傷ついて四葉のクローバーになる

八月朔 凛

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10話 それがあなたとの約束だから(1886年4月6日)

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6日の夜。窓から月光がさしている。

ルキーナは、いつものメイド服から白いワンピースドレスへと着替える。
今日でここでの仕事は終わる為、部屋は備え付けのベッドと鏡以外何も無い。

お気に入りのシロツメクサと、リボンがついた花かんむりを被った時だった。部屋ドアをノックされた。

「ルキーナさん!お手紙が……」

 同僚のメイドが白い封筒を渡す。
ルキーナは、あれ?こんな時に手紙をくれる人っていたっけ?と思いながら、裏を見ると差出人には母の名前が書かれていた。

 メイドが居なくなった後に、懐からジッポを取り出し、炙るとanonymous無名という文字が浮かび上がった。

心当たりと言えば1つある。自分の上司の苗字だ。滅多に名乗らない為先程まで忘れていたが。

「……こっちに手紙寄越さないでって言ったのに……その前に速達って……」

 ルキーナはペーパーナイフで封を切ると、少し汚れた紙にたった一言『西部戦線異状アリ』とだけ書かれていた。紙のふちは少し赤く染まっている。手紙からは泥臭いがする

『西部戦線異常アリ』それは大切な人がかなりの危機の時に使用する暗号だった。

最悪だ。なぜ任務前の今届く?安否は?すぐ戻りたくなるじゃない……

 ルキーナはそう思いながら一瞬、このまま任務を放り出そうと考えたが、それを邪魔するようにしばらく前にその大切な人と交わした会話を思い出した。


「……もし、君の任務中に僕に何かあったとしても、任務はきちんと遂行させてね」

「君は……君なら絶対任務を放り出すでしょ?それだけはダメだよ?仕事なんだから……何事も無かったようにきちんと遂行させるんだ」

「うわ……どうして分かったの?」

「……君ならそうすると思ったから。だからそうしないように釘を刺しておく……
僕が守るのは死なないこと。君が守るのは死なないことと僕に何か会った時に任務を放り出さないこと……約束だよ?」



 さっきから噛んでいる唇から血の味が少しする。

決意は決まった。この決断に後悔はない。

ルキーナは黒い革手袋をはめ、愛用銃を持つと「これでいいんだ」と呟いた。

お互いに約束した。きっとあの人ならあの約束を破らない。あの人は約束を1度も破ったことないんだから
きっと今回も約束を守ってくれるだろう。

私だけが約束を破るわけにはいかない。 

 ルキーナは約束を守るため、宝石をひっくりかえしたような星空の下で、いつもの場所へ行くために金色の髪を揺らしながらかけて行った。


教会の噴水の前で、エマとガブリエラとルキーナそれぞれ合流すると、任務場所へ向かう。
しばらく歩くと大きな家の前に辿り着いた。
それぞれ顔を見合わせて頷くと、まずヴィーゲンリートが門を開き、ある言葉を口にした。

Die andere 雲のSeite der Wolke 向こうはist immer der いつもblaue Himmel.青空

 その瞬間、ルキーナの目が黄金色に変わった。

「きちんと視てよねその!」

 屋敷の中の大広間では、働き蟻のように使用人が忙しく動いており、参加者は優雅にパーティを楽しんでいる。



 元の目の色に戻ったルキーナは、にっこりと笑うと、パーティの参加券を取り出し、二手に別れて屋敷の中へ入っていった。


中に入ると、想像以上に人が居たせいなのか、エマは少し驚いたような表情で「うわぁ……人混み凄いー」と小さな声で呟いた。


「……エマ……しばらくゆっくりしようか?」

「そうだねーわたし、ベリーケーキ食べようかなー!」

「ベリーケーキ美味しいよね……」

 2人はベリーケーキを頬張りつつも、目で脱走経路を確認していた。

 まず西側の寝室付近にあるステンドグラスの下に小さな穴がある。その奥に取っ手があるので、それを掴むと裏の道が見えてくる。そこから外へ繋がっているのでそこから脱出する計画だ。
 
「やあ、僕の誕生日パーティに来てくれてありがとう」

 目の前に近づいてきた優男。
標的であるアル=ハッサーバードだ。
性格はヘラヘラしていて女好きで単純。
しかし、計算高くずる賢い。

ついでに、ハッサーバードはイケメンで優しそうな見た目とは裏腹に、赤ちゃんプレイが好きらしく、ガブリエラの情報によると、先日も愛人を呼んで行為をやっていたらしい。




「ハッサーバード様。お初にお目にかかります。ハーディニア家のルキーナ・トレンボルブランコ=ヴィーゲンリートと申します
ハッサーバード様……先日のノルマンディ島のご活躍新聞で拝見させて頂きました!とても素晴らしく……本当に尊敬します!」

ルキーナは美しいカーテシーをしながらそう言う。

「はは~嬉しいな!ありがと~!」

ハッサーバードは偽物の笑顔で笑う。
どうやらあまりルキーナには興味を持たなかったようだ。

「あ、そこの三つ編み君なんて名前?その瑠璃色々の瞳が凄く綺麗だね。どう?俺と一緒にお茶しない?」

 ハッサーバードはエマを指さす。
どうやらエマの方に興味を持ったみたいだ。ルキーナの目から見ればエマは青緑髪で赤い目だ。

 エマは他人の記憶や認知を改ざん、削除する魔法を持っている。

おそらく、それを利用してエマ・トレイシー=ハミルトンはアマデウス人ではなく、アルキュミア人だという認知を、ここにいるほぼ全員にさせたのだろう。

 理由は、アルキュミアでもアマデウス人は差別的な扱いを受けているせいで、任務が円滑に行えないからだろう。

「エマ・トレイシー=ハミルトンです!よろしくお願いします!」

 エマはにっこりと笑う。ルキーナにとってはアマデウス人の少女の笑顔は、目の前の男にとってはアルキュミア人の少女の笑顔に見えるのだろう。

能力とは違い、他人に干渉できる魔法とは改めて凄いものだと思いながらルキーナは目を細めた。

 窓の外を見ると霧がかかっていた。
これから上手く成功するといいんだけれども……と、思いながらルキーナは静かに2人の様子を見つめていた。
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