戦火は金色の追憶と白銀の剣のうちに

井熊蒼斗

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第一章 王女救出編

第6話 独自の剣

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「甘いよ!アルウィン」

 オトゥリアの剣は、アルウィンの想像以上の力でアルウィンの剣に触れていた。

 バゴン!という衝撃に似た音が周囲に木霊する。

 ───剣に込められた重さが想定外だ。まるで昔に苦戦した岩竜の突進みたいに。

「くっ、そぉ!」

 オトゥリアの圧倒的な威力にアルウィンは体勢を崩され、仰け反りながら5歩後ろに下げられてしまう。
 その隙を、彼女が見逃すはずはない。
 アクアマリンに輝く瞳が、アルウィンの一挙手一投足を捉えていた。
 ステップを取りながら、今度は剣を片手に持ち替えて、シュネル流お得意の間合いを意識した回転斬りで彼へと迫っていく。

「アルウィン、これはもらったよ!」

「今度の攻撃は……シュネル流の技か!」

 オトゥリアが放ってきたそれは、アルウィンにとっては12年を共にしてきて慣れきっているシュネル流の技である。
 彼女の軌道くらい、簡単に予測できる。

 彼はオトゥリアの剣の軌道の下に、まるでスライディングをするかのように回避しながらもバックスピンで彼女の背後に回り込んでいた。

「貰った!」

 アルウィンは縮地で一気に詰め寄ると、左下から右上に向けて楕円軌道を描く斬撃の〝辻風〟と、更にはは彼女をつき崩そうと真上からの縦斬りを放つ。

「さすが!いい狙いだね!」

 しかしオトゥリアはその2つの斬撃を、視認ができない背中側に剣を回すことで完璧に防ぎきっていた。
 余裕の表情でアルウィンを見るオトゥリアに、アルウィンは躍起になる。

 背中で剣を受けるという技量は、歴戦の戦士しか有していないものだ。
 アルウィンは、魔力の纏われた剣であれば魔力感知を用いて背面で受けきることが出来る領域には達していた。

 しかし、オトゥリアがやってのけた、シュネル流のような魔力を纏わせない剣を防ぐという凄技は彼が未だに到達できぬ領域の技術であった。

「オトゥリアはやっぱ凄い………!
 絶対に当ててみせる!」

 そのすぐ後にはアルウィンは身をひねりながら前方に跳び、高速の背面斬りを2発、オトゥリアに繰り出していたのだった。
 シュネル流の小技のひとつ、翔兎しょうとである。
 これは斬撃の範囲は狭いが、縮地をしながら詰め寄り、追撃を発生させることが出来る技だ。

 オトゥリアはその嵐のような斬撃であろうとも確実に弾いていた。
 2発目が防がれようとする瞬間、アルウィンはオトゥリアの防御に回った剣の軌道が奇妙に遅いことに気が付いたのだが───

 構わず振りきって防がれた途端、ニヤリと口角を上げていたオトゥリアの剣に込められた魔力が炸裂したのである。

「〝息吹ブレス〟!!」

「───魔力反応ッ!?」

 アルウィンはオトゥリアに防がれただけであるのに、まるで強力な一撃を食らったかのように後ろに大きく吹き飛ばされてしまっていた。

 対するオトゥリアはもちろん足に魔力を纏わせ、縮地でアルウィンを追尾する。
 オトゥリアの採った次の選択は、シュネル流の〝辻風つじかぜ〟だった。
 溜め動作がなく速攻に向いている技のため、相手の隙を突くには丁度いい技だ。

 ───なんだよこのコンボ!まずい!

 このままでは、アルウィンが地に身体が落ちるのとほぼ同時にオトゥリアの斬撃を浴びてしまうことになる。
 彼はどうにか空中で身体の向きを変え、右足で地を蹴った。
 砂埃が容赦なく彼女に食いつくように降りかかる。

 アルウィンは飛ばされた勢いを別方向へ変え、左後方に身体を捻る。
 そうして、右腕も身体と連動させながら斜め後方に踏み切っていた。
 そして、彼の右腕の剣は一連の回転の勢いを殺さぬまま、オトゥリアの〝辻風〟を下からすくい上げるようにして無力化させる。

 けれども、その一連の動きはオトゥリアの攻撃を一度だけ逸らしただけに過ぎないのだった。
 彼女は次々と高速のラッシュを、アルウィン目掛けて放ってくる。
 彼はその間合いにどうやって入ろうかと攻めあぐねていたのだったが───丁度よく鍔迫り合いとなった途端に、即座の判断で思い切り右足を振り上げていた。

 次いで、アルウィンの真上に蹴り上げられた足が顔面に叩き込まれんとするその所を、オトゥリアは飛ぶ虫を相手にしているかのように首を軽く傾けて軽やかに回避するのだった。

 オトゥリアはアルウィンの一連の抵抗に乱されたために、次の攻撃に転じることが出来ず、勢いを止めざるを得ない状況になっている。

 ───成功だ。

「ねぇ……蹴りで女の子の顔を狙うのはかなり酷いよ?」

「悪かったけど……オトゥリアなら絶対に避けられると信じてたから」

「あーあ、誘導に引っかかっちゃったかぁ…私」

「それより何だよ、さっきの〝息吹ブレス〟って技は!
 剣に魔力がかなり込められてたみたいだけど、直前まで魔力感知に掛からなかったんだ!」

「あっ…へへっ、私のアレが通じたんだね?
 アルウィン」

 オトゥリアの恍惚した嬉しそうな表情に、アルウィンは少々困惑の色を浮かべていた。

「アレはね、私が対シュネル流用に編み出した技なんだよ!!対アルウィン用の技。
 でも、見切られちゃったから、まだまだ研鑽が足りてないな……」

「そんな…技…を編み出す!?」

「うん、そうだよ!
 さぁ、詳しいことは後にして、続きをしようよ!」

 オトゥリアは手首でくるくると剣を回しながらアルウィンに向き直る。
 そして、流麗な動作で剣を構えて飛び上がった。
 今度の剣の構え方は、ヴィーゼル流のものだった。
 頭上から振り下ろす一撃の狙う先は、アルウィンの眉間。

 一方のアルウィンは、静かにオトゥリアを観察する。彼は、彼女が踏み切るであろう地点を即座に予測すると、剣を手首で回転させながら2歩ほど後方に跳躍した。
 跳躍しながら身体を時計回りにスピンさせ、空振ったオトゥリアの剣の中央部分に向け回転斬りを放つ。

「!!」

 オトゥリアはその回転斬りが直撃したらば木剣が折られてしまうことを察知し、身を引いてアルウィンの剣に空を斬らせた。
 そんな、空振ったアルウィンの隙をオトゥリアは見逃すわけはない。

 鳩尾を狙って高速の刺突、それをアルウィンに弾かれてしまったのならば真左から右上へ、更にそれも防がれたならば剣を頭上に構え、真上から振り下ろす。
 オトゥリアのそれぞれの斬撃はアルウィンの的確に攻める打算的な剣技とは異なる、破壊的な力で無理やり防御をつき崩すものだった。

 アルウィンはオトゥリアの剣の重さに自身の剣が通用せず、得意な決め手を仕掛けられずにいた。
 次々と攻めるオトゥリアに、彼はずりずりと後方へ下げられてしまう。
 アルウィンは奥歯をぎりりと噛み締めた。

「私の剣はどうかな、アルウィン」

「やたら重い振り方だけど…負けねぇ!」

 そう言いながらアルウィンは足に魔力を込め、オトゥリアの頭上へ、空中で3度前転をしながら跳び上がる。
 そして彼は着地した時の遠心力を利用し、勢いのままに〝辻風〟で、未だ対応できなかったオトゥリアを引き剥がして距離を取ったのだった。

 オトゥリアの動作はほぼ、静と動を意識した単調な動きであった。
 これは、シュネル流ではなく防御に主体を置くトル=トゥーガ流に近いものである。
 しかし、彼女の斬撃の軌道はトル=トゥーガ流にしては異常なまでに攻撃的であり、さらにはアルウィンの剣を弾き返すという技も見せてきた。
 アルウィンはその姿に、かつてオトゥリアと対したヨハンを思い出す。

 シュネル流から離れたオトゥリアは、彼女なりに独自の剣を磨いていたのだ。

「でもやっぱり、前よりも相当強くなったね…!」

「当たり前だ!オレの剣はオトゥリア、お前に追いつくために鍛えられたものだ!」

 それを聞いたオトゥリアは口角を少し上げ、水に紅を垂らしたかのように頬を染める。

「……嬉しすぎるしちょっとずるいよ、アルウィン」

 そう言いながら目線を地面に向けたオトゥリアは、軽く頬を叩いて両手で中段に構え直した。

「だったら…私は、アルウィンの先を走っていたいな」

 オトゥリアの呟きは、離れたアルウィンの耳には届かない。

 砂埃が舞った。

 強化された脚力で駆けながら跳躍し、オトゥリアの頭上を狙うアルウィン。
 オトゥリアは再度剣に魔力を込め、アルウィンの攻めに備えていた。

 ───さっきのは察知出来なかったけど、これは解るぞ。とんでもない魔力量が込められてるな。

 何度も経験を積んできたアルウィンにとっては、魔力強化を受けた剣の軌道を予測することは容易いことだ。それはオトゥリアも解っていることであろう。
 だからこそ。

「奥義〝割天かってん〟!」

 オトゥリアの声が、砂埃を吹き飛ばすように響くのだった。
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