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14章 戦争の傷跡
二度目の侵攻
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束の間の平和を満喫していた国民とは違い、国王は賢く、また行動も早かった。
魔族との戦争から幾らもしないうちに、王国には他国からの援軍が次々と到着している。
今日もまた、西の門には数多くの兵士が集まる。
「我らはブルグドム国の第三兵士隊なり!貴国の為にはせ参じた次第!開門を願う!」
「私たちはアワシエア国国王の私兵団である!貴国の願いに我が王は答えた!門を開けたまえ!」
他にも多くの兵士が続々と駆け付け、その数は約二万二千にも及んだ。
先の大戦による王国軍の被害は、魔王軍が早々に撤退したおかげで五千程度で済んでいる。
また魔王友軍の援軍も加わり、王国軍の兵数は全てを含め、約五万にも達していた。
これだけの兵力があれば、例え魔王軍全軍が襲ってきたとしても、まったく歯が立たない、なんてことはないだろう。
更に数を集めることも可能ではあるが、そうした場合他の問題が浮上してくる。
食料の問題、各国の防衛力、治安維持、等々。
いかに魔王軍との全面戦争であろうとも、各国各都市は、全兵力を援軍として派遣することは出来ない。
仮に全兵力を援軍に費やしたとして、その戦争で人間側が敗北してしまえば、後は自衛も出来ずに蹂躙されるだけだからだ。
また、事の重要性を知らぬ盗賊のような輩が、幅を利かせるような状況も十分起こり得る。
故に各国の長は、援軍の数を、自軍の総数の半分を上限に決めていた。
そういった制限がありながら、五万という兵数が、国を跨いで集まった戦いは歴史を見ても数少ない。十年前の大戦でさえ、これだけの兵は集まらなかったのだ。
本来であれば史上稀にみる数字に士気も高まり、活気に溢れるものなのだろうが、王城の一室に集まった、王国の上層部は皆頭を抱えていた。
その理由は……勇者の不在にあった。
先の戦争の時、勇者率いるS級パーティー『希望の光』は、ギルドに依頼されていた討伐依頼を受け、遠方まで足を運んでいた。
彼らが無事その依頼を達成し、王国への帰路についていた途中に事はおきる。
『貿易都市スウェルマーニ』に、魔王率いる魔王軍が侵攻を始めるという情報が舞い込んだのだ。
これを聞いた勇者は、スウェルマーニで魔王軍を迎え撃つことに決める。
だがいつまでたってもそれらしき軍隊は姿を見せなかった。
疑問に思う一同に今度は、王国が魔王軍より攻撃を受けている、との早馬が届く。
それを聞いた勇者は、自身を除く他のメンバーを王国へ向かわせ、単身北にある山脈に乗り込んでいったのだ。
以後、誰も彼の姿を見てはいない。
賢者のその報告を受けた国の上層部は、顔色を悪くして、心に不安を抱えた。
まだ勇者が行方不明なだけならよかったのだ。
賢者の話をそのまま受け取れば、考えたくないことだが、勇者が魔王に負けた可能性もあり得る。
例えば……例えばだが、勇者が魔王に敗れたとすれば、現魔王の力は、前魔王を無傷で倒した勇者よりも強いことになり、勇者よりも強い者がいない王国軍は、圧倒的に不利となるだろう。
それに加え、火竜や巨人族のような、強力な魔物が現れては敗北は必至。
国王とその周囲の者は、必死に勝利の道を模索していた。
突如一人の貴族が声を上げる。
「魔族軍を前に出せばいいではないか!魔族は魔族で処理してもらうのが道理であろう!」
もはや正気ではない、といいたくなるような案だが、恐るべきことに周囲の貴族も同意の声を上げだす。
「そ……その通りだ!同じ魔族であれば狼狽えることもあるやもしれんしな!」
戦場で戦うことをしない貴族の考えそうな、何とも甘い考えである。実際の敵魔族は暴走していて、話すこともままならない相手だというに……
なにより一番問題なのは、魔王友軍の長であるサラシャがこの場にいる事だろう。
声を荒げる貴族に反論するわけでもなく、サラシゃは静かに椅子に座っている。
その態度が彼等の傲慢に拍車をかけてしまったのも事実で、もはや部屋の中は収拾がつかなくなっていた。
貴族の余りに酷い態度に、国王がついに声を荒げた。
「静まれぇい!」
一喝で辺りは静寂に包まれる。あれだけ煩かった貴族たちも一言すら発しない。
もはや国王の許可なしで発言は許されない。そんな空気が漂う。
緊迫した空気の中、サラシャが手を上げた。
国王の許可が下りると彼女は立ち上がる。
堂々と立つサラシャを見て、先程声を上げていた貴族はバツが悪そうに顔を下に向けた。
彼らの頭上から、凛とした声が聞こえる。
「我々魔族が前衛に立つ。可能であるなら私からもお願いしたいことです。ですがそれは非常に難しいのです」
サラシャは魔王の持つ力『魔血の禁術』について簡単に説明し始める。
新たな事実がわかるたび、青ざめていた貴族の顔が更に青くなっていった。
「つまり、私たちが前に出れば、魔王が魔血の禁術を使うことで暴走が始まり、敵対してしまう可能性があるのです。せめて魔王が軍のどこに陣取り、どこを移動するのか分からないことには、最前衛で戦うことは難しいと思います」
勇者の不在に続き、期待していた魔王友軍の枷が判明し、周囲の空気は更に重くなる。
そして……悪いことに悪いことは重なるものだ。
会議室の戸が開き、兵士と共にクリスタルウルフが姿を現す。
皆の視線を一身に浴びた彼は、落ち着いた態度で告げた。
「魔王軍が進軍を始めました」
部屋の中は騒然とした。
魔族との戦争から幾らもしないうちに、王国には他国からの援軍が次々と到着している。
今日もまた、西の門には数多くの兵士が集まる。
「我らはブルグドム国の第三兵士隊なり!貴国の為にはせ参じた次第!開門を願う!」
「私たちはアワシエア国国王の私兵団である!貴国の願いに我が王は答えた!門を開けたまえ!」
他にも多くの兵士が続々と駆け付け、その数は約二万二千にも及んだ。
先の大戦による王国軍の被害は、魔王軍が早々に撤退したおかげで五千程度で済んでいる。
また魔王友軍の援軍も加わり、王国軍の兵数は全てを含め、約五万にも達していた。
これだけの兵力があれば、例え魔王軍全軍が襲ってきたとしても、まったく歯が立たない、なんてことはないだろう。
更に数を集めることも可能ではあるが、そうした場合他の問題が浮上してくる。
食料の問題、各国の防衛力、治安維持、等々。
いかに魔王軍との全面戦争であろうとも、各国各都市は、全兵力を援軍として派遣することは出来ない。
仮に全兵力を援軍に費やしたとして、その戦争で人間側が敗北してしまえば、後は自衛も出来ずに蹂躙されるだけだからだ。
また、事の重要性を知らぬ盗賊のような輩が、幅を利かせるような状況も十分起こり得る。
故に各国の長は、援軍の数を、自軍の総数の半分を上限に決めていた。
そういった制限がありながら、五万という兵数が、国を跨いで集まった戦いは歴史を見ても数少ない。十年前の大戦でさえ、これだけの兵は集まらなかったのだ。
本来であれば史上稀にみる数字に士気も高まり、活気に溢れるものなのだろうが、王城の一室に集まった、王国の上層部は皆頭を抱えていた。
その理由は……勇者の不在にあった。
先の戦争の時、勇者率いるS級パーティー『希望の光』は、ギルドに依頼されていた討伐依頼を受け、遠方まで足を運んでいた。
彼らが無事その依頼を達成し、王国への帰路についていた途中に事はおきる。
『貿易都市スウェルマーニ』に、魔王率いる魔王軍が侵攻を始めるという情報が舞い込んだのだ。
これを聞いた勇者は、スウェルマーニで魔王軍を迎え撃つことに決める。
だがいつまでたってもそれらしき軍隊は姿を見せなかった。
疑問に思う一同に今度は、王国が魔王軍より攻撃を受けている、との早馬が届く。
それを聞いた勇者は、自身を除く他のメンバーを王国へ向かわせ、単身北にある山脈に乗り込んでいったのだ。
以後、誰も彼の姿を見てはいない。
賢者のその報告を受けた国の上層部は、顔色を悪くして、心に不安を抱えた。
まだ勇者が行方不明なだけならよかったのだ。
賢者の話をそのまま受け取れば、考えたくないことだが、勇者が魔王に負けた可能性もあり得る。
例えば……例えばだが、勇者が魔王に敗れたとすれば、現魔王の力は、前魔王を無傷で倒した勇者よりも強いことになり、勇者よりも強い者がいない王国軍は、圧倒的に不利となるだろう。
それに加え、火竜や巨人族のような、強力な魔物が現れては敗北は必至。
国王とその周囲の者は、必死に勝利の道を模索していた。
突如一人の貴族が声を上げる。
「魔族軍を前に出せばいいではないか!魔族は魔族で処理してもらうのが道理であろう!」
もはや正気ではない、といいたくなるような案だが、恐るべきことに周囲の貴族も同意の声を上げだす。
「そ……その通りだ!同じ魔族であれば狼狽えることもあるやもしれんしな!」
戦場で戦うことをしない貴族の考えそうな、何とも甘い考えである。実際の敵魔族は暴走していて、話すこともままならない相手だというに……
なにより一番問題なのは、魔王友軍の長であるサラシャがこの場にいる事だろう。
声を荒げる貴族に反論するわけでもなく、サラシゃは静かに椅子に座っている。
その態度が彼等の傲慢に拍車をかけてしまったのも事実で、もはや部屋の中は収拾がつかなくなっていた。
貴族の余りに酷い態度に、国王がついに声を荒げた。
「静まれぇい!」
一喝で辺りは静寂に包まれる。あれだけ煩かった貴族たちも一言すら発しない。
もはや国王の許可なしで発言は許されない。そんな空気が漂う。
緊迫した空気の中、サラシャが手を上げた。
国王の許可が下りると彼女は立ち上がる。
堂々と立つサラシャを見て、先程声を上げていた貴族はバツが悪そうに顔を下に向けた。
彼らの頭上から、凛とした声が聞こえる。
「我々魔族が前衛に立つ。可能であるなら私からもお願いしたいことです。ですがそれは非常に難しいのです」
サラシャは魔王の持つ力『魔血の禁術』について簡単に説明し始める。
新たな事実がわかるたび、青ざめていた貴族の顔が更に青くなっていった。
「つまり、私たちが前に出れば、魔王が魔血の禁術を使うことで暴走が始まり、敵対してしまう可能性があるのです。せめて魔王が軍のどこに陣取り、どこを移動するのか分からないことには、最前衛で戦うことは難しいと思います」
勇者の不在に続き、期待していた魔王友軍の枷が判明し、周囲の空気は更に重くなる。
そして……悪いことに悪いことは重なるものだ。
会議室の戸が開き、兵士と共にクリスタルウルフが姿を現す。
皆の視線を一身に浴びた彼は、落ち着いた態度で告げた。
「魔王軍が進軍を始めました」
部屋の中は騒然とした。
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