戦火は金色の追憶と白銀の剣のうちに

井熊蒼斗

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第一章 王女救出編

第15話 地底湖

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 飛び降りた終着点は13階層の狭い洞窟だった。
 なぜか、辺りは1階層よりも明るい。
「どうやらヒカリゴケと呼ばれるコケ類が光を放っているらしいよ」とオトゥリア。
 アルウィンが周辺をさらっと見渡すと、右手前方から強い風が吹き抜けている。

 ───あっちの方向には広い空間がありそうだ。

 彼らが飛び降りた穴は、見上げると遥か上空にある。
 高さで言うと、300フィートから500フィート程度はあるだろうか。
 魔力で脚力強化をしなければ、まず間違いなく即死する高さである。
 もちろん彼らは魔力で脚部を強化しているため、落下の衝撃に怪我をするなどということはなかった。

 けれども。
 実の所、アルウィンは高所恐怖症であった。
 5階建ての家の屋根から飛び降りる程度であればまだ何とかなる。

 けれども。
 かつて行った基礎訓練でのトラウマから、今でも60フィート以上の高さであると足が竦んでしまうのだ。

 三つ子の魂百までという言葉があるが、まさにその通り。
 1度染み付いてしまったトラウマは、彼から離れてはくれなかった。

 オルブルは幾度となく彼のトラウマを払拭しようと努めてきたが、全て意味をなさなかった。
 彼にとって、怖いものは何があっても怖いのだ。

 今回、彼が飛び降りる決心が出来たのはオトゥリアの存在が大きかった。
 飛べない彼の昔の姿を思い出したのか、手を差し伸べてくれたオトゥリア。

 その行動に彼は今すぐにでも彼女に抱き着きたいと思うほどの溢れんばかりの嬉しさを胸に抱く。
 けれども、どうにか振り払って照れくさそうに「ありがとう」と一言だけ返すのだった。


「えへっ。どういたしましてだよ!
 アルウィンの高所恐怖症はやっぱり昔と変わってなかったね。
 そこ、ちょっとギャップ感じて可愛いな」

 にこりと微笑むオトゥリア。
 ヒカリゴケに照らされている顔が、アルウィンにとっては眩しいように感じられた。

「……っ!!うるせぇよ。先いくぞ……」

 オトゥリアに揶揄われたと感じたアルウィンは、恥ずかしさに頬を紅潮させて背を向ける。

 ───でも、オトゥリアは幽霊ゴースト不死族アンデッドがトラウマ級に苦手だったはずだ。迷宮内でもしそいつらと交戦する羽目になったら、オトゥリアに言い返してやる。

 そう心の中で決意を固めたアルウィンだったが一方で、オトゥリアはというと。
 背を向けて何やら考え込んでいる彼の行動を照れ隠しかと思っていた。



 剣士は死に方を選ぶが、戦う場所を選ばない。

 これは、大陸中の誰もが剣士に持つ認識である。
 剣士は剣士として死ぬことを望んでいる。
 それは、燭台の灯火が消えるような安らかな死か、勇敢な戦死を遂げるか、である。

 いや、戦う場所を選べないと言った方が正しいのだろうか。
 何時どこで斬り殺されてもいいような心意気でいるのが剣士というものである。

 けれど、彼らは死に方を選ぶ。
 彼らが尊ぶ死に方というものは殺し合いの末の死か、安らかな死かの二つしかないのだ。
 そして、それ以外の死に方を許さない。

 我流でない限りどの流派であっても、魔力を用いて落下時に受け身を取る方法は会得するものだ。
 不安定な足場で戦うことは滅多にないが、それでも対策をしない訳にはいかない。
 落下死というものは、誇れる死に方ではないからだ。

 冒険者を例にあげると、小隊の護衛任務をする時が良い例だろう。
 護衛の途中の峠道で山賊に襲われれば、戦闘中に足を踏み外したり、地面の崩落に巻き込まれ滑落する……などという可能性は大いにある。

 けれど、落下死などというものは剣士の恥だ。
 彼らのプライドは、許さないのだ。
 だからこそ。
 どの流派であっても、落下でおっぬ事がないように魔力を用いた身体強化を学習するのである。

 実際のところ、今回のアルウィンはオトゥリアの存在と、飛び降りることを強く意識していた、という2つの理由によって魔力強化をスムーズに行えていた。

 けれども、もしも敵との交戦中に落下した場合はスムーズに魔力強化をし、適切な着地姿勢を取れるかどうかが怪しいのだ。

 今までの訓練の中で彼は落下中にパニックを起こし、魔力強化に失敗して怪我をしたことが幾度となくあった。
 彼に注がれた回復薬ポーションのうち大部分は落下時の事故の治療である。

 落下死など剣士にとっては不名誉なことこの上ない。
 けれども、高所が苦手なアルウィンにとっては洒落にならない課題点なのだ。






 ………………
 …………
 ……






 10分ほど彼らが歩いていると、視界が開けてきた。
 と同時に、ドドドドドドッ!という音が壁を響かせる。

 2人が狭い通路を抜けた先にあったのは、巨大な水の流れだった。
 驚くべきはその川幅。
 対岸までの距離は、15ヤードは下らないだろう。
 深さもアルウィンの腰くらいまであり、かなり深くなっていそうだ。
 アルウィンが覗き見ると、水流の中でぴゅるっと動く小さな姿。
 どうやら、魚が泳いでいるらしい。
 目を凝らして見てみると、小さな魚の群れが川の端で空気を吸っていた。

 第1層で見つけたあの水流が、2,3,4……12,13と階層を巡るごとに水量を増していったのであろう。

 そしてその水は、100ヤードほど先で無くなっていた。
 そこから垂直に落ち、滝となって地底湖に注ぎ込んでいる。

 ダイザール迷宮の13層は地底湖のエリアである。
 ここは美しく雄大な景色を見ることが出来るために人気が高く、迷宮の名所の一つとされている。
 13層のフィールドは上層と下層の2層構造になっており、アルウィン達がいるのは崖上、つまり上層だ。
 ショートカットの道を使うと上層に出るが、順当に進んでいくと下層から13層に到達するルートになっている。

 2人はつかつかと歩みを進め、上層から下層の地底湖を眺め見た。
 地底湖までの高さは50フィートくらいだろうか。

 ───このくらいの高さなら……まだ怖くない。大丈夫そうだな。

「うわぁ!すごい良い眺めだね!」

「そうだな。奥の方までずっと水があるし」

 真下には、天井にびっしりと生えるヒカリゴケの光源に照らされた、見渡す限り広がる透き通った水。
 湖の広さは、ひょっとしたらダイザールの街よりも大きいかもしれない。
 湖の中には2~3個の島もある。
 そして、何よりも驚いたことに、その水は海のように小さな波を岸に打ちつけていた。

「砂浜があるよ!まるで海みたい!」

 ときめくオトゥリア。
 海を見たことがないアルウィンは、「海ってこれよりも大きいんだよな…?すげぇや」と呟く。
 2人は、暫くは迷宮の名所に見とれ、言葉もあまり出なかった。

 そして、もうひとつ。
 砂浜には冒険者がいた。
 それも、かなりの人数である。

 殆どの者が寛いだり、釣りをしたりと思い思いに過ごしているようだ。
 周囲に魔獣の影は全くと言っていいほど見えない。
 訪れる冒険者が多すぎて、魔獣も迂闊に手を出しにくいのだろうか。
 それとも、魔獣がいないために冒険者たちが遊んでいるのか。

 アルウィンとオトゥリアがいる、地底湖の上層の右端を見ると、壁を伝うように下層へ伸びる小さな階段が作られていた。

「ショートカットの道が発見された時に、騎士団が作ったものだろうね」

 とオトゥリア。
 近付いて見てみると、土属性魔法で作られた頑丈そうな階段がそこにはあった。
 彼らは階段を使うことにし、岸辺に降り立つ。

 岸辺を歩む2人に、湖風がふわりと覆い被さる。
 オトゥリアの長い髪と、スカートが静かに揺れた。

 風に反応して漂うのは、甘い鈴蘭の香りである。

 その芳香に、アルウィンは今すぐにでもオトゥリアへ顔を向けたい衝動に駆られていた。
 けれども。
 その匂いに、美しいものを見る彼女の横顔に、視界に入れた途端に抱きしめてしまいそうなほどの想いが駆け上がってくる。

 辺りには何人もの冒険者がいるのだ。
 中には、オトゥリアを知っている人物もいるに違いない。
 現に、入口でオトゥリアの正体がバレたのだから。
 公衆の面前でオトゥリアの痴態を晒させる訳にはいかないのだ。



 2人が歩む13層の行程は、湖の湖畔沿いに進むというルートである。
 その道を1時間半ほど歩けば、次の14層に入れるそうだ。
 13層のような開けた階層であったとしても、だだっ広いために次層まで1時間半はかかってしまうという。



 複雑なフィールドであれば、より攻略には時間がかかる。
 それでは1日で40層突破などは、不可能ではないか。
 アルウィンは今朝、計画を伝えられる途中でその疑問点をオトゥリアにぶつけていた。

 その疑問点に対し、オトゥリアは……

 私をあんまり過小評価しないでね、とでも言いたげな、意味深いニヤついた表情でアルウィンを眺めていたのであった。
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