【完結】珈琲にスパイスを|朴念仁な主人×純朴な使用人少年

黒木 玲

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珈琲にスパイスを|02

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 夜半、空はすっかり漆黒の闇に沈んでいた。
 新月だった。雲ひとつない空には、月の輪郭だけが輪のように白く縁取られている。
 二階の廊下を猫のような忍び足で歩きながら、弥太郎は窓の外へと視線を移した。
 眼下に覗く煉瓦塀の向こうには瓦斯灯が青白く浮かび上がり、こんな夜更けでも人の往来があるのが見てとれる。
 廊下の突き当たりで弥太郎は足を止め、目の前の扉に向き直った。
 ぎゅっと拳を握り、ゆっくりと三度、戸を叩く。
 部屋の主から返事は無いのを承知で、弥太郎は静かに扉を押し開けた。

「旦那様」

 扉の陰から顔を覗かせて小さく呼ばわる。
 室内を照らすのは、ベッド脇のテーブルに置かれた電気スタンドだけだった。ツツジの花を模した笠を持つそれは、内側から黄色い光に照らされて、分厚い乳白色がぼんやり浮かび上がる。

 主人はベッドの上で上体を起こしたまま、手元の書物に目を通していた。
 顔を上げ、こちらに視線を投げた拍子に、額の中央で分けられた洗い髪がはらりと垂れる。普段洋装ばかりを着る主人だが、寝巻きは黒い浴衣を好んで着ていた。乱れた合わせからちらりと胸元が覗いて、弥太郎はその白さに思わず見とれる。
 パタン、と本を閉じる音が大きく響いた。
 弥太郎ははっと我に返る。気持ちを落ち着かせるために、手が自らの浴衣の袂を握り締める。

「あの、支度、できました」

「ああ、入れ」

 後ろ手にそっと扉を閉めると、ベッドへ歩み寄り足元に腰掛ける。

「もう少し近くに来い」

「は、はい」

 促されて少し尻を浮かせ、弥太郎は主人のすぐ側に座り直した。
 背中越しに書物をサイドテーブルへ置く音が響いて、どきんと大きく胸が鳴る。
 背中に大きな手のひらが触れた。指先が慈しむように背骨をたどり、腰までゆるゆると降りていく。浴衣越しに主人の温もりが伝わってきて、心臓がはち切れそうになる。
 その手は脇腹を辿り、襟の合わせから胸元へと滑り込んできた。同時に主人の左手が回り込み弥太郎の太ももの間へと潜り込む。背後から抱き寄せられる形になって、弥太郎は逆らわずベッドに寝転んだ。
 覆いかぶさってきた主人の唇が、弥太郎のそれに重なる。いつも言われているように舌を差し出して、ぎこちない動きで男のそれに絡めた。歯列をなぞり、唇で舌先を吸う。
 主人はあえて舌を動かさず、弥太郎の動きに任せている。
 切れ長の目にじっと見つめられているのが気恥ずかしくて、弥太郎はややあって唇を離した。

「……まだ堅いな」

 唇を離すと同時に、男が呟いた。

「もっと乱れた姿が見たい」

 弥太郎は困惑して目を伏せる。

「ごめんなさい、あの、どうしたら……」

「いや、いい。期待はしていない」

 にべもない言葉が返ってきた。その響きに棘はないものの、字面だけ捉えたら随分と失礼な言い草だ。
 戸惑って何か言おうと開いた弥太郎の唇が、もう一度主人のそれで塞がれる。ぶっきらぼうな態度とは裏腹に、その接吻は優しい。彼は弥太郎に教え込むように弥太郎の唇を喰み、口内をなぞり丹念に犯す。
 ただキスをしているだけなのにひどく気持ちが良くて、脚の間が熱い。焦れったく腰を浮かせると、主人の腹に自分の屹立が触れて、弥太郎ははっと腰を引いた。

「どうした?」

 見下ろす主人の目元がかすかに細められている。
 主人の手がからかうように弥太郎の浴衣の帯を解き、裾を割って太ももを撫でる。硬く勃ち上がった屹立の根本を掠め、臀部の割れ目の奥に落ちていく。入浴の際、弥太郎が自らの手で慣らしたそこは、しっとりと潤み柔らかく解れていた。
 主人の手が束の間静止する。
 刹那、彼は乱暴な仕草で自らの帯を引き毟ると、脱ぎ捨てた浴衣を足元へと放った。

「旦那、様……?」

 彼は弥太郎の太ももを割って下半身を捩じ込み、すっかり猛ったものを弥太郎の秘部に押し当てる。

「力を抜いてろ。加減できなかったら悪い」

「は、ーーっ、ん」

 そう呟くや否や、主人の怒張が弥太郎を貫いた。
 指とは比べ物にならない質量のものが胎内を満たす。入口の引き裂かれるような痛みと同時に彼に満たされる幸福感に、弥太郎は息を詰めていた。

「痛むか?」

 その問いかけに、弥太郎はかすかにかぶりを振る。

「動くぞ」

「んん……っ」

 弥太郎の返事を待たずに男は腰を動かし始めた。内臓が圧迫される、じんとした痺れにはまだ慣れていない。陰茎が引き出される不快感も始めのうちは苦痛で、密かに奥歯を噛み締めて耐える。
 ただの性欲処理の道具としてでもいい。彼が自分だけを見ている。それだけで、日頃の彼の淡白な態度に頑なだった心が溶けていく。

「旦那様、気持ち、いい」

 律動に合わせてがくがくと揺れる脚を、弥太郎は主人の腰に絡める。

「どこが好きだ」

「いつものところが……」

「きちんと口で言え」

「奥の、上のとこ、旦那様ので突かれるのが好きです」

 言葉にすると恥ずかしくて、弥太郎は無意識に腸内を締め上げた。目の前の胸板に顔を埋めようとするも、主人はそれを許さない。
 彼は指先で顎をすくい上げて弥太郎の反応を窺いながら、色好い反応を見せると、しきりにそこばかりを責める。

「ここか」

「んん……ッ」

 奥深く突き上げられて、それでもやはり絶頂には届かない。もどかしく腰をもじつかせる弥太郎の心を見透かしたように、主人は弥太郎の屹立を手で包み込んだ。

「ん……ッ」

 直接的な快楽に思わず背が反りかえる。
 ゆるゆると突かれながら屹立を二度三度擦られると、すぐに吐精感が湧き上がってきた。

「旦那、様、もうーー」

 そのまま絶頂に達しようとしたそのとき、主人の手がふと屹立から離れていった。突然のことにその手を追いかけて浮き上がろうとした腰が、しかし体内を貫く怒張によって引き戻される。

「ああ……ッ」

「なんだ」

「いえ……、あッ」

 再び始まった律動と愛撫に、弥太郎は腰を突き上げて背中を丸める。
 腹の底から絶頂が押し上げられてくる。

「あぁぁ……ッ!」

 次の瞬間、主人はまたも手を止めると、弥太郎の唇にむしゃぶりついた。
 もう何度もその繰り返しだ。最初は偶然かと思っていたその行為を、二度も三度もされると、次第に達することしか考えられなくなる。
「旦那様、おねがい」
 接吻の狭間で、弥太郎は掠れた声を漏らす。

「どうした」

「もう、気をやらせてください」

「辛いか」

「はい、苦しいです」

 腸内が断続的に痙攣して、少しの快楽も逃すまいとしている。

「どうされると一番辛い?」

「ひっーー」

 男は、男根の張り出した部分で膀胱の裏側と前立腺を強く擦り、一番奥まで突き入れた。じりじりと時間をかけて屹立を抜くと、もう一度。
 幾度もそれを繰り返さないうちに、言葉にできない排尿感のようなものが尿道を押し上げる。
 同時に指の腹で亀頭を撫で回されると、焼けるようにもどかしい

「んー、んっ、ん……!」

 その胸板にがりがりと爪を立てると、主人は嗜虐的に笑った。

「苦しそうだな」

「はい、っ、苦し、もう、楽にして」

「いいだろう。楽にしてやる」

 指先が亀頭をくるりとなぞり、同時に腹の奥が穿たれる。

「あっ、あっ、あ」

 背を丸めて主人に縋りつき、その律動に導かれるまま絶頂に押し上げられていく。

「でるーー」

 その瞬間、しかし主人はまたぴたりと動きを止めた。一瞬の驚愕に、弥太郎の見開いた目から涙がこぼれ落ちる。

「あぁぁ……ッ」

 頂上のほんの一歩手前。

 弥太郎は耐えきれず、主人の陰茎を張り型のように求めて腰を上下させ始めた。

「ごめ、なさい、こんな、はしたないこと……っ」

 男の目が静かに見下ろしてくる。

「弥太郎」

 主人の呼びかけに、弥太郎を強く咎める響きはない。組み敷かれた状態で腰を突き上げても、大した快楽にならないことを知っているからだ。弥太郎自身もそれは理解しているものの、身体の求める快楽に、理性や理屈ではもはやどうにもならない。

「出させて、お願い」

 涙でぐしゃぐしゃになった弥太郎の顔を、主人は静かに見下ろす。彼はわずかな間を置いて、ふっと口元を緩ませた。

「そんな顔をしてくれるな」

 弥太郎は真っ赤になった顔を背けた。獣のように腰を振って快楽を貪る、こんなにみっともない姿を見られたくなかった。
 それでも、からかうように軽い抽送を繰り返されるだけでもうたまらなくなる。

「おねがい、も、許して」

「おまえは気持ちがいいとすぐに泣く。昔からそうだ」

 主人の舌が、目尻の雫をすくい取った。
 その腰の動きが激しさを増したことで、弥太郎は目を見開いた。自ら求めたことなのに、その先にある快楽を得るのが恐ろしかったのだ。

「出ちゃう……!」

 竿を扱かれながら屹立が最奥を穿った瞬間、押し出されるように白濁が尿道口から漏れ出した。精液は飛び散らず、主人の手を汚しながらとろとろと腹に流れ落ちていく。
 弥太郎は余韻に背筋を震わせる。

「まだ休むな」

 男は突き上げる動きを止めない。
 搾り取るように屹立を捏ね回され、弥太郎は乱暴な律動に合わせて、何度も何度も達する。

「もうだめっ、腰、止めてください、休ませて!」

「おまえが気をやらせろと言ったんだろう」

「違う、もうだめ、また出る……ッ!」

 暴れて逃げようとする弥太郎の腰を、無骨な手がきつく引き寄せ、繰り返し突き上げる。

「旦那様、好きーー」

 弥太郎の辿々しい求愛に、男は答えない。
 達する度に次第に精液も出なくなってきて、五回目を数えてからは、頭が真っ白で何もわからなくなった。





「ーー弥太郎」

 男の胸元でとろとろと眠りに落ちかけていた弥太郎は、やっとのことで瞼を押し上げた。
 主人は傍らで頬杖をつき、枕に広がる弥太郎の黒髪を指で梳いている。その手は時折、弥太郎の首筋のある一点を探るように撫でた。

「おまえは誠のことをどう思う」

 寝ぼけた頭で、弥太郎は答えを探す。

「久我さん……ええと、あの、優しくて気さくな方だと思います」

「男としてはどうだ。好みか?」

「いいえ。僕は旦那様のことが……」

「そうか」

 質問の意図を図りかねて、弥太郎は少し怪訝な顔をする。

「旦那様は、僕を久我さんのところへ追いやりたいのですか?」

「くだらねえこと言うな。寝るぞ」

 弥太郎の強い眦から逃れるように、主人は枕元の電気を落とし、ふいと背中を向けた。
 静まり返った室内で、外の通りを歩く人々の話し声がかすかに聞こえる。
 弥太郎は胸元の布団を鼻先まで引き上げた。
 自分がこの家に来てから、閨が途切れたことはない。しかし、心から愛されている自信はなかった。いつもいつも言葉足らずで、本心など決して教えてはくれない。
 自分はこんなにも素直に想いを伝えているのに。
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