 さあ、始めよう。
 白百合の花の香りに包まれながらするのはいいな。あの植物園にも百合の花があったから一昨日のデートのことを思い出すよ。
 それにしても、少しの間手入れをしていなかっただけでここまで生えるとは。雑草って逞しいなぁ。

「これが学校の白百合の花なのね。とても綺麗な花じゃない」

 振り返ると、すぐ目の前に会長さんの姿が。

「会長さん、こんにちは」
「こんにちは、百合ちゃん。エプロン姿可愛いわね」
「ありがとうございます。今、花壇の手入れをしているんです。そういうときにこのエプロンを着るんです」
「へえ……」

 学校の制服姿で見るのは生徒会の仕事を手伝うとき以来だけれど、あのときに比べるととても柔らかい印象を抱くようになった。今の笑みも心安らかなものに思えて。

「今朝のこと、ファンクラブの会長さんにメッセージを送っておいたよ。そうしたら、百合ちゃんは私よりも綾奈の方がより興味を持っていそうだって返信が来て」
「そ、そうですか」

 綾奈先輩と一緒に生徒会室や私の家に行くところを何人もの生徒から見られたから、そう思われるのも当然なのかな。

「ところで、会長さんはどうしてここに? バッグを持っていませんし、今から帰るというわけではないですよね」
「今日やらないといけない生徒会の仕事がまだ残っているからね。今はちょっと休憩中。雨は止んでいるし、今日は園芸部の活動がある月曜日だから、もしかしたら百合ちゃんに会えるかもしれないと思って。それに、綾奈が白百合の花が好きだって言っていたから興味が湧いて。植物園での百合の花も綺麗だったし」
「そうだったんですね」

 園芸部の部員として、学校の花壇に植えられている花に興味を持ってくれることはとても嬉しいことだ。

「こうしているあなたを校舎から見て、綾奈は興味を持ったのね」
「綾奈先輩はそう言ってくれていますね。ちょうど1週間前、先輩はここで私と話したいという理由で私のことを待ってくれていました。それがとても嬉しくて、キュンとなって。あのとき、綾奈先輩と話してから、先輩のことばかり考えるようになりました」

 綾奈先輩と出会った場所に会長さんがいるんだ。私の抱いている想いを先輩の親友である彼女に言っておこう。

「私はそのときからずっと、1人の女性として綾奈先輩のことが好きです」

 そう言った瞬間、胸が少し軽くなったような気がした。本人以外ではおそらく、最も伝えるべき人に想いを口にできたからだろうか。
 会長さんは柔らかな笑みを浮かべたまま、視線をちらつかせている。
 それから少しの間、葉の揺れる音や、遠くから聞こえる練習の掛け声くらいしか聞こえない時間が続く。
 やがて、会長さんは大きく息を吐き、

「一昨日のデートの様子を見ていて、もしかしたら百合ちゃんは綾奈に好意を持っているかもしれないって思ったよ。楽しそうに見えたから。それに、植物園にいるとき、今みたいに百合の花の前で、花が好きだって言ったじゃない。だけど、本当は綾奈のことが好きだって言いたかったんじゃないかって」
「その通りです。勇気を出しきれなくて……」

 会長さんに見抜かれているってことは、もしかしたら……綾奈先輩にも本当に伝えたい気持ちが分かっちゃったのかな。

「顔を赤くしちゃって。可愛いわね、百合ちゃんは。デート中も何度も顔が赤くなっていたよね」
「そう……ですね。思い出すと恥ずかしくなってきます」
「……だけれど」

 すると、会長さんはそれまでの笑みから一転して真剣な表情になり、

「綾奈に対するその『好き』っていう気持ちは、彼女のサキュバス体質の影響を受けているだけかもしれないよ」

 私のことを見つめながらいつもよりも低い声色でそう言った。
 綾奈先輩の体質を知っている以上、会長さんからそう言われることは予想できた。実際に、私も同じようなことを考えたことがあったから。

「会長さんの言うとおり、サキュバス体質の影響を受けているかもしれません。先輩の前だと凄くドキドキして、性的なことを妄想してしまうときもあります。ただ、綾奈先輩に好意を抱いたことは事実で、今も私の心にしっかりと居続けています。先輩のことを想うと心も体も温かくなって、何よりも幸せだなって感じるんです。そんな気持ちを私はこれからも大切にしていきたいです」

 自ら抱いた想いなのか。綾奈先輩のサキュバス体質によって引き出された想いなのかは未だにはっきりと分からない。
 ただ、綾奈先輩のことが好きである気持ちを持っていることは確か。そのことを大切にするのが一番いいんじゃないかと思えるようになったのだ。

「……今のあなたは、綾奈に対して揺るぎない想いを持っているのね」

 会長さんの口角が僅かに上がって、

「分かった。あなたのその想いは私の胸の中に閉まっておくわ。綾奈には喋らないように気を付けるから」
「そうしていただけると嬉しいです」
「うん、約束する。……そろそろ生徒会室に戻ろうかな。百合ちゃん、園芸部の活動頑張ってね」
「ありがとうございます。会長さんも生徒会のお仕事頑張ってください」
「ありがとう。……その白百合の花は綾奈が好きな花でもあるんだから、枯らさないように気を付けなさい」

 会長さんは校舎の方へと歩いていく。そんな彼女の後ろ姿はやけに美しく、そしてどこか冷たく見えるのであった。
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