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8話 母という存在
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その日の夜、ルキーナは全ての仕事が終わり自室に戻ると、撃たれたての鳥のようにベッドに倒れ込む。
小さな窓からは霧は晴れ、糸のような三日月が霞んで見える。
「……に会いたいなぁ……」
月を掴むような仕草をする。
指と指の隙間から月光が漏れ、薬指にはめてある指輪がまるで彫られている月と星と同じように光る。
ルキーナは目を瞑る。
そしてふと、実家から飛び出して来た時のことを思い出した。
「お姉ちゃん!」
1つ年が離れた妹が、悲しみと寂しさと怒りのような瞳でこちらを見ている。
蜂蜜色の透き通った硝子玉のような瞳の奥にある赤と青の感情。
「ねえ、お姉ちゃん!お母さんを憎まないでね!お母さんは確かに厳しいけど、お姉ちゃんのこと考えているんだから!……心配しているんだからぁ……」
知ってるさ。知ってる……そんなことずっと前から知ってる。
でも、ルキーナは自由に何者にも縛られたくなかった。
当時のルキーナにとって、母は口うるさい存在であり、それを押し付ける存在だった。
だからルキーナは母が嫌いだった。
そっと目を開いたら、目からは水滴が流れ落ち、朝露のように頬に流れ落ち布団を濡らした。
いつの間にか寝ていたらしい。
部屋には朝日が差し込み明るく照らしている。
「眠い……でも、起きなきゃ……」
抱いていたうさぎのぬいぐるみをそっと置き、いつも着ているメイド服に着替え始めた。
部屋の鏡にはシロツメクサの髪飾りに、麦畑色のツインテールの髪型をした少女があどけない道化のような顔で写っている。
ルキーナはそれを見て口角を上げると、部屋のドアを閉めた。
キッチンに行くと、トマトスープの香りとサワークリームの匂いが鼻をふんわりとくすぐる。
ああ、懐かしいという感情と家に帰りたいという感情に襲われる。
「おはようさん。ルキーナちゃん」
自分よりも少し年上で鼻のそばかすが特徴の使用人が声をかけてきた。
「ああ、おはようございます!今日はトマトスープなんですね!」
「そうなんだ!旦那様の要望でね。ほら、最後にサワークリームを入れてくれないか?」
ルキーナは冷蔵庫からサワークリームの缶を取り出すと、蓋をそっと開けて一掬いして、鍋の中に入れる。
アルキュミアの料理はサワークリームを入れるのが定番だ。
ルキーナは鍋に入れた後、そのままサワークリームをまた一掬いしてパンに塗りたくる。
「何を作っているんだい?」
召使いは不思議そうな顔をしながら、スープをお皿によそる。
煮込んでいる時よりも、トマトの香りがよりハッキリと鼻をくすぐり、それが何故だか心地よい。
ヴィーゲンリートは何も言わずに、ただ花のようにニッコリと笑いながら、慣れた手つきで缶切りを使ってツナ缶開ける。
スライスオニオンとレタス、ツナ、スライストマトを交互に並べ、サワークリームと胡椒を混ぜたペーストを具の上に塗りたくり、上からパンを乗っける。
「旦那様へ……差し入れのサンドイッチです。ここ最近よくお腹空いたと言っていたので……喜んでくださるといいのですが……」
召使いはそばかすだらけの頬を上げ、「大丈夫さ」と言うと、サンドイッチを皿ごとトレンチに乗せ、ホールの方へ歩いて行った。
ルキーナも小鳥のような足取りで、後ろに付いて行った。
ホールには、この家の主人の家族がずらりと座っている。
少し不気味なのは皆あまり表情がない事だ。
この前ニコニコ微笑んでいたお坊ちゃまも、今日は王都の天気のように沈んでる。
「だ、旦那様……本日の朝食はいかがでしょうか……?」
食べ終わりの頃、ルキーナは1番上座に座ってる軍服を着たハゲタカのような初老の男性に話しかける。
「ああ、まあ……美味いよ」
男性は強い目力でルキーナと朝食を見る。
その目は疲れきっていて、あまり食には興味無さそうで、食べれればなんでもいいと言いたげだった。
まあ、戦場生活が続くと食に対して関心が無くなざるを得ないので仕方がないとはいえ、この反応は少し気分が下がる。
「ああ、でもこのサンドイッチは俺好みだなぁ……」
何か懐かしいものを見るように、サンドイッチが乗っていた皿を見る。
そういえば旦那様の今は亡き母は、サワークリームが沢山使われてる料理が有名な土地出身だと聞いた。
もしかしたら、母の手料理を思い出したのかもしれない。
「旦那様!そちらわたくしが作りました」
「美味かった。ご苦労さま」
男性は仏頂面であっさりと言うと、「ご馳走様」とだけ言うと席を立ち、執務室に戻った。
ルキーナは嬉しくてニヤケそうなのを抑えながら、お辞儀をしたままその様子を見送った。
「 Guten Tag Lycoris Wie geht es dir?」
それから数日後のとある夜。
ルキーナは屋敷から離れた、古びた公衆電話ボックスにいた。
小さな窓からは霧は晴れ、糸のような三日月が霞んで見える。
「……に会いたいなぁ……」
月を掴むような仕草をする。
指と指の隙間から月光が漏れ、薬指にはめてある指輪がまるで彫られている月と星と同じように光る。
ルキーナは目を瞑る。
そしてふと、実家から飛び出して来た時のことを思い出した。
「お姉ちゃん!」
1つ年が離れた妹が、悲しみと寂しさと怒りのような瞳でこちらを見ている。
蜂蜜色の透き通った硝子玉のような瞳の奥にある赤と青の感情。
「ねえ、お姉ちゃん!お母さんを憎まないでね!お母さんは確かに厳しいけど、お姉ちゃんのこと考えているんだから!……心配しているんだからぁ……」
知ってるさ。知ってる……そんなことずっと前から知ってる。
でも、ルキーナは自由に何者にも縛られたくなかった。
当時のルキーナにとって、母は口うるさい存在であり、それを押し付ける存在だった。
だからルキーナは母が嫌いだった。
そっと目を開いたら、目からは水滴が流れ落ち、朝露のように頬に流れ落ち布団を濡らした。
いつの間にか寝ていたらしい。
部屋には朝日が差し込み明るく照らしている。
「眠い……でも、起きなきゃ……」
抱いていたうさぎのぬいぐるみをそっと置き、いつも着ているメイド服に着替え始めた。
部屋の鏡にはシロツメクサの髪飾りに、麦畑色のツインテールの髪型をした少女があどけない道化のような顔で写っている。
ルキーナはそれを見て口角を上げると、部屋のドアを閉めた。
キッチンに行くと、トマトスープの香りとサワークリームの匂いが鼻をふんわりとくすぐる。
ああ、懐かしいという感情と家に帰りたいという感情に襲われる。
「おはようさん。ルキーナちゃん」
自分よりも少し年上で鼻のそばかすが特徴の使用人が声をかけてきた。
「ああ、おはようございます!今日はトマトスープなんですね!」
「そうなんだ!旦那様の要望でね。ほら、最後にサワークリームを入れてくれないか?」
ルキーナは冷蔵庫からサワークリームの缶を取り出すと、蓋をそっと開けて一掬いして、鍋の中に入れる。
アルキュミアの料理はサワークリームを入れるのが定番だ。
ルキーナは鍋に入れた後、そのままサワークリームをまた一掬いしてパンに塗りたくる。
「何を作っているんだい?」
召使いは不思議そうな顔をしながら、スープをお皿によそる。
煮込んでいる時よりも、トマトの香りがよりハッキリと鼻をくすぐり、それが何故だか心地よい。
ヴィーゲンリートは何も言わずに、ただ花のようにニッコリと笑いながら、慣れた手つきで缶切りを使ってツナ缶開ける。
スライスオニオンとレタス、ツナ、スライストマトを交互に並べ、サワークリームと胡椒を混ぜたペーストを具の上に塗りたくり、上からパンを乗っける。
「旦那様へ……差し入れのサンドイッチです。ここ最近よくお腹空いたと言っていたので……喜んでくださるといいのですが……」
召使いはそばかすだらけの頬を上げ、「大丈夫さ」と言うと、サンドイッチを皿ごとトレンチに乗せ、ホールの方へ歩いて行った。
ルキーナも小鳥のような足取りで、後ろに付いて行った。
ホールには、この家の主人の家族がずらりと座っている。
少し不気味なのは皆あまり表情がない事だ。
この前ニコニコ微笑んでいたお坊ちゃまも、今日は王都の天気のように沈んでる。
「だ、旦那様……本日の朝食はいかがでしょうか……?」
食べ終わりの頃、ルキーナは1番上座に座ってる軍服を着たハゲタカのような初老の男性に話しかける。
「ああ、まあ……美味いよ」
男性は強い目力でルキーナと朝食を見る。
その目は疲れきっていて、あまり食には興味無さそうで、食べれればなんでもいいと言いたげだった。
まあ、戦場生活が続くと食に対して関心が無くなざるを得ないので仕方がないとはいえ、この反応は少し気分が下がる。
「ああ、でもこのサンドイッチは俺好みだなぁ……」
何か懐かしいものを見るように、サンドイッチが乗っていた皿を見る。
そういえば旦那様の今は亡き母は、サワークリームが沢山使われてる料理が有名な土地出身だと聞いた。
もしかしたら、母の手料理を思い出したのかもしれない。
「旦那様!そちらわたくしが作りました」
「美味かった。ご苦労さま」
男性は仏頂面であっさりと言うと、「ご馳走様」とだけ言うと席を立ち、執務室に戻った。
ルキーナは嬉しくてニヤケそうなのを抑えながら、お辞儀をしたままその様子を見送った。
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それから数日後のとある夜。
ルキーナは屋敷から離れた、古びた公衆電話ボックスにいた。
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