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序章 成長編
第19話 散開
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「ジルヴェスタを殺せ!我が一族の恨み、ここで晴らしてくれるわ!」
吠えるのは、ドママン・シャティヨン。
盗賊であるヤノシックを支援し、さまざまな策を講じてジルヴェスタの命を狙った隣領の領主である。
彼は得意武器である棍鉾を振り上げ、勢いよく森を駆け抜けていた。
けれども、突然。
ジルヴェスタが「散開ッ!」と叫んだ途端。
ドドドドドッという音が、森に入ったシャティヨン軍の目の前から、そして左右の両側面から、砂煙を起こしながら轟くのだった。
その地響きに、シャティヨン軍の馬が何かに恐れるかのように嘶く。
ドママン・シャティヨンの唇は、僅かに震えていた。
その音の正体とは。
ジルヴェスタの背を追って突撃したシャティヨン軍に対して、包囲を仕掛けようと飛び出したゴットフリード軍3000騎がちょうど半分ずつ、左右それぞれから飛び出してきた音であった。
ゴットフリード軍の副官であるヴェンデルは、ジルヴェスタと目線を交錯させると右側から囲い込む集団に合流して行く。
砂煙の向こうから轟く地響きと馬の嘶き。
敵将ドママン・シャティヨンもこの瞬間に、戦況を正確に察知していた。
彼はテオドールが言った通りに、実戦経験はないものの戦術家ではある。
森というものは伏兵が隠し放題であることも、ジルヴェスタには戦術家としての側面が及ばないことは知っていたものの、数の利はまだシャティヨンこのにあり、打開策はまだまだあるのだ。
「チッ、伏兵を用意していたのか!
だが、こちらの陣形は数的不利だろうと打撃を与えられる陣形だ!
散開されようが、包囲の形を作る前に叩けば突破出来る!!急げッ!」
伏兵があるかもしれないという事を、現在わずかに震えておりながらも、ドママンはある程度事前に見抜いていた。
ヤノシック戦から数時間の猶予があったのだ。騎馬50と数百の冒険者だけではまともにこちらの軍に太刀打ちなど出来ないのだから。
どんどんと左右を駆けていく、ヴェンデル率いるジルヴェスタ軍。
それは素早くシャティヨン軍の後方にまで馬を進め、全方位からシャティヨン軍を完全に包囲していたのだった。
「…………ッ!」
ごくりと、ドママンは唾を飲み込んだ。
そうして、「行ける。落ち着け……」と小さく呟く。
完全に包囲された、といえども。
この局面ならば未だ有利なのは依然としてドママンの方であった。
魚鱗の陣形であれば、左右凹状に広がった敵に対しては包囲されようと進行方向を変えて包囲の薄い場所に突撃をかければ決定的な有効打を与えられるのだ。
ドママンは、左右を素早く確認すると。
「右に陣形を…」と、周囲に向けて号令を放とうとした。
が。
「撃ェ!!!」
次に場を支配したのは、ドママンの再編の声ではなくヴェンデルの声だった。
途端、様々な色の光が、シャティヨン軍を囲む全方位から放たれるのだった。
その瞬間。
ドママンは、全てを理解した。
自分と、戦う相手の力量差を。
実際のところ、ドママンの兵法の知識量はジルヴェスタと引けを取らぬほどの高い水準ではあった。
けれども。
ジルヴェスタとドママンの2人の間には、ドママンがどうしても越えられぬ壁が存在する。
それは、実戦経験であった。
知識だけあっても、軍隊は思うように動かない。
それは、剣の型だけ覚えても誰かと戦う経験がないと強くなれないことと同じである。
ドママンは、自分の戦術の才能に溺れ、大して練兵されていない軍隊を率いて歴戦の戦術家の、歴戦の部隊に攻撃してしまっていたのである。
ーー囲まれたスピードは、凄まじかった。
こちらが未だ対応出来てないうちにやってのけるとは……
攻守が逆だった場合、徹底的に鍛え上げられたジルヴェスタの軍勢であれば何倍もの数の敵に包囲されようと突破し、本陣すら喰い敗れたであろう。
だが、実戦経験のない騎馬隊は、いかに率いる者が戦略を知っていても思うように動いてくれないのだ。
ドママンは、この一瞬で実力差というものの全てを悟ったのだろう。
その途端、ドママンの心の内に残っていたのはジルヴェスタを倒すことでも何でもなく、ただただどうにかしてこの場から脱しなければ、という強い恐怖心故の逃避願望だったのだ。
囲む側、ゴットフリード軍の隊は進むシャティヨン軍の左右と後方を3列で囲み、前方は厚く7列になって包囲の形を作っていた。
1列目を魔法攻撃と近接戦闘のどちらも可能な武器、魔法騎槍の部隊で固めている。
瞬く間に、作られてしまった包囲の布陣。
光り輝く魔力の塊が、全方位から放たれている。
先程の閃光は、もちろんゴットフリード軍の魔法騎槍部隊が放った魔法によるものだ。
「んなぁッ!?け、結界魔法だ!今すぐ!」
慌てて叫ぶ敵将ドママン。
シャティヨン軍は動きを止め、魔法が使える騎兵は慌てて周囲に結界魔法を展開しようとする。
が、全てが遅かった。
それはもちろん、率いられた者共の経験不足が故である。
この不意打ちの魔法の雨を耐えられた者は、ごくごく少数であった。
5000いたシャティヨン軍騎兵は死亡したのか、はたまた再起不能の傷を与えられたか。
数を半分以上減らし、ドママンが目視しても、多く見積って1800程にまで兵数が減少しているのだった。
ドママンは側近たちの迅速な対応によって、何とか結界魔法で攻撃から護られていた。
混乱する戦場の中、その衆を率いていたドママンは唯一、現状を完全に把握出来ていた。
もともと、彼の軍略囲碁の才能は一流と言っていい。実戦経験さえあれば、若き名将として名を馳せることが出来ただろう。
けれども、彼はヤノシックを利用するという方法で道を間違えてしまっていたのだ。
ーー逃げなければ。逃げなければッ……!!
「隊の間隔を狭めろ!もう一度、今度は北に向けて魚鱗を作る!突撃態勢だッ!総員、持ち場へ!」
しかし、数を大きく減らしてしまって、仲間の戦闘不能に混乱するシャティヨン軍は指示を聞いてくれない。
魔法攻撃の雨が止んだ、ちょうど途端。
魔法によって地面が巻上げられて出来た砂塵が、煙の外にいるゴットフリード軍の影をゆらゆらと揺らしていた。
その人影は段々とくっきりとして大きくなり、更には地響きも強く聞こえるようになってきている。
全方位から向かってくるゴットフリード軍が、どんどんとシャティヨン軍の心臓部へと駆けてきているのだ。
「第2列、及び第3列、進めッ!!」
シャティヨン軍を取り囲むゴットフリード軍は3列で、1列目は魔法を用いる部隊だった。
後方の2列目、3列目には突撃部隊が編成されており、ヴェンデルが突撃命令を叫んだ瞬間、全方位から爆発に似た歓声が上がる。
馬の嘶き。
そして、大地を揺らす蹄の音。
猛り狂う第2列がシャティヨン軍に到達した途端に、横撃をうけてシャティヨン軍のいくつかの騎馬が一瞬のうちに崩された。
見事にシャティヨン軍を食い破ったそと箇所から、続く第3列もシャティヨン軍に突撃して斬り込みをかけている。
1列目の魔法騎槍部隊も、魔法を撃ち終えた途端に最後列に就き、突撃を開始していた。
その戦場の様相は、ドママンにとっては最悪の事態であったことに疑いようはない。
ーー連携が凄まじい。
まさか、即興で囲んできた上に3段の波状攻撃を仕掛けてくるとは。
こっちは…壊滅状態か。
打破する方法は未だ幾つかあるが……指揮系統は間違いなく終わっている。
この攻撃のラッシュに、シャティヨン軍は大混乱。
率いるドママンも戦況を理解し、打開策を見つけてはいたが、いくら指示しても無駄だと言うことに気が付き、包囲からの脱出の機会を完全に失っていた。
この戦況を、城の城壁の上から見ていたアルウィンはキラキラと少年らしい瞳を輝かせて、隣のレリウスやエウセビウに戦況の解説を受けていたのだった。
吠えるのは、ドママン・シャティヨン。
盗賊であるヤノシックを支援し、さまざまな策を講じてジルヴェスタの命を狙った隣領の領主である。
彼は得意武器である棍鉾を振り上げ、勢いよく森を駆け抜けていた。
けれども、突然。
ジルヴェスタが「散開ッ!」と叫んだ途端。
ドドドドドッという音が、森に入ったシャティヨン軍の目の前から、そして左右の両側面から、砂煙を起こしながら轟くのだった。
その地響きに、シャティヨン軍の馬が何かに恐れるかのように嘶く。
ドママン・シャティヨンの唇は、僅かに震えていた。
その音の正体とは。
ジルヴェスタの背を追って突撃したシャティヨン軍に対して、包囲を仕掛けようと飛び出したゴットフリード軍3000騎がちょうど半分ずつ、左右それぞれから飛び出してきた音であった。
ゴットフリード軍の副官であるヴェンデルは、ジルヴェスタと目線を交錯させると右側から囲い込む集団に合流して行く。
砂煙の向こうから轟く地響きと馬の嘶き。
敵将ドママン・シャティヨンもこの瞬間に、戦況を正確に察知していた。
彼はテオドールが言った通りに、実戦経験はないものの戦術家ではある。
森というものは伏兵が隠し放題であることも、ジルヴェスタには戦術家としての側面が及ばないことは知っていたものの、数の利はまだシャティヨンこのにあり、打開策はまだまだあるのだ。
「チッ、伏兵を用意していたのか!
だが、こちらの陣形は数的不利だろうと打撃を与えられる陣形だ!
散開されようが、包囲の形を作る前に叩けば突破出来る!!急げッ!」
伏兵があるかもしれないという事を、現在わずかに震えておりながらも、ドママンはある程度事前に見抜いていた。
ヤノシック戦から数時間の猶予があったのだ。騎馬50と数百の冒険者だけではまともにこちらの軍に太刀打ちなど出来ないのだから。
どんどんと左右を駆けていく、ヴェンデル率いるジルヴェスタ軍。
それは素早くシャティヨン軍の後方にまで馬を進め、全方位からシャティヨン軍を完全に包囲していたのだった。
「…………ッ!」
ごくりと、ドママンは唾を飲み込んだ。
そうして、「行ける。落ち着け……」と小さく呟く。
完全に包囲された、といえども。
この局面ならば未だ有利なのは依然としてドママンの方であった。
魚鱗の陣形であれば、左右凹状に広がった敵に対しては包囲されようと進行方向を変えて包囲の薄い場所に突撃をかければ決定的な有効打を与えられるのだ。
ドママンは、左右を素早く確認すると。
「右に陣形を…」と、周囲に向けて号令を放とうとした。
が。
「撃ェ!!!」
次に場を支配したのは、ドママンの再編の声ではなくヴェンデルの声だった。
途端、様々な色の光が、シャティヨン軍を囲む全方位から放たれるのだった。
その瞬間。
ドママンは、全てを理解した。
自分と、戦う相手の力量差を。
実際のところ、ドママンの兵法の知識量はジルヴェスタと引けを取らぬほどの高い水準ではあった。
けれども。
ジルヴェスタとドママンの2人の間には、ドママンがどうしても越えられぬ壁が存在する。
それは、実戦経験であった。
知識だけあっても、軍隊は思うように動かない。
それは、剣の型だけ覚えても誰かと戦う経験がないと強くなれないことと同じである。
ドママンは、自分の戦術の才能に溺れ、大して練兵されていない軍隊を率いて歴戦の戦術家の、歴戦の部隊に攻撃してしまっていたのである。
ーー囲まれたスピードは、凄まじかった。
こちらが未だ対応出来てないうちにやってのけるとは……
攻守が逆だった場合、徹底的に鍛え上げられたジルヴェスタの軍勢であれば何倍もの数の敵に包囲されようと突破し、本陣すら喰い敗れたであろう。
だが、実戦経験のない騎馬隊は、いかに率いる者が戦略を知っていても思うように動いてくれないのだ。
ドママンは、この一瞬で実力差というものの全てを悟ったのだろう。
その途端、ドママンの心の内に残っていたのはジルヴェスタを倒すことでも何でもなく、ただただどうにかしてこの場から脱しなければ、という強い恐怖心故の逃避願望だったのだ。
囲む側、ゴットフリード軍の隊は進むシャティヨン軍の左右と後方を3列で囲み、前方は厚く7列になって包囲の形を作っていた。
1列目を魔法攻撃と近接戦闘のどちらも可能な武器、魔法騎槍の部隊で固めている。
瞬く間に、作られてしまった包囲の布陣。
光り輝く魔力の塊が、全方位から放たれている。
先程の閃光は、もちろんゴットフリード軍の魔法騎槍部隊が放った魔法によるものだ。
「んなぁッ!?け、結界魔法だ!今すぐ!」
慌てて叫ぶ敵将ドママン。
シャティヨン軍は動きを止め、魔法が使える騎兵は慌てて周囲に結界魔法を展開しようとする。
が、全てが遅かった。
それはもちろん、率いられた者共の経験不足が故である。
この不意打ちの魔法の雨を耐えられた者は、ごくごく少数であった。
5000いたシャティヨン軍騎兵は死亡したのか、はたまた再起不能の傷を与えられたか。
数を半分以上減らし、ドママンが目視しても、多く見積って1800程にまで兵数が減少しているのだった。
ドママンは側近たちの迅速な対応によって、何とか結界魔法で攻撃から護られていた。
混乱する戦場の中、その衆を率いていたドママンは唯一、現状を完全に把握出来ていた。
もともと、彼の軍略囲碁の才能は一流と言っていい。実戦経験さえあれば、若き名将として名を馳せることが出来ただろう。
けれども、彼はヤノシックを利用するという方法で道を間違えてしまっていたのだ。
ーー逃げなければ。逃げなければッ……!!
「隊の間隔を狭めろ!もう一度、今度は北に向けて魚鱗を作る!突撃態勢だッ!総員、持ち場へ!」
しかし、数を大きく減らしてしまって、仲間の戦闘不能に混乱するシャティヨン軍は指示を聞いてくれない。
魔法攻撃の雨が止んだ、ちょうど途端。
魔法によって地面が巻上げられて出来た砂塵が、煙の外にいるゴットフリード軍の影をゆらゆらと揺らしていた。
その人影は段々とくっきりとして大きくなり、更には地響きも強く聞こえるようになってきている。
全方位から向かってくるゴットフリード軍が、どんどんとシャティヨン軍の心臓部へと駆けてきているのだ。
「第2列、及び第3列、進めッ!!」
シャティヨン軍を取り囲むゴットフリード軍は3列で、1列目は魔法を用いる部隊だった。
後方の2列目、3列目には突撃部隊が編成されており、ヴェンデルが突撃命令を叫んだ瞬間、全方位から爆発に似た歓声が上がる。
馬の嘶き。
そして、大地を揺らす蹄の音。
猛り狂う第2列がシャティヨン軍に到達した途端に、横撃をうけてシャティヨン軍のいくつかの騎馬が一瞬のうちに崩された。
見事にシャティヨン軍を食い破ったそと箇所から、続く第3列もシャティヨン軍に突撃して斬り込みをかけている。
1列目の魔法騎槍部隊も、魔法を撃ち終えた途端に最後列に就き、突撃を開始していた。
その戦場の様相は、ドママンにとっては最悪の事態であったことに疑いようはない。
ーー連携が凄まじい。
まさか、即興で囲んできた上に3段の波状攻撃を仕掛けてくるとは。
こっちは…壊滅状態か。
打破する方法は未だ幾つかあるが……指揮系統は間違いなく終わっている。
この攻撃のラッシュに、シャティヨン軍は大混乱。
率いるドママンも戦況を理解し、打開策を見つけてはいたが、いくら指示しても無駄だと言うことに気が付き、包囲からの脱出の機会を完全に失っていた。
この戦況を、城の城壁の上から見ていたアルウィンはキラキラと少年らしい瞳を輝かせて、隣のレリウスやエウセビウに戦況の解説を受けていたのだった。
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