戦火は金色の追憶と白銀の剣のうちに

序章 成長編

第3話 別れ

　剣の才能をヨハンに見せつけたオトゥリアは上機嫌だった。
　シュネル流の中では大人顔負けの剣閃を放っていた彼女だったが、その実力が他流派にも確りと通用するものだと判明した。
　他流派にも強く出られることはシュネル流の特性でもあるのだが、それでもオトゥリアの才能は群を抜いて凄まじく、目を見張るものである。

　ヨハンはオトゥリアに書類を渡すと、

「とは言え貴様もまだ10歳だ。両親もこちらに来て貰うことになる……住む家も騎士団が保証しよう。
　私は来週までここに滞在するつもりだ。騎士団に入るのならばこの書類に親のサインを書いて貰って、私に提出すること。受理されれば戻って迎えに来る。速くて半月後になるだろう。そして……国家のことに関わる話だ。特にこれといった罰則はないが、口外すると問題が起こる可能性がある。話すとしてもそこの少年含め、2人の親までにしておけ。親にも事が済むまでは口外させるな。くれぐれも内密にするように」

　そう言い終わるやいなや、装備し直した鎧をガチャガチャ言わせて部屋から出ていってしまった。
　オルブルも、静かにそれに着いて行く。

　ヨハンは部屋を出るその時に、オルブルにだけそっと耳打ちをした。

「化け物を育てたな、貴様……」

　何処を見ているのか判然としないヨハンの虚ろな目はあまりにも不気味だった。




「実力が認められたのは嬉しいんだけど……嫌だ」

　2人がいなくなって暫くした後、ポツリとオトゥリアは呟いた。俯いているようで顔に影が出来ていて、どんな表情をしているのかアルウィンには判らなかった。

「何でだよ？いいじゃないか！」

　オトゥリアの肩をぽんぽんと叩きながら、何を言っているんだよと続けるアルウィン。
　けれども、顔を上げたオトゥリアの顔は深刻そのものと言ってよかった。
　様々な感情が交錯して崩れた彼女の顔。
　震える唇が、ゆっくりと動く。

「だって…騎士団に入ったら、王都に住むことになるもん…
　そうしたら…アルウィンと会えなくなるじゃん…！」

「…………！」

　気づけば、アルウィンの視界はぼやけていた。そうなのだ。騎士になるのは誇らしいことだが、それは別れを意味している。アルウィンはオトゥリアの前で泣きたくないと必死に堪えようとした。
　もしオトゥリアが騎士団に入ったら、今後会うこともなくなってしまうかもしれない。

「本当は…アルウィンと、一緒にいたい……！」

　オトゥリアの上ずった声。オトゥリアはアルウィンの胸に飛び込んでびしょ濡れの顔を押し当てる。アルウィンはオトゥリアの頭にそっと手を当てた。震える声で、でも必死に口を動かす。

「オレも……離れ離れになるのは嫌だ」

「お母さんとお父さんに話してもらって、どうにかしてもらおうよ……騎士にならなくてもいい。それか…アルウィンも王都に一緒に行こうよ。そうすれば……私達は一緒にいられるでしょ？
　私はね…騎士になるのもいいけど、それよりも、アルウィンの方がいい…！このお誘いを蹴ったとしても……ね」

　オトゥリアの言葉で、必死に押さえ込んでいたダムが遂に決壊して滝を作り出した。その姿を見、目を丸くしたオトゥリアは暫く考えた後にポケットからハンカチを取り出し、涙をふいて少し笑う。

「ほら、アルウィンも涙拭いてよ。男の子なんだから」

　彼女が差し出したハンカチで目頭を拭いても、なかなか涙は止まってくれない。
　アルウィンの水源が干からびる頃には、辺りは夕闇に染まりきっていた。



　………………
　…………
　……




「アルウィンは連れて行けないわ」

「じゃあ……騎士団なんか入らない！」

「ねぇ、お母さんの話を聞いて。オトゥリア」

「アルウィンと一緒じゃないなら…！私は騎士団になんか入りたくないの！！」

　オトゥリアの目論見は驚く程あっさりと外れた。
　喜んだオトゥリアの両親はあっと言う間に推薦書にサインをしてしまい、オトゥリアは激昂していたところである。

「王国騎士は一般人がなれる最高の栄誉なのよ。私はあなたに幸せになって欲しい。だから国に報いなさい」

「だーかーらー！！
　私の幸せはアルウィンと一緒にいることなの！！」

　アルウィンもオトゥリアも猛反発した。それ程までに2人は離れ離れになりたくなかったからだ。

「騎士団入りは素晴らしいことだ。お前は俺達の誇りなんだよ。
　それに、我が家は……いや、この国の下層階級の人々はみな、王都の夢のような暮らしをずっと望んでいるのだよ。これは、夢の王都へ行くチャンスだ。
　だからオトゥリア、騎士団へ入るんだ！」

「いいかい。いつか、アルウィンとまた会えるわよ。だから会えるその日を信じなさい」

　アルウィンとオトゥリアの両親は、猛反発して疲れきった2人にそう言った。

　アルウィンはその言葉で気持ちに整理がついた。 
　離れ離れになっても、自分もオトゥリアを追って騎士になってしまえばいい。推薦を貰えるような強者になればいつか再会出来ることだろう。

　オトゥリアもアルウィンの答えに、ようやく踏ん切りがついて、絶対に追いついて騎士になってねと応えた。
　その日以降、アルウィンはより一層剣に魂を込めて技術を磨くようになった。オトゥリアが素振りを1000するならば、アルウィンは2000回。彼は多数の先輩剣士相手にもめげずに食らいついた。全てはオトゥリアに出来るだけ早く再開するためだった。


　ヨハンが村に訪れてから半月後。
　遂に、オトゥリアが村を出る前日になってしまった。
　2人は森の中でめいっぱい遊んだ。その森は冒険者ギルドからは危険度が最高難度と言われる魔獣の森だが、奥に足を踏み入れない限り、村の周辺は比較的安全である。
　木剣で模擬戦をして遊んだり、木に登ったり、走り回ったりと、お互い泥で汚れ、大汗をかきながら遊び回ったためか、空が紅く染まるまでの体感時間は一瞬だった。

　遊び疲れて風呂に入って、瞼は段々と重くなる。アルウィンが気が付いた頃にはすっかり朝になっていた。オトゥリアが村にいる最後の時は、刻一刻と近付いている。

　アルウィンは寝ぼけ眼を擦り、服を引っ掴み、パンを咥えて村の門へ急いだ。
　息が上がりそうになるが、オトゥリアに別れの挨拶すらしないで居なくなってしまうのは、もっと嫌だ。
　彼は風よりも早く走った。出立の時間までに間に合うかの瀬戸際で遂に彼は辿り着いた。

　オトゥリアは、彼を待ってくれていた。
　仕立て屋で良いものを作ってもらったのか、可愛らしい服を着て、両親とヨハンと共にいた。
　服はいったい何ルピナスほどかかったのだろうか、 眩しく光り輝いて見える。

　昨日、粗末な服で泥んこになって遊んだオトゥリアがアルウィンの目にはとても美しく見えた。

　彼女はアルウィンに気がつくと、頬を薄く染めて満面の笑みで駆け寄りぎゅっと抱き着いた。彼もそっとオトゥリアの背に手を回し抱き返す。

「アルウィン……絶対に王都に来てね。待ってる」

「オトゥリア……
　オレも、強くなって騎士団に行く。絶対に行くから、待っててね」

「嬉しい。アルウィン…その言葉、約束だよ」

　2人は、涙で顔をクシャクシャにしながら笑っていた。
　見つめ合う2人。その時、何を思ったのか。オトゥリアはアルウィンの頬をぐいっと引き寄せる。

「……！？」
「んっ……」

　少し背伸びをしたオトゥリアの唇が、アルウィンの唇にそっと重なった。

「待ってるから…今度はアルウィンからだよ」

　悪戯っぽく笑い、くるっと向き直って馬車に乗る小さな背中を暖かい日差しがやわらかく照らす。
　オトゥリアが手を振るその馬車は、ぼやけるアルウィンの視界から徐々に遠ざかっていった。