臆病者の弓使い

菅原

文字の大きさ
106 / 120
16章 魔王軍の力

鉄壁の城塞

しおりを挟む
 城壁の中に入った兵士は、大きく深呼吸をして、今生きていることに喜ぶ。
兵士が皆城壁をくぐったことを確認し、厳重な落とし戸が落された。
魔族の姿が見えなくなった事で、皆安堵の表情を浮かべる。
だが戦が終わったわけではない。
王国軍は現在、援軍が加わった状態であり、更なる援軍は望めない。
そんな状態での籠城戦など、既に負け戦といえるだろう。


 城壁の内側で怪我人の処理をしていた、勇者の仲間である『聖女』“キュオレ・B・メルメッテーゼ”は、閉まった城壁の下へ駆けつけていた。
彼女の近くにローブを身に付けた女が何十人と集まる。
彼女達は、キュオレが選んだ精鋭治癒術師である。
王国の城壁が難攻不落の城塞と呼ばれていたのは、彼女達のおかげであった。

 キュオレの号令の元、十人程の治癒術師が城壁の上へと駆けのぼる。
現在城壁の上は一番の危険区域だ。
魔王軍の立場から言えば、眼前には20の高さもある堅牢な城壁。
その上から降り注ぐ攻撃はなかなかに厄介だが、それさえ止めてしまえば、もはや勝ったも同然となるだろう。
故に城壁の上は今、魔王軍に集中攻撃されていた。
 空を飛ぶことの出来る魔物、翼を持った石の悪魔『ガーゴイル』、亡霊となった彷徨う魂『ウィスプ』、雷を操る鳥『サンダーバード』等々、多種多様な魔族が集まる。
彼等が放つ攻撃は、殆どが魔法攻撃だが、魔王軍の攻撃はそれだけではない。
地上からもその有り余る身体能力を使って、槍や石を投げてくる。
 城壁の上にいる兵士は、直ぐに逃げたい衝動に駆られるが、ここで逃げてしまってはいずれ蹂躙されるだけだ。
抵抗なき城壁は壊され、魔王軍がなだれ込んでくるだろう。
それを防ぐためにも、皆歯を食いしばって戦闘を続けた。

 なぜキュオレ達治癒術師がそんな危険な場所へ向かったのか。
怪我人の治療の為ではない。それは偏に防衛の為である。
彼女らが向かう先は、戦争が始まる直前に弓兵団が立っていた広間。
王国をぐるりと囲む城壁には、あれと同じような場所が幾つか設置されていた。

 キュオレは広間の中心に立つと、魔法の詠唱を始める。
「光の聖霊よ……我らに慈悲を、我らに祝福を……災いから守る術を私たちに与え給え!全方位完全魔法障壁オーラルド・フルシルディオ!」
発動した魔法は、大魔法を超える魔法。この世界の言葉では『儀式魔法』と呼ばれるものだ。
それは何十という魔法使いの力を持って発動する神の奇跡。
その奇跡の力は、広場に刻まれた魔法陣を伝って、城壁の中を駆け巡る。
十人全てがその魔法を発動して漸く、鉄壁の城塞が出来上がった。
 この魔法が守るのは城壁だけではない。
ぽっかりと空いた頭上までもが、強力な魔法障壁で護られていた。
これにより魔王軍の攻撃は、全て防ぐことが出来るようになる。

 この魔法の弱点を上げるならば、まず燃費の悪さ。
一流の魔法使いを何十人と使いながらも、維持するためにまた何十人という魔法使いを必要とする。
魔力が尽きる前に、前任者から引き継ぎ交代を……という作業を繰り返さねばならない。
それだけの手間と人手を割いても、発動していられるのは丸一日といったところだろう。
 もう一つの弱点はその強度にある。
この魔法障壁は、火竜のブレスに匹敵する程に強力な攻撃でもなければ、力負けをすることはない。
しかし、その強力な障壁はこちらの攻撃も弾いてしまうのだ。
魔法も銃も、そしてネイノートが放つ矢でさえ、魔族に攻撃を与えることが出来なくなる。


 国王がこの策を選んだのは、魔王の存在があったからだった。
ここにいない勇者を本当に倒したのであれば、例え20の高さを誇る城壁であっても、無きに同然。一蹴されるだけだろう。
この魔法を使うことで、もしかしたら敵の侵攻を遅らせることが出来るかもしれない。
そう考えた上での咄嗟の行動だった。
 国王の予想は当たっていて、この障壁を見た魔王タイロンは、顔を崩し舌打ちをする。
それを人が知る術はないが、兎も角当面の安全は確保出来たようだ。
しかし、何時までも籠城しているわけにはいかない。
時間制限はたった一日。少なくともその間に、再び戦闘準備を済ませ、攻撃に出なければいけない。
王国の中では、再び慌ただしく兵士が走り回っている。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

処理中です...