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第14話
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どのくらい眠っていたのだろう。控室のカーペット上で横たわっていた久米は、優しく揺り起こされた。
あの後すぐに、常連さんらしきお客様が来店したため、気まずい思いをしたくなかった久米と、「この場に居てても、いいのよ」と言いつつも、面倒は避けたかったカヴァースの思いが同調し、奥で待機しておくこととなった。
「香月くん、お待たせ。」
カヴァースの声に、素早く意識を戻す久米の目に置時計が写る。十二時を少し過ぎたところだった。
土砂降りの平日の夜は、意外と客の引きが早く、湿った靴を慌てて履いて飛び出た店内には、カウンター席にしか影がなかった。
カヴァースの後を急ぎ足で追いかける久米に視線が集まる。
「ごめんなさいねーぇ。さっき話してた親戚の子なの。」「じゃあ後お願いね!お先に失礼しますー。」久米の背中に手を置きながら、お客様に手を振った。
カウンター席から手を振り返す客たちに小さく挨拶をして、そそくさと店を出る久米には、カヴァースの顔から笑顔が消えていることに気付く余裕がなかった。
ものの数分でタクシーから降りた二人は、雨を避けながら駆け足でオートロック付きのマンションに入った。
大都会のこんなキレイなマンションに、おやじが住んでいるなんて、全く実感がわかなかった久米だったが、エレベータの扉が閉まり、増えていく数字を見ていると、握った手は汗で湿り、気付けば心臓の鼓動が耳に届き、喉が乾いて唾を飲み込む音が聞こえた。
父に最初に会った時、なんていうつもりだったのか。久米は頭の中を必死に探った。
「何て言おう・・・。」
「あなたの息子の香月です・・・。」
いや違う。
「はじめまして。・・・」
いや、はじめましてなんかじゃないし。
『お父さーん』って抱きつく・・・
子どもか!
「僕のことわかりますか?・・・」
十年以上会ってないから、わかるわけないか。
「握手してください。・・・」
なんでやねん!
「お父さん!会いたかったです!・・・」
うぅーーん・・・。なんか違う
そうこう考えあぐねている内に、カヴァースはバッグから鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。
「ただいま。」
短く吐くように声に出し、久米を招き入れた。
「失礼します!」
緊張が限界に近づき、心臓が弾け飛びそうになりながら、クラクラする頭を下げ、靴を脱いだ。
カヴァースがバッグを持ちかえながら、照明のついている部屋に入った。
父がそこにいるかもしれない、そんな部屋に急に入ることを拒む体は、恐る恐る顔だけを覗かせた。
いない・・・・
少しの猶予に小さく息を漏らし、再び頭を下げながら、部屋に足を踏み入れた。
カヴァースは黙りこくったまま、キッチンに立ち、出かける前にそのままにしていた食器を洗っていた。
「あの・・・・・」
父の居場所を尋ねようと、垂れたウィッグで顔が見えないままの姿に声をかけた。
「そこの部屋にいるわ。」
髪をかき上げ、カヴァースは手を差し伸ばした。
示す先に顔を向ける、久米の目に映るドア。
冷静を保とうと必死になるがために、すする鼻水を、血が出たのではないと勘違いしてしまい、拭った指を確かめる。
気合を入れ直し足音を忍ばせ、ドアの前に久米は立った。
大きく息を吸い一気に吐く。
唾を飲み込み、ドアをノックする。
最初に聞くオヤジはどんな声色なのか、どんな言葉が返ってくるのか、耳に全神経を集中させる。
もう純白の頭の中に、言おうとしていた言葉も見せようとしていた表情も、白にかき消されていた。
・・・・・・・
しばらく待つが返事がない。
もう一度、仕切り直しと、息をゆっくり吐きノックする。
不意に久米の横に近づいたカヴァースは「どうぞ」とドアを開けるように、手を差し出した。
音もなく隣に立ったカヴァースに驚きながらも、大きく頷きノブに手を伸ばした。
ゆっくりと扉を開けながら、歯を見せるように笑顔をつくった久米は、頬が吊りそうになりながら
「失礼します!サプライズです‼」
「お父さん‼僕!会いに来ました‼」
声を張り上げ部屋へ踊り入った。
・・・・・・・
「お父・・・・さん・・。」
高く上げた手が固まり、部屋中を見渡す。
・・・・・・・
誰もいない・・・
「あれ?」困惑の表情でドアの前に立つカヴァースに視線を送る。
カヴァースの揺れる瞳が見つめ続けるその先に、視線を向けた久米。
映ったのは・・・
白い布に覆われた骨箱と、記憶にはないが懐かしく思える人物の遺影。
「え?」
久米はゆっくりとその黒い縁取りの写真に歩み寄った。
膝の高さの後飾り祭壇を見下ろす。
沈黙が部屋を支配した。
呆然と位牌を見つめたまま動かなくなった久米の背中に、カヴァースの小さく震える声が優しく触れる。
「ごめんなさい。言い出せなくて・・・本当にごめんなさい。」
空気の揺らぎにゆっくり振り返る久米。
怪訝な面持ちをみせた、
が・・・
「またまたまたまたーーーーー。もういいですって‼」
大きく笑い、腹を押さえながら体を揺する。
「逆サプライズってやつですか!」
「もう面倒くさいっすよ!」
すっかり緊張の解けた顔の久米は、カヴァースに軽い足取りで近づいた。
「どうせクローゼットの中とかにいるんでしょ。」
ネタはわかってるんだと、これ見よがしの顔を見せる。
顔をウィッグで隠したまま、表情を見せない素振りに久米は
「うわぁー見つけろ!って、ですか。いいっすよ。」
呆れた笑いでため息をついた。
「お父さん!いるんでしょ!開けますよ‼三・二・一!」
クローゼットを開ける。グレーのスーツなど父が着ている衣服が整頓され、隙間なく掛けられている。
かき分け奥を覗く。
「うあぁーやられた!」と振り返り辺りを見渡す。
「ここじゃないってことは!」
思いついたように呟き、探し回る。
バスルーム・・・
・・・・・・・・いない。
トイレ・・・
ベランダ・・・・
・・・・・・・・いない。
カーテン裏・・
ベッド周り・・
流し台下・・
・・・・・・・・いない。
洗面台下・・
下駄箱・・
キッチン棚・
収納ボックス・
・・・・・・・・いない。
父を見つけられないまま、次第に小さく狭くなるスペースに、苛立ちが沸き起こる。
先ほどから同じ場所で立ち尽くし、一向に動かないカヴァースに矛先が向く。
「カヴァースさん‼お父さんはどこにいるんですか‼もういい加減にしてください‼俺は早く会って、いっぱい話して、いっぱい笑って、いっぱい喜んでもらいたいんですよ‼」
足音を激しく立てながら近寄る。
「香月くん。本当にごめんなさい・・・。忠くんはもう・・。」
両手がゆっくりと顔を覆う。涙声のカヴァースは鼻をすすり続けた
「忠くん・・膵臓癌で・・ちょうど一カ月前に・・・・。」
「本当にごめんなさい・・・でも。」
カヴァースは横に立つ久米を導くように、祭壇にゆっくりと近づき膝をついた。
遺影を見つめたまま
「香月くんのお父さんの忠くんは、今もここにいるのよ。」
涙が止めどなく流れる頬を拭った。
「もうええって!もうええって!」
叫び声を上げ始めた久米は、カヴァースの背後に仁王立ちになり、強烈に睨みを利かせた。
「早く教えてーや‼」
「そんなに俺をおちょくって楽しいんか‼」
死んだと覚え込まされ、自分には二度と触れることができないと信じていた。そんなたったひとつの存在が、本当はまだ息を吸い、歩いていることを、数々の軋轢を生みながらも知ることができた。
天地がひっくり返るほど嬉しかった。全く記憶にない空白の過去を未来で埋められると思った。
そして、微塵にも気にもならないはずの、家族の前から姿を消した理由が、自分と同じような境遇であったことを知り、余計に仲良く親密に、自分が幼かったころのような、いや、それ以上の関係に、親子に戻れると思っていた。
お父さんに会えると思っていた。お父さんの存在という心に触れられると思っていた。
包まれたことのない【父親の愛】に、寄り添えると思っていた。
なのに・・・・・
「早よお父さん出せや‼」
今にも殴りかかってしまいそうな怒りと、最強に張り詰めた緊張で、激烈に全身に力が籠る。
「なに黙っとんねん‼」
声を荒げる久米に、カヴァースは位牌の横に置かれた封筒を手に取り振り向いた。
「これ・・・忠くんが、あなたにって・・・」
差し出された『久米香月様へ』と書かれた手紙を、息巻きながら奪うように受け取った久米に、カヴァースは白い布覆われた骨箱に手を差し出した。
微かに震える手で持った封書を、しばらく見つめていた久米も、視線をそちらに向けた。
カヴァースは鼻をすすりながら、久米に大きく頷いた。
一度目を閉じた久米は、手を降ろし一気に力を抜いた。
半分開いたままの口元から、安堵のような大きな息を漏らした。
「なんや‼」
「お父さん、そこにいたんや‼」
「もう、早よ言ってや‼」
手元から封筒が零れ落ちる、
気配無く祭壇に近づいた久米は滑らかに骨箱へ手を伸ばし、微笑みながら胡坐をかいで座り、まるでクリスマスプレゼントのリボンをほどくように、布のひもを引っ張った。
「え?・・・」
カヴァースは、満面の笑みで骨壺の蓋を開けようとしている久米に固まった。
「こん中におるんや!お父さん‼」
蓋が開かれる。
パンを焦がしたような臭いが少し浮き上がる。
「もう隠れんでええって‼」
かくれんぼの鬼のように、見つける楽しさで久米は遺骨の中へ腕を突っ込んだ。
「どこやろーお父さん!どこやろ?」
「やめてー‼香月くん!やめて‼」
荒々しく、底へ底へ手を進める度に遺骨が、緑や黄色と散乱し始める。
胡坐の上で、包み込まれるように抱えられた骨壺からはじき出された遺骨を、カヴァースは慌てながらも、大切に手のひらに乗せていく。
「香月くん‼何してるの!ちょっと!やめて‼」
久米を制止しようと手を伸ばす。
「お願い‼やめて‼」
「お父さん!もうすぐ見つけるで!」
一心不乱に遺骨をかき分けていく久米に見向きもされないまま、勢いよく手を払いのけられる。
「いやーーっ‼香月くん!お願い‼やめてーーぇ。」
更にかき回されて、はじかれて行く遺骨を手に包み込みながら、悲痛の叫びをあげるカヴァースの視界に、久米の目から止めどなく溢れ落ちる涙の数々が、遺骨を濡らしていく様が割り込んで来た。
「お父さん!お父さん・・・・」
声が震え、振り絞り出すような呟きに変わる。久米が今、全身全霊で思い、願い、祈る姿が、救いを求めて泣き叫び続ける、まだ幼い子供となり、カヴァースを突き刺した。
手に集めた遺骨を脇に優しく置き、カヴァースは骨壺を漁り続ける久米を、背中から優しく抱きしめる。
「声出して、泣きましょう。」
言い切る前に久米は大声で泣いた。
遺骨を握りしめ、額に押し付け、泣いた。
力が入り、遺骨が手の中で灰になり指の間から零れ落ちる。
そしてカヴァースの久米の髪を撫でながら抱きしめる力が増していく。
動きを止め、大声で泣き叫ぶ久米の
―視界が白く歪み始めるー
「なんで・・・なんでや・・・生きてるって言うたやんやないんかぁーーーー。」
心が乱れる叫びに、カヴァースは優しさを伝えようと、久米の首筋に顔を寄せ、静かに涙を流した。
「会いたいよぉーーーーーー。お父――――――――――――――さぁーーーーん。」
―耳に何かが覆いかぶさったように、音がこもり始めるー
「うぁーーーーーーーーーーぁん。」
カヴァースの頬が久米の頬に触れる。
「やっぱりみんな嘘ばっかりやぁーーー。」
―体が宙に浮くようにフワフワし始めるー
「わたしも・・・同じ気持ちなのよ・・・」
カヴァースは、嗚咽を繰り返す久米の髪をゆっくり、新口忠との過去を思い出すように撫でる。
―久米を取り囲む世界が揺れるー
〖こいつさえ、いなければ。〗
〖こいつがいたから、おやじは死んだんだ。〗
〖そうだろ。〗
斜め上方から声が届く。
〖なんだこいつ。男なのに女の恰好してやがる。〗
〖気持ち悪っる!〗
〖俺もこんな奴らと同じか?よく考えろ。〗
目を見開いたまま涙をこぼす久米は、大きく開けた口でしか呼吸ができないくらい、その声に耳を傾けていた。
〖自分らの事を【おかま】って自ら言ってんだぜ〗
〖そんな奴らが、俺らを追い詰めてんだよ。〗
〖同じゲイを語って、ゲイの代表面して人前でしゃべってんだよ。〗
〖いい迷惑だよな。〗
〖俺のおやじも、こいつらの犠牲者だよ。〗
〖騙されて、人生ぐちゃぐちゃにされて、俺までぐちゃぐちゃだよな。〗
久米の体に力が入り、小刻みに震えだす。
〖こいつさえいなければ、今頃俺は楽しく家族みんなで時間を過ごせてたんだぜ。〗
〖こんな奴ら、生かしてていいのか?〗
〖平和だった家族をぶっ壊されたんだぜ。〗
ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・・
〖殺せ。〗
〖復讐だよ。〗
〖俺がこれ以上不幸せにならないために。〗
〖殺せ。〗
ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・・
目が虚ろになり、過呼吸気味になっている久米を心配して、「香月くん、大丈夫?」カヴァースは向きを変え、正面から抱き寄せて落ち着かせようとした。
「うわあああああああああああああー‼」
突然、阿鼻叫喚が空間をぶち破る。
驚いたカヴァースの体が、経験したことのない力で突き飛ばされた。
凄絶に倒れる。
息が止まり目を瞑ったカヴァースの後頭部をテーブルの角がかすめる。
大きくずれるウィッグ。
頭を押さえ目を開けようとした、カヴァースに久米が馬乗りになってくる。
「やめてーーぇ!香月くん‼」
叫びに動じることなく、躊躇なく振り下ろされる拳。
――――――――――
「でも、暴力に訴えるのは間違っているよな。もう冷静に話し合ってもええ年やしな。」
――――――――――
殴られる!両手で防御の姿勢をとりながら、身構えたカヴァースは覚悟をきめていた。
しかし、一向に振われない拳に恐る恐る目をゆっくり開けた。
父親を、当てもなく探し、さすらう純白の濃霧の中、目の前に優しく差し出された手。
――――――――――
「俺と約束な!もう絶対に暴力は振るわないって。」
『指切りしよう』小指を突き出した縄手先生の姿が、純白の霧に色を塗って行く。
――――――――――
カヴァースの顔の直前で止められている拳。
その隙間から見えた久米の顔は、必死に歯を食いしばり戦い、運命に抗おうとする忍苦の表情であり、カヴァースを見下げる目は蔑み、拒絶を色濃く浮き出させていた。
「うわあああああああああああああー‼」
再び阿鼻叫喚をあげながら、カヴァースの上で悶え苦しみだした久米は、不意に起き上がり走り出した。
駆ける足音と共に、玄関のドアが激しく閉まる音が部屋中に震え渡る。
カヴァースは体をゆっくりと起こし、ウイッグを外した。
そして、部屋中に散乱した遺骨を眺めながら大きく溜息をついた。
「また・・・・こうなっちゃったね。」
こちらを見て微笑む新口忠【にのくち ただし】の遺影につぶやいた。
満月が輝く、【藤原京跡】太極殿跡に、北越智峯丸は静かに立っていた。
膝上までズボンの裾をたくし上げ、半袖の制服姿のままで、頭上遥か遠くに、力強く存在する北極星を見上げていた。
それぞれに照らされ、闇に浮かび上がる大和三山、北に耳成山、東に香具山、西に畝傍山。
「ホントに世話のかかる二人やな・・・新宿かぁ・・・レイラインつながるやろか・・・」
―――レイライン――
古来、神々が通ったとされる見えざる道。その交差点に立つ者が祈ることで、流れが目覚める。
夜空を見上げたままスマホを耳に当てる。
「よっちゃん、ホンっマにごめんやで、俺一人の力じゃ無理やから、余計なことにつき合わせてしまって。」
「で、そっちはどぉ?いけそう?」
夜風が凪ぎ、闇に包まれた京跡に虫の声が色を添える。
「やっぱり橿原には龍主はいなさそう?・・・・そうやんなぁ。支龍が二神かぁ。しゃーない、やってみますか。」
人影がないか、少し辺りを見渡す。
「じゃあ、よっちゃん!支龍の降臨、お願いします!」
スマホを静かに下ろす。
「明日の十時に間に合わせんと…主将のおらん開会式なんて信じられんわ。」
ポケットから取り出したイヤフォンを耳につけ、峯丸は【迦陵頻かりょうびん当曲とうきょく】を召喚した。
息を整え両腕をゆっくりと肩の高さに上げる。
高麗笛が響き、太鼓、鉦鼓、篳篥、三ノ鼓が波動を生む。
左足を軽く蹴り上げ弧を描く、重力に逆らわず膝を沈め、点を落とす。
残像を残し起き上がり、右足で一歩前に踏み出し跳ね上げる、両手を打合せ、空を切るように広げる。
凛とした月光の下で一人舞う舞楽は、測り知れない深さの【慈悲】を、京跡いっぱいに広げ漂い、宙へとうねり昇る。
慈悲は【共感】を呼び、【祈り】となる。
それに合わせるように闇より降臨した金に輝く二神の小さき支龍が、【祈り】を縦横無尽に巻き付け始める。
峯丸の舞に合わせるように泳いだ支龍は、向きを変えレイラインを東へと流れ行く。
伊勢神宮上空を風光明媚に、されど強健に激流し、日本が誇る山を目指す。
体をくねらし進みゆくごとに、金の鱗がキラキラと光り剥がれ落ちる。
射手座をかすめ
天の川を渡り
星々を越え進みゆく。
小さき支龍がゆえに、既に半ば輝きがくすみ始めた二神は、富士山火口に速度を落とすことなく突入した。
時の流れを突き破り、地脈の深部、枯渇がすすむレイラインへ一気に潜る。
高尾山をくぐり、井の頭公園を抜け、歌舞伎町・新宿駅辺りに存在した、古の竜穴から最後の【祈り】を振り絞り、剽悍に噴き出した。
突如、街全体を旋風が包み、舞い上がる。
驚いた人々が悲鳴をあげた。
瞬時に上空の雨雲を吸収し、再生した二神は、人知れないまま西の彼方へ、留まることなく旅立って行く。
それまでの雨がピタリと止み、満月が照らし始めたこの街に、慈悲の祈りがゆっくりと静かに降り注ぐ。
寝息を立て深い眠りについている人に
残業で深夜まで頑張っている人に
マリコの部屋へ電話をかけている人に
皴皴の祖母の手を離れひとり訪れた人に
ヤカンを火にかけたけど紅茶のありかがわからない人に
まっさかさまに堕ちてデザイヤーな人に
今、この世から旅立って行こうとしている人に
今、産声を上げこの世に誕生してきた人に
そして、救いを必要とする大切な人を探しあぐね、四無量心しむりょうしんを真ん中に突き進む者にも。
そしてもう一人。
自己の存在意義を崩し、五陰盛苦ごおんじょうくに沈みゆこうとする者にも。
峯丸が描く威風凛然な舞の波動は、花びらのように優しく降り注いだ。
離れ離れだった二つの色が距離を縮め、寄り添うように地上へと舞い降りる。
真夏の到来が告げられる、夜明け前の一番深い闇が溶け出す瞬間だった。
【この話の感想や★をいただけると嬉しいです!よろしくお願いいたします!】
あの後すぐに、常連さんらしきお客様が来店したため、気まずい思いをしたくなかった久米と、「この場に居てても、いいのよ」と言いつつも、面倒は避けたかったカヴァースの思いが同調し、奥で待機しておくこととなった。
「香月くん、お待たせ。」
カヴァースの声に、素早く意識を戻す久米の目に置時計が写る。十二時を少し過ぎたところだった。
土砂降りの平日の夜は、意外と客の引きが早く、湿った靴を慌てて履いて飛び出た店内には、カウンター席にしか影がなかった。
カヴァースの後を急ぎ足で追いかける久米に視線が集まる。
「ごめんなさいねーぇ。さっき話してた親戚の子なの。」「じゃあ後お願いね!お先に失礼しますー。」久米の背中に手を置きながら、お客様に手を振った。
カウンター席から手を振り返す客たちに小さく挨拶をして、そそくさと店を出る久米には、カヴァースの顔から笑顔が消えていることに気付く余裕がなかった。
ものの数分でタクシーから降りた二人は、雨を避けながら駆け足でオートロック付きのマンションに入った。
大都会のこんなキレイなマンションに、おやじが住んでいるなんて、全く実感がわかなかった久米だったが、エレベータの扉が閉まり、増えていく数字を見ていると、握った手は汗で湿り、気付けば心臓の鼓動が耳に届き、喉が乾いて唾を飲み込む音が聞こえた。
父に最初に会った時、なんていうつもりだったのか。久米は頭の中を必死に探った。
「何て言おう・・・。」
「あなたの息子の香月です・・・。」
いや違う。
「はじめまして。・・・」
いや、はじめましてなんかじゃないし。
『お父さーん』って抱きつく・・・
子どもか!
「僕のことわかりますか?・・・」
十年以上会ってないから、わかるわけないか。
「握手してください。・・・」
なんでやねん!
「お父さん!会いたかったです!・・・」
うぅーーん・・・。なんか違う
そうこう考えあぐねている内に、カヴァースはバッグから鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。
「ただいま。」
短く吐くように声に出し、久米を招き入れた。
「失礼します!」
緊張が限界に近づき、心臓が弾け飛びそうになりながら、クラクラする頭を下げ、靴を脱いだ。
カヴァースがバッグを持ちかえながら、照明のついている部屋に入った。
父がそこにいるかもしれない、そんな部屋に急に入ることを拒む体は、恐る恐る顔だけを覗かせた。
いない・・・・
少しの猶予に小さく息を漏らし、再び頭を下げながら、部屋に足を踏み入れた。
カヴァースは黙りこくったまま、キッチンに立ち、出かける前にそのままにしていた食器を洗っていた。
「あの・・・・・」
父の居場所を尋ねようと、垂れたウィッグで顔が見えないままの姿に声をかけた。
「そこの部屋にいるわ。」
髪をかき上げ、カヴァースは手を差し伸ばした。
示す先に顔を向ける、久米の目に映るドア。
冷静を保とうと必死になるがために、すする鼻水を、血が出たのではないと勘違いしてしまい、拭った指を確かめる。
気合を入れ直し足音を忍ばせ、ドアの前に久米は立った。
大きく息を吸い一気に吐く。
唾を飲み込み、ドアをノックする。
最初に聞くオヤジはどんな声色なのか、どんな言葉が返ってくるのか、耳に全神経を集中させる。
もう純白の頭の中に、言おうとしていた言葉も見せようとしていた表情も、白にかき消されていた。
・・・・・・・
しばらく待つが返事がない。
もう一度、仕切り直しと、息をゆっくり吐きノックする。
不意に久米の横に近づいたカヴァースは「どうぞ」とドアを開けるように、手を差し出した。
音もなく隣に立ったカヴァースに驚きながらも、大きく頷きノブに手を伸ばした。
ゆっくりと扉を開けながら、歯を見せるように笑顔をつくった久米は、頬が吊りそうになりながら
「失礼します!サプライズです‼」
「お父さん‼僕!会いに来ました‼」
声を張り上げ部屋へ踊り入った。
・・・・・・・
「お父・・・・さん・・。」
高く上げた手が固まり、部屋中を見渡す。
・・・・・・・
誰もいない・・・
「あれ?」困惑の表情でドアの前に立つカヴァースに視線を送る。
カヴァースの揺れる瞳が見つめ続けるその先に、視線を向けた久米。
映ったのは・・・
白い布に覆われた骨箱と、記憶にはないが懐かしく思える人物の遺影。
「え?」
久米はゆっくりとその黒い縁取りの写真に歩み寄った。
膝の高さの後飾り祭壇を見下ろす。
沈黙が部屋を支配した。
呆然と位牌を見つめたまま動かなくなった久米の背中に、カヴァースの小さく震える声が優しく触れる。
「ごめんなさい。言い出せなくて・・・本当にごめんなさい。」
空気の揺らぎにゆっくり振り返る久米。
怪訝な面持ちをみせた、
が・・・
「またまたまたまたーーーーー。もういいですって‼」
大きく笑い、腹を押さえながら体を揺する。
「逆サプライズってやつですか!」
「もう面倒くさいっすよ!」
すっかり緊張の解けた顔の久米は、カヴァースに軽い足取りで近づいた。
「どうせクローゼットの中とかにいるんでしょ。」
ネタはわかってるんだと、これ見よがしの顔を見せる。
顔をウィッグで隠したまま、表情を見せない素振りに久米は
「うわぁー見つけろ!って、ですか。いいっすよ。」
呆れた笑いでため息をついた。
「お父さん!いるんでしょ!開けますよ‼三・二・一!」
クローゼットを開ける。グレーのスーツなど父が着ている衣服が整頓され、隙間なく掛けられている。
かき分け奥を覗く。
「うあぁーやられた!」と振り返り辺りを見渡す。
「ここじゃないってことは!」
思いついたように呟き、探し回る。
バスルーム・・・
・・・・・・・・いない。
トイレ・・・
ベランダ・・・・
・・・・・・・・いない。
カーテン裏・・
ベッド周り・・
流し台下・・
・・・・・・・・いない。
洗面台下・・
下駄箱・・
キッチン棚・
収納ボックス・
・・・・・・・・いない。
父を見つけられないまま、次第に小さく狭くなるスペースに、苛立ちが沸き起こる。
先ほどから同じ場所で立ち尽くし、一向に動かないカヴァースに矛先が向く。
「カヴァースさん‼お父さんはどこにいるんですか‼もういい加減にしてください‼俺は早く会って、いっぱい話して、いっぱい笑って、いっぱい喜んでもらいたいんですよ‼」
足音を激しく立てながら近寄る。
「香月くん。本当にごめんなさい・・・。忠くんはもう・・。」
両手がゆっくりと顔を覆う。涙声のカヴァースは鼻をすすり続けた
「忠くん・・膵臓癌で・・ちょうど一カ月前に・・・・。」
「本当にごめんなさい・・・でも。」
カヴァースは横に立つ久米を導くように、祭壇にゆっくりと近づき膝をついた。
遺影を見つめたまま
「香月くんのお父さんの忠くんは、今もここにいるのよ。」
涙が止めどなく流れる頬を拭った。
「もうええって!もうええって!」
叫び声を上げ始めた久米は、カヴァースの背後に仁王立ちになり、強烈に睨みを利かせた。
「早く教えてーや‼」
「そんなに俺をおちょくって楽しいんか‼」
死んだと覚え込まされ、自分には二度と触れることができないと信じていた。そんなたったひとつの存在が、本当はまだ息を吸い、歩いていることを、数々の軋轢を生みながらも知ることができた。
天地がひっくり返るほど嬉しかった。全く記憶にない空白の過去を未来で埋められると思った。
そして、微塵にも気にもならないはずの、家族の前から姿を消した理由が、自分と同じような境遇であったことを知り、余計に仲良く親密に、自分が幼かったころのような、いや、それ以上の関係に、親子に戻れると思っていた。
お父さんに会えると思っていた。お父さんの存在という心に触れられると思っていた。
包まれたことのない【父親の愛】に、寄り添えると思っていた。
なのに・・・・・
「早よお父さん出せや‼」
今にも殴りかかってしまいそうな怒りと、最強に張り詰めた緊張で、激烈に全身に力が籠る。
「なに黙っとんねん‼」
声を荒げる久米に、カヴァースは位牌の横に置かれた封筒を手に取り振り向いた。
「これ・・・忠くんが、あなたにって・・・」
差し出された『久米香月様へ』と書かれた手紙を、息巻きながら奪うように受け取った久米に、カヴァースは白い布覆われた骨箱に手を差し出した。
微かに震える手で持った封書を、しばらく見つめていた久米も、視線をそちらに向けた。
カヴァースは鼻をすすりながら、久米に大きく頷いた。
一度目を閉じた久米は、手を降ろし一気に力を抜いた。
半分開いたままの口元から、安堵のような大きな息を漏らした。
「なんや‼」
「お父さん、そこにいたんや‼」
「もう、早よ言ってや‼」
手元から封筒が零れ落ちる、
気配無く祭壇に近づいた久米は滑らかに骨箱へ手を伸ばし、微笑みながら胡坐をかいで座り、まるでクリスマスプレゼントのリボンをほどくように、布のひもを引っ張った。
「え?・・・」
カヴァースは、満面の笑みで骨壺の蓋を開けようとしている久米に固まった。
「こん中におるんや!お父さん‼」
蓋が開かれる。
パンを焦がしたような臭いが少し浮き上がる。
「もう隠れんでええって‼」
かくれんぼの鬼のように、見つける楽しさで久米は遺骨の中へ腕を突っ込んだ。
「どこやろーお父さん!どこやろ?」
「やめてー‼香月くん!やめて‼」
荒々しく、底へ底へ手を進める度に遺骨が、緑や黄色と散乱し始める。
胡坐の上で、包み込まれるように抱えられた骨壺からはじき出された遺骨を、カヴァースは慌てながらも、大切に手のひらに乗せていく。
「香月くん‼何してるの!ちょっと!やめて‼」
久米を制止しようと手を伸ばす。
「お願い‼やめて‼」
「お父さん!もうすぐ見つけるで!」
一心不乱に遺骨をかき分けていく久米に見向きもされないまま、勢いよく手を払いのけられる。
「いやーーっ‼香月くん!お願い‼やめてーーぇ。」
更にかき回されて、はじかれて行く遺骨を手に包み込みながら、悲痛の叫びをあげるカヴァースの視界に、久米の目から止めどなく溢れ落ちる涙の数々が、遺骨を濡らしていく様が割り込んで来た。
「お父さん!お父さん・・・・」
声が震え、振り絞り出すような呟きに変わる。久米が今、全身全霊で思い、願い、祈る姿が、救いを求めて泣き叫び続ける、まだ幼い子供となり、カヴァースを突き刺した。
手に集めた遺骨を脇に優しく置き、カヴァースは骨壺を漁り続ける久米を、背中から優しく抱きしめる。
「声出して、泣きましょう。」
言い切る前に久米は大声で泣いた。
遺骨を握りしめ、額に押し付け、泣いた。
力が入り、遺骨が手の中で灰になり指の間から零れ落ちる。
そしてカヴァースの久米の髪を撫でながら抱きしめる力が増していく。
動きを止め、大声で泣き叫ぶ久米の
―視界が白く歪み始めるー
「なんで・・・なんでや・・・生きてるって言うたやんやないんかぁーーーー。」
心が乱れる叫びに、カヴァースは優しさを伝えようと、久米の首筋に顔を寄せ、静かに涙を流した。
「会いたいよぉーーーーーー。お父――――――――――――――さぁーーーーん。」
―耳に何かが覆いかぶさったように、音がこもり始めるー
「うぁーーーーーーーーーーぁん。」
カヴァースの頬が久米の頬に触れる。
「やっぱりみんな嘘ばっかりやぁーーー。」
―体が宙に浮くようにフワフワし始めるー
「わたしも・・・同じ気持ちなのよ・・・」
カヴァースは、嗚咽を繰り返す久米の髪をゆっくり、新口忠との過去を思い出すように撫でる。
―久米を取り囲む世界が揺れるー
〖こいつさえ、いなければ。〗
〖こいつがいたから、おやじは死んだんだ。〗
〖そうだろ。〗
斜め上方から声が届く。
〖なんだこいつ。男なのに女の恰好してやがる。〗
〖気持ち悪っる!〗
〖俺もこんな奴らと同じか?よく考えろ。〗
目を見開いたまま涙をこぼす久米は、大きく開けた口でしか呼吸ができないくらい、その声に耳を傾けていた。
〖自分らの事を【おかま】って自ら言ってんだぜ〗
〖そんな奴らが、俺らを追い詰めてんだよ。〗
〖同じゲイを語って、ゲイの代表面して人前でしゃべってんだよ。〗
〖いい迷惑だよな。〗
〖俺のおやじも、こいつらの犠牲者だよ。〗
〖騙されて、人生ぐちゃぐちゃにされて、俺までぐちゃぐちゃだよな。〗
久米の体に力が入り、小刻みに震えだす。
〖こいつさえいなければ、今頃俺は楽しく家族みんなで時間を過ごせてたんだぜ。〗
〖こんな奴ら、生かしてていいのか?〗
〖平和だった家族をぶっ壊されたんだぜ。〗
ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・・
〖殺せ。〗
〖復讐だよ。〗
〖俺がこれ以上不幸せにならないために。〗
〖殺せ。〗
ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・・
目が虚ろになり、過呼吸気味になっている久米を心配して、「香月くん、大丈夫?」カヴァースは向きを変え、正面から抱き寄せて落ち着かせようとした。
「うわあああああああああああああー‼」
突然、阿鼻叫喚が空間をぶち破る。
驚いたカヴァースの体が、経験したことのない力で突き飛ばされた。
凄絶に倒れる。
息が止まり目を瞑ったカヴァースの後頭部をテーブルの角がかすめる。
大きくずれるウィッグ。
頭を押さえ目を開けようとした、カヴァースに久米が馬乗りになってくる。
「やめてーーぇ!香月くん‼」
叫びに動じることなく、躊躇なく振り下ろされる拳。
――――――――――
「でも、暴力に訴えるのは間違っているよな。もう冷静に話し合ってもええ年やしな。」
――――――――――
殴られる!両手で防御の姿勢をとりながら、身構えたカヴァースは覚悟をきめていた。
しかし、一向に振われない拳に恐る恐る目をゆっくり開けた。
父親を、当てもなく探し、さすらう純白の濃霧の中、目の前に優しく差し出された手。
――――――――――
「俺と約束な!もう絶対に暴力は振るわないって。」
『指切りしよう』小指を突き出した縄手先生の姿が、純白の霧に色を塗って行く。
――――――――――
カヴァースの顔の直前で止められている拳。
その隙間から見えた久米の顔は、必死に歯を食いしばり戦い、運命に抗おうとする忍苦の表情であり、カヴァースを見下げる目は蔑み、拒絶を色濃く浮き出させていた。
「うわあああああああああああああー‼」
再び阿鼻叫喚をあげながら、カヴァースの上で悶え苦しみだした久米は、不意に起き上がり走り出した。
駆ける足音と共に、玄関のドアが激しく閉まる音が部屋中に震え渡る。
カヴァースは体をゆっくりと起こし、ウイッグを外した。
そして、部屋中に散乱した遺骨を眺めながら大きく溜息をついた。
「また・・・・こうなっちゃったね。」
こちらを見て微笑む新口忠【にのくち ただし】の遺影につぶやいた。
満月が輝く、【藤原京跡】太極殿跡に、北越智峯丸は静かに立っていた。
膝上までズボンの裾をたくし上げ、半袖の制服姿のままで、頭上遥か遠くに、力強く存在する北極星を見上げていた。
それぞれに照らされ、闇に浮かび上がる大和三山、北に耳成山、東に香具山、西に畝傍山。
「ホントに世話のかかる二人やな・・・新宿かぁ・・・レイラインつながるやろか・・・」
―――レイライン――
古来、神々が通ったとされる見えざる道。その交差点に立つ者が祈ることで、流れが目覚める。
夜空を見上げたままスマホを耳に当てる。
「よっちゃん、ホンっマにごめんやで、俺一人の力じゃ無理やから、余計なことにつき合わせてしまって。」
「で、そっちはどぉ?いけそう?」
夜風が凪ぎ、闇に包まれた京跡に虫の声が色を添える。
「やっぱり橿原には龍主はいなさそう?・・・・そうやんなぁ。支龍が二神かぁ。しゃーない、やってみますか。」
人影がないか、少し辺りを見渡す。
「じゃあ、よっちゃん!支龍の降臨、お願いします!」
スマホを静かに下ろす。
「明日の十時に間に合わせんと…主将のおらん開会式なんて信じられんわ。」
ポケットから取り出したイヤフォンを耳につけ、峯丸は【迦陵頻かりょうびん当曲とうきょく】を召喚した。
息を整え両腕をゆっくりと肩の高さに上げる。
高麗笛が響き、太鼓、鉦鼓、篳篥、三ノ鼓が波動を生む。
左足を軽く蹴り上げ弧を描く、重力に逆らわず膝を沈め、点を落とす。
残像を残し起き上がり、右足で一歩前に踏み出し跳ね上げる、両手を打合せ、空を切るように広げる。
凛とした月光の下で一人舞う舞楽は、測り知れない深さの【慈悲】を、京跡いっぱいに広げ漂い、宙へとうねり昇る。
慈悲は【共感】を呼び、【祈り】となる。
それに合わせるように闇より降臨した金に輝く二神の小さき支龍が、【祈り】を縦横無尽に巻き付け始める。
峯丸の舞に合わせるように泳いだ支龍は、向きを変えレイラインを東へと流れ行く。
伊勢神宮上空を風光明媚に、されど強健に激流し、日本が誇る山を目指す。
体をくねらし進みゆくごとに、金の鱗がキラキラと光り剥がれ落ちる。
射手座をかすめ
天の川を渡り
星々を越え進みゆく。
小さき支龍がゆえに、既に半ば輝きがくすみ始めた二神は、富士山火口に速度を落とすことなく突入した。
時の流れを突き破り、地脈の深部、枯渇がすすむレイラインへ一気に潜る。
高尾山をくぐり、井の頭公園を抜け、歌舞伎町・新宿駅辺りに存在した、古の竜穴から最後の【祈り】を振り絞り、剽悍に噴き出した。
突如、街全体を旋風が包み、舞い上がる。
驚いた人々が悲鳴をあげた。
瞬時に上空の雨雲を吸収し、再生した二神は、人知れないまま西の彼方へ、留まることなく旅立って行く。
それまでの雨がピタリと止み、満月が照らし始めたこの街に、慈悲の祈りがゆっくりと静かに降り注ぐ。
寝息を立て深い眠りについている人に
残業で深夜まで頑張っている人に
マリコの部屋へ電話をかけている人に
皴皴の祖母の手を離れひとり訪れた人に
ヤカンを火にかけたけど紅茶のありかがわからない人に
まっさかさまに堕ちてデザイヤーな人に
今、この世から旅立って行こうとしている人に
今、産声を上げこの世に誕生してきた人に
そして、救いを必要とする大切な人を探しあぐね、四無量心しむりょうしんを真ん中に突き進む者にも。
そしてもう一人。
自己の存在意義を崩し、五陰盛苦ごおんじょうくに沈みゆこうとする者にも。
峯丸が描く威風凛然な舞の波動は、花びらのように優しく降り注いだ。
離れ離れだった二つの色が距離を縮め、寄り添うように地上へと舞い降りる。
真夏の到来が告げられる、夜明け前の一番深い闇が溶け出す瞬間だった。
【この話の感想や★をいただけると嬉しいです!よろしくお願いいたします!】
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