戦火は金色の追憶と白銀の剣のうちに

井熊蒼斗

文字の大きさ
26 / 45
序章 成長編

第24話 問答

しおりを挟む
 アルウィンの稼いできた資金は、火事によって失われてしまった。
 しかし彼はそれでも、懸命に剣を振り、任務をこなし、順調に目標の騎士へと駒を進めていた。

 アルウィンは師範オルブルの厳しい教えに必死で食らいついた。
 木剣で模擬戦闘を延々と繰り返し、体格差のある先輩剣士を何人も打ち負かし。
 全てはオトゥリアに追いつくため、血の滲むような修行を続けて、あと数日で13歳になるというときだった。
 彼は突然、師範オルブルから部屋に呼ばれたのである。

「座りなさい」

「……失礼します」

 師範であり、シュネル流剣聖と謳われるオルブルは、杯の酒をひと口飲みながら口を開いた。

「アルウィン、今まで振ってきたシュネル流とは何だ?」

「!?」

 師範からの問に、アルウィンは身構える。

 ーーなんだ、この質問は。
 そんなこと、解りきってるじゃないか。

「シュネル流は、片手を主軸に剣を振る流派です…」

「ああ」

 殆どの流派は、両手で剣を振るうことが一般的だ。
 両手で振ることで剣に力が乗りやすく、攻撃に安定性や重さが加わってバランスよく戦えるからである。

 一方、片手で剣を振るうことの多いシュネル流は、受け流しの防御や手数の多さで相手の防御を崩す技、回転によって勢いを強める回転斬り、手首のスナップを利かせて相手に確実な斬撃を与える鋭い連続攻撃など足に比重を置く剣術を得意とする。
  しかし、そのアルウィンの言葉にオルブルは渋い顔をしていたのだ。

「聞きたいことはシュネル流の事ではないよ 、お前のシュネル流への想いを聞かせてくれ。
 アルウィン。お前にとってシュネル流とは何だ?」

「オレにとって………」

 ーーどう質問に回答したらいいんだ。

 アルウィンはひどく混乱していた。
 正直に言うのならば、シュネル流は彼にとって『オトゥリアに再開するための手段』でしかなくなっていた。

 ーーだけど、それは絶対に師範の求めている答えではないよな。

 アルウィンはそっと目を閉じた。
 そして、頭の中で剣を握った自分をイメージさせる。

 シュネル流の基本理念である〝朧霞おぼろがすみ〟の動作を、彼は頭の中で描くのだった。
 速攻向きの技の〝辻風つじかぜ
 受け流しの技の〝旭鶴あさひづる
 回転斬りの技の〝蒼天そうてん

 想像している自分の姿。
 その姿はスムーズな動きで剣を回している。
 全ての動きと動きの間は、まるで流れる水のように自然だった。言うなれば、小さな川のせせらぎのような自然な繋がりだ。

 ーーそうだ。水じゃないか!

 アルウィンが口を開こうと意識するよりも早く、彼の無意識下で言葉は放たれていた。

「シュネル流は、水のような物……です」

「ほう…なぜ水なんだ?」

「水は如何ようにもなれます。荒土を潤す恵みの雨、山を反射する美しき光、大海の大いなる力、時には人を殺める濁流…といったように」

「それが、シュネル流と似ている…と、言いたいんだな!?」

「はい……!!」

「何故だ?」

「シュネル流には、二面性があります。相手の防御を突き崩したり、カウンターをしたりして隙を穿つ凶暴な動的側面と、守る受け流し防御としての静的な側面です。
 水も同じです。時には人を殺め、時には心に感動を与えます」

「それが、どうしたんだ?」

「しかし、そのふたつは強力な理性によって制御されるものだと思うんです」

「ほう。おまえの哲学フィロゾフィアか。聞かせろ」

「星の数ほどあるこの世の物は全て移り変わり流転する、これはオレが父に教わった言葉です。
 父には、世界は水によって絶え間無い変化と秩序の均衡が保たれていると教わりました。
 世界は一方通行で不可逆性を持っています。それは川の水とまったく同じです。
 そして、同じ歴史を繰り返します。まるで、海に辿り着いた水が雲になって、山に雨を降らせるように」

 普段のオルブルならば、このような哲学的な話を吹っかけられたのなら、退屈すぎて眠ってしまうことだろう。
 しかし、今日のオルブルは違っていた。
 真剣な面持ちで、食いつくように弟子アルウィンの答えを聴いているのだ。
 その真摯な姿勢に、アルウィンは若干驚きながらも続ける。

「シュネル流の2つの側面は、水によって制御される。流れる水のような、自然な繋がりで振る剣技、それがシュネル流なのではないでしょうか」

 鋭い眼差しでアルウィンは答える。
 すると、オルブルは満足そうに口もとを綻ばせた。

「それがお前のシュネル流に対する姿勢なんだな。
 正直、度肝を抜かされたよ。まぁ……あの野郎アレクシオスの考えにかなり似ているが合格としてやろう」

「父さん……!?」

「ああそうだ。アレクシオスと似たような哲学的な話を抜かしてやがるが、まあ面白いな。アルウィン」

 父と同じことを言ったというその言葉で、アルウィンははぁぁぁぁっと深く息を吐いた。
 唐突に襲ってきた緊張が解されたのだ。

 そんなアルウィンに向けるオルブルの目は、鷲のように鋭く細められていた。
 そして、その真剣な眼差しがアルウィンに口を開く。

「アルウィン。
 次の試練を始めよう。今から俺と真剣で戦え。
 ハンデとして俺は魔力感知を行わない。
 俺を唸らせるような剣を見せられるならば……奥義を教えてやる」

 アルウィンは息を呑んだ。

 奥義は6つあるが、それを学べるのは、門下生の中でもごく限られた5人の剣士のみである。
 もしも認められたのならば、騎士団に入ってオトゥリアと再開する夢に大きく近付くことだろう。
 彼の心臓は、トクトクとより強い拍動で血潮を全身に行き渡らせていた。
 彼は初陣も済んでおり、殺し合いという物にも理解はしている。そのためか真剣の殺傷能力については特に気にならなかった。
 彼にとってはそれよりも、奥義習得への期待の方が大きかったのである。




 ………………
 …………
 ……




 いつも、オルブルとは訓練場で手合わせをしてもらっていたアルウィン。
 しかし今彼を先導しているオルブルは、いつもの訓練場の更に奥にある〝継承の間〟へ入るように促した。
 継承の間で行うことはただ一つ。
 師範との真っ向勝負だけだ。

 ーー遂にこの日が来たのか!オレはやってみせる。オトゥリアと再開するために……!!

 覚悟を決めドアを開けて入った継承の間には、パムフィルやテオドールなどの先輩や後輩、更には噂を聞いて駆けつけた村の皆が観覧席に見に来ていた。
 ゴブリン族の老人にしてシュネル流奥義会得者のベルラントも、アルウィンににこやかに手を振っている。
 どうやって知ったのだろうか、意外なことにお雇いゴブリンのラルフですら訪れていた。アルウィンを見つけると、深く一礼する。
 アルウィンはラルフに手を振って応え、オルブルから真剣を受け取って鞘から引き抜いた。

 じゃらりという重い音。
 人を殺すことができる武器の音だ。

 オルブルは、アルウィンに全幅の信頼を寄せていた。
 4歳から見ている少年。
 オトゥリアの背中を追いかけたことで、才能はオトゥリアの影に隠れながらも8年程度でこの継承の間まで来た1人の秀才だ。

 12歳で継承の間まで訪れた人間は、シュネル流の記録にはない。オルブルも、継承の間に入って当時の師範と剣閃を散らしたのは彼が14の年であった。
 アルウィンは、オルブルよりも早いスピードで剣士として成長した。それは、オトゥリアという追いかけるべき相手がいるからに違いない。
 理由はともあれ、そんな成長株のアルウィンにかけるオルブルの期待は大きいものであった。

「真剣……やっぱり重いですね」

 真剣で戦うことに、一切抵抗なく受け入れたアルウィン。
 それは、オルブルに対して『あなたの攻撃は全て防いでみせます』というような自信と捉えてもいいだろう。
 何せ、アルウィンの血と汗の跡は誰もが知っていることなのだから。

「アルウィン、構えろ。満足する剣を見せてくれたら認めてやる」

 そう言ったオルブルは、剣は抜かずに腰を軽く落として構えていた。
 居合の構え、錦竜にしきりょうである。

 ーーどうやら、師範はただオレの剣を受けるだけじゃなくて攻めに来るんだな。

 一方のアルウィンは腰を軽く落として左手を前に突き出す。
 そして、右手を肩の近くに引き寄せると剣先を少しだけ下へ移した。
 カウンター攻撃の構え、天峰あまがみねである。

 両者が構えた途端。
 睨み合う間もなく、2つの影は床を蹴り上げた。

 ダンッという音が、壁に反響する。
 オルブルは、縮地で一瞬で間合いを詰めると、音も立てずに抜剣していたのだった。

「フッ……」

 剣を抜いた瞬間に、左への斜め切り上げを放ち。
 そして直ぐに手首を切り返して右斜めへ振り切っていた。

「テヤッ!」

 対するアルウィンもほぼ同時に、手首を回しながら3段の斬撃を解き放った。
 互いの瞳と瞳が、剣と剣が。
 激しい火花を散らしていくのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...