筆と刀の混沌戦禍

皐月やえす

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「白くてぷりぷりで美味そうだなぁ、小僧」
 大狸が大きな口から涎を垂らす。雪丸は大狸を睨みつけてから、味噌の棚に背を向けて静かに目を閉じた。
おや、と大狸が口の端を上げた。

「そうそう、人間、諦めが肝心と言うものさ。お前を酒の当てにして食ってやろう」

そうしよう、そうしようと低い声で笑う。
やがて一匹が雪丸に飛びかかった。

 大狸の大きな口が襲いかかってきたその時、雪丸は素早く抜刀した。

「ぎぇっ…⁉︎」

 雪丸の翡翠色の刃は見事な曲線を描いた。狸の口のみならず舌を通り、喉の中で一回転した。
すると大狸の首が中から斬れ、間抜けな方向へと吹っ飛ぶ。
残された体はまだ意思があるかのようにびちびちと痙攣した。

「ひ、ひえぇ!兄貴…!」

 もう一匹が腰を抜かしている隙に、雪丸が電光石火の如く一気に間合いを詰めた。そして下から斜めに一刀両断。崩れ落ちた体を、先に仕留めた方と共に挽肉よろしく刻み付ける。
 ひゅる、と雪丸が刀の血を振るい納刀すると、大狸たちの肉塊がごろごろと転がる。

「ちくしょう!てめえも封印術が使えたのか!」

 大狸だった肉塊が悪態をついた。斬られた状態でもこうしてまだ口を利けるし、生きている。

「無害そうな顔して騙しやがったな!」
「君たちが言えた立場か?」

 雪丸が切長の目を冷たく光らせると、大狸たちは悔しそうに更に口汚い悪態を吐く。
 ここまでしてもまだ、『イワトワケの刀』はまだ本来の力が出ていなかったようだ。狸たちの体は切り刻んで動けなくできても、一向に消えてくれない。
 頼みの庄右衛門は、不注意から酒で潰してしまった。これ以上、雪丸にできることは何もなかった。

 雪丸の焦りを感じたのか、大狸がクスクス笑いはじめた。

「まさかお前、あんな派手なことができても俺たちを封印することができないんじゃねえのか?」
「おいおい、まさか!そんな間抜けな話があるかよぉ!じゃああのでっかいおっさんは絶対必要な人間だったんじゃねえのか⁈」

 雪丸が悔しそうに俯くと、大狸たちは一斉に笑いはじめた。

「こいつぁ傑作だ!酒も飲めねぇおっさんと、一人じゃ後始末ができない坊やだなんてな!朝日が登ったらそのままとんずらしてやろう!他の仲間にも教えてやらねえとなぁ!」

「てめえら、うるせえぞ!」

 大狸たちがビクッと黙った。さっきまで死人のように寝転がっていた庄右衛門が、むくりと起き上がったのである。

「庄右衛門……!」

 雪丸はホッとした。だが、よく見ると様子がおかしい。いつもの庄右衛門より明らかに邪悪な雰囲気を漂わせている。



庄右衛門がへらりと笑う。

「おぉ、雪丸……そこの畜生を描いて封印すりゃあ良いんだなぁ?」

そう言いながら、墨に浸した筆と紙を取り出した。

「任せろぉ‼︎最高の一枚を描き上げてやるからよぉ‼︎」

 庄右衛門は高々と笑い声を上げながら、ものすごい速さで狸たちの絵を描いている。
まだかなり酔っ払っているようだ。雪丸はあまりの気迫に段々怖くなってきた。

 ふと、絵を横から覗いてみると、そこには立派な逸物がデデンと描かれていたので、雪丸は思わず悲鳴を上げた。

「な、何描いてんの⁉︎こんな時に春画なんてやめてよ‼︎」
「ただの春画じゃねぇ!こいつら専用だ!」

 びた、と筆が止まり完成したのは、二匹の雄狸が自慢の逸物をあの手この手で慰め合っているという春画だった。庄右衛門はその絵を大狸だった挽肉に突きつけ、

「おらぁ!入れ!ここがお前らの墓場だぁあ‼︎」

と怒鳴りつけた。
 その瞬間、大狸たちの体が発光し、輝く光の粒となり絵に吸収され始めた。

「ぎゃああああー!嫌だ!よりによってそんな絵の中に閉じ込められるのだけは嫌だぁー‼︎」
「兄貴のなんて触りたくもねぇよお!やめてくれぇ!助けてくれえぇ‼︎」

 思い思いの悲鳴を上げながら、狸たちは無事に、春画の中に閉じ込められた。

「ざまあみろってんだ、クソ狸!」

庄右衛門はげらげら笑いながら、ふらふらと蔵から出て行く。
一人残った雪丸は、狸の春画を拾い上げて、

「庄右衛門って、本当になんでも描けるなあ…」

と苦笑した。
 外で庄右衛門が盛大にけた音がしたので、慌てて助けに向かう。
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