15 / 26
誤解 2
しおりを挟む
子狐に出会って以来、十和は何かにつけて外を気にするようになった。
(雪白ちゃん、大丈夫かしら……)
梅雨で外は雨続きだ。子狐が雨に濡れて寒い思いをしていないか、食べるものが満足に取れなくてお腹を空かせていないか、気がかりで仕方ない。
見張り番をする妖狐たちには子狐を見つけたら保護してくれるよう、自分のところへ連れてきてくれるよう頼んである。もちろん月白には内緒で。
(なんとかしてまた会いたいわ)
鬱々としていると、千代が明るい声で話しかけてきた。
「奥様、ご存知ですか? 向こうの方の山に、問答石っていう石があるんですよう。
その名の通り、質問をすると答えてくれる石なんですけど」
「初耳です。おもしろい石ですね」
「雨が止んだら行ってみませんか?」
「千代さんは何かお聞きになりたいことが?」
「えへへ、全然たいしたことじゃないんですけどね。石もなんでも答えてくれるわけじゃないし。でもま、気分転換にどうかなって」
沈んでいる自分を元気づけようとしてくれているのだろう。十和はありがたく誘いを受けた。
「せっかくだしお弁当持っていきましょうよう。外で食べるごはんってなんかおいしくないですか?」
「いいですね! 楽しそう」
「なーに、お出かけの話?」
盛り上がる二人に、赤城も加わってくる。
「問答石を見物に行こうかなって」
「あー、あれね。……ああいうの、試すなとはいわないけど、アテにはしちゃだめよ?」
「分かってますよう。ただの暇潰しです。聞きたいことも、この世で一番おいしいおいなりさんにはどこで出会えるかってことですし」
「個人の好みによるって答えられて終わりじゃない?」
赤城は斜《はす》に構えてあきれていたが、やがて身を乗り出してきた。
「――と、まあ、年長者として小言をいったけど。興味あるのよね。アタシもついてっていい?」
「ぜひぜひ。赤城さんも一緒なら心強いですう」
三人は遠出の話で盛り上がった。ついでに町まで出て甘味でも食べてこようと、すっかり物見遊山になる。
「出かけるのか」
会話を聞きつけて、月白が離れたところから声をかけてきた。
「はい。問答石を見物に行ってもよろしいですか?」
「……一緒に」
「赤城さんが一緒なので大丈夫です」
月白が問答石に興味があれば話は別だが、なさそうなので、十和は同行を断った。
「……石に、よくない妖魔がついていると危ない」
「承知しております。赤城さんにもアテにはするなと注意されております」
へそを曲げている十和は、月白の小言に口をとがらせた。
「雪白ちゃんが無事かどうか、月白様が教えて下さるならやめますけど」
「雪白?」
「先日の白い子狐さんです」
また前と同じ反応が返ってきた。
月白は答えあぐね、困った様子だ。
「十和……あれは……気にしなくていい」
「気にしなくていいって、どういうことですか」
「……十和が気にするほどのものではないというか」
「気にするほどのものではないって、どういうことですか!」
冷たいいいぐさに、十和は激高した。
「今度雪白ちゃんがお屋敷にやってきたら、私が面倒見ますから!
もしまた月白様が追い出すなら、私も一緒に雪白ちゃんとお屋敷を出ます!」
月白は途方に暮れた様子になった。
すごすごと引き下がり去って行く。
千代が腑に落ちない顔で首をかしげた。
「本当、雪白ちゃんは月白様の何なんでしょうね? アレ呼ばわりするなんてよっぽどの仲ですよね」
「月白様のお子ではないそうなんですけど。なら何かは教えて下さらなくて」
「隠し子以上にバレたらまずい理由って何よ」
赤城も首をひねるが、一向に答えは出ない。
時間が経つにつれ十和は冷静さを取りもどし、さっきの自分の剣幕を後悔した。
「いいすぎました。月白様がご自身のことを詮索されるのがお嫌いだってわかっているのに問い詰めて怒って。月白様は私のことを心配して下さっていたのに」
「さっきのはまっとうな反応でしょ。すごくりっぱな態度だったと思うわ。
あの常識外れ相手に、十和ちゃんはよくやっていると思うわよ」
「あんなことをいってしまうなんて。
私、月白様に甘えてしまっているんですね……」
十和は反省しきりだったが、赤城と千代の見解は少し違った。
「アタシは月白に人を甘やかす度量があったことにびっくりしてるわ」
「あたしもです。月白様が意外とふところの深い旦那様をしていてびっくりしてます。
他人のことなんて知らないっていう性格だと思ってましたけど、そうでもないんですね」
二人は力強く十和の肩を叩いた。
「十和ちゃん、気にすることないわよ。もっとやって」
「もっともっと月白様をふり回しちゃってください」
「はい?」
なんかおもしろくなってきたといわんばかりの二人に、十和はぽかんとした。
三日後、梅雨の晴れ間が訪れた。足元がぬかるんで歩きにくいが、三人とも出かける楽しさが勝った。泥が跳ねたとか、足元がすべるとか、楽しく愚痴を吐き合いながら目的地に到着した。
問答石は、石といっても高さが大人ほどあった。石というより岩だ。大半は地面に埋まっていて、一角が地面から三角形に突き出ている。
「まずは奥様からどうぞ」
「答えてくれるといいわね」
十和は酒といなり寿司をお供えして、問答石に問いかけた。
「問答石様、問答石様。先日出会った白い子狐に会いたいのですが、どこを探せばいいですか?」
石の横縞模様が口のようにうごめいた――気がした。低く野太い声が返ってくる。
「おまえのすぐそばだ」
あっさり答えがあったことに十和は驚いた。
思わず赤城たちをふり返るが、二人は聞こえていなかったらしい、平然としている。
「どうしたの?」
「雪白ちゃんはすぐそばにいるって」
「すごい。答えがあったね!」
「雪白ちゃん、近くにいるんですか?」
十和も赤城も千代もきょろきょろとあたりを見回すが、白い子狐の姿はない。
(まあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦、ですものね)
答えがあること自体期待していなかったのだ。問答石の答えが役に立たなくても、十和はさほど落胆しなかった。下がって、後の二人の質問が終わるのを待つ。
「お嬢さんはもう試したのかい?」
背後からの声にふり向いて、十和は悲鳴をのみこんだ。
(雑鬼がてんこもり……!)
声がしわがれていることと、杖をついていることから、相手は年老いた人間の男性ということはわかったが、顔はわからない。背中に肩に頭に雑鬼がまとわりついて、顔を隠してしまっていた。
「答えはあったかい?」
「あ、あるにはあったのですけど、探し物はまだ見つかっていなくて」
十和は努めて冷静に答えた。大部分の人間は妖怪や雑鬼を見ることができないと知っている。妙なものが見えていると気づかれたら、赤城たちも含めて正体が妖怪と見破られかねない。
「そうか、答えがあったのかね!」
老人は前のめりになった。ぼろぼろと雑鬼が落ちる。
(ひいいいいいっ!)
十和はじりじりと後ずさった。
「すまない、驚かせたね。急に大声を出して。
わしの方は家が不幸続きでね……家でボヤは起きるし、妻も嫁も寝こんでしまうし、わしも頭痛や肩こりがひどくて。
一番困っているのは、息子が頭を打って倒れたきり目を覚まさないことなんだ。孫もまだ生まれていない。たった一人の大事な跡取り息子だというのに……どうしてこんなことに」
老人の嘆きが深くなれば深くなるほど、雑鬼たちは活気づいた。嬉々として老人の肩で飛びはね、背にぶら下がる。
「お、お祓いにいかれたらいかがすか?」
十和の提案に、老人は首を横にふった。
「近くの神社にお祓いには行ったのだよ。一時は楽になった。しかし、また次第に具合が悪くなっていった。
神主がいうには何かに祟られているらしいんだが、原因は分からないといわれてしまった。それで問答石に聞きに来てみたんだ」
「お待たせ、おじいさん! お次どうぞ!」
相手がよろめいてしまうほどの強さで、赤城が老人の背を叩いた。
途端、雑鬼が四方へ散った。赤城の霊力に弾き飛ばされたのだ。
やっと老人の顔が見えるようになる。疲れた顔をしていた。八の字の眉のせいで困りようがいっそう強調されて見えた。
「ひえー、雑鬼が大盛りだったわね。大丈夫だった? 十和ちゃん」
心配する赤城に、十和は青い顔でコクコクとうなずいた。問答石の前に座った老人を一瞥する。
(……背中にまだ何かついている?)
老人の肩にうっすらと、大蛇のような胴体と鋭い爪のついた四本指が見えた。
「あれ、龍神ね。あんなに肩をがっちりつかんで。守っているって感じじゃないわねえ」
「あの方、何かに祟られているとおっしゃっていました」
「じゃ、あの龍神に祟られてるのね。あれはさすがに祓えないわ。お気の毒様」
千代も同情する。
「祟られると運気が悪くなりますからねえ。悪い運気につられて雑鬼が集まってきて。それでさらに運気が悪くなるっていう悪循環なんですよねえ」
一度散らされたものの、雑鬼たちはまた老人の元へ集まりつつあった。大元の原因を解決しない限りはキリがなかった。
「どうして祟られているんでしょうか?」
「さあ。何か怒らせるようなことをやったのは間違いないでしょうけど」
「龍神様『許さん許さん許さん』ってすっごく怒ってますねぇ」
耳を澄ますと、十和にも龍神の声が聞こえた。怒りに満ちた呪詛の声だ。
声を聞きながら龍神の姿を見ているうちに、十和の脳裏にふっとある光景が思い浮かんできた。
池だ。木々に囲まれた中にある小さな池。水中に小さな鳥居と祠《ほこら》が建てられている。
月の明るい夜。若い男が千鳥足でやってきて池をのぞきこむ。老人と同じ八の字眉をしていた。
青年は水中に大きな鯉《こい》を見つけると、うれしそうに抱えていた網を放った――
「――で、あたしはダメでしたけど、赤城さんはどうでした?」
十和の白昼夢は千代の声で途切れた。
「っていうか、何聞いたんですか?」
「決まっているじゃない。アタシの運命の人はどこにいるかってことよ」
「赤城さんって乙女ですよねえ」
「アンタは色気より食い気よね」
「ごはんがおいしいと毎日が幸せですよう? いいことじゃないですかあ」
千代たちは弁当を広げる場所を探して歩きだす。
十和は数歩行ってから、問答石をふり返った。
老人はまだ石の前に座り、質問を繰り返していた。
(雪白ちゃん、大丈夫かしら……)
梅雨で外は雨続きだ。子狐が雨に濡れて寒い思いをしていないか、食べるものが満足に取れなくてお腹を空かせていないか、気がかりで仕方ない。
見張り番をする妖狐たちには子狐を見つけたら保護してくれるよう、自分のところへ連れてきてくれるよう頼んである。もちろん月白には内緒で。
(なんとかしてまた会いたいわ)
鬱々としていると、千代が明るい声で話しかけてきた。
「奥様、ご存知ですか? 向こうの方の山に、問答石っていう石があるんですよう。
その名の通り、質問をすると答えてくれる石なんですけど」
「初耳です。おもしろい石ですね」
「雨が止んだら行ってみませんか?」
「千代さんは何かお聞きになりたいことが?」
「えへへ、全然たいしたことじゃないんですけどね。石もなんでも答えてくれるわけじゃないし。でもま、気分転換にどうかなって」
沈んでいる自分を元気づけようとしてくれているのだろう。十和はありがたく誘いを受けた。
「せっかくだしお弁当持っていきましょうよう。外で食べるごはんってなんかおいしくないですか?」
「いいですね! 楽しそう」
「なーに、お出かけの話?」
盛り上がる二人に、赤城も加わってくる。
「問答石を見物に行こうかなって」
「あー、あれね。……ああいうの、試すなとはいわないけど、アテにはしちゃだめよ?」
「分かってますよう。ただの暇潰しです。聞きたいことも、この世で一番おいしいおいなりさんにはどこで出会えるかってことですし」
「個人の好みによるって答えられて終わりじゃない?」
赤城は斜《はす》に構えてあきれていたが、やがて身を乗り出してきた。
「――と、まあ、年長者として小言をいったけど。興味あるのよね。アタシもついてっていい?」
「ぜひぜひ。赤城さんも一緒なら心強いですう」
三人は遠出の話で盛り上がった。ついでに町まで出て甘味でも食べてこようと、すっかり物見遊山になる。
「出かけるのか」
会話を聞きつけて、月白が離れたところから声をかけてきた。
「はい。問答石を見物に行ってもよろしいですか?」
「……一緒に」
「赤城さんが一緒なので大丈夫です」
月白が問答石に興味があれば話は別だが、なさそうなので、十和は同行を断った。
「……石に、よくない妖魔がついていると危ない」
「承知しております。赤城さんにもアテにはするなと注意されております」
へそを曲げている十和は、月白の小言に口をとがらせた。
「雪白ちゃんが無事かどうか、月白様が教えて下さるならやめますけど」
「雪白?」
「先日の白い子狐さんです」
また前と同じ反応が返ってきた。
月白は答えあぐね、困った様子だ。
「十和……あれは……気にしなくていい」
「気にしなくていいって、どういうことですか」
「……十和が気にするほどのものではないというか」
「気にするほどのものではないって、どういうことですか!」
冷たいいいぐさに、十和は激高した。
「今度雪白ちゃんがお屋敷にやってきたら、私が面倒見ますから!
もしまた月白様が追い出すなら、私も一緒に雪白ちゃんとお屋敷を出ます!」
月白は途方に暮れた様子になった。
すごすごと引き下がり去って行く。
千代が腑に落ちない顔で首をかしげた。
「本当、雪白ちゃんは月白様の何なんでしょうね? アレ呼ばわりするなんてよっぽどの仲ですよね」
「月白様のお子ではないそうなんですけど。なら何かは教えて下さらなくて」
「隠し子以上にバレたらまずい理由って何よ」
赤城も首をひねるが、一向に答えは出ない。
時間が経つにつれ十和は冷静さを取りもどし、さっきの自分の剣幕を後悔した。
「いいすぎました。月白様がご自身のことを詮索されるのがお嫌いだってわかっているのに問い詰めて怒って。月白様は私のことを心配して下さっていたのに」
「さっきのはまっとうな反応でしょ。すごくりっぱな態度だったと思うわ。
あの常識外れ相手に、十和ちゃんはよくやっていると思うわよ」
「あんなことをいってしまうなんて。
私、月白様に甘えてしまっているんですね……」
十和は反省しきりだったが、赤城と千代の見解は少し違った。
「アタシは月白に人を甘やかす度量があったことにびっくりしてるわ」
「あたしもです。月白様が意外とふところの深い旦那様をしていてびっくりしてます。
他人のことなんて知らないっていう性格だと思ってましたけど、そうでもないんですね」
二人は力強く十和の肩を叩いた。
「十和ちゃん、気にすることないわよ。もっとやって」
「もっともっと月白様をふり回しちゃってください」
「はい?」
なんかおもしろくなってきたといわんばかりの二人に、十和はぽかんとした。
三日後、梅雨の晴れ間が訪れた。足元がぬかるんで歩きにくいが、三人とも出かける楽しさが勝った。泥が跳ねたとか、足元がすべるとか、楽しく愚痴を吐き合いながら目的地に到着した。
問答石は、石といっても高さが大人ほどあった。石というより岩だ。大半は地面に埋まっていて、一角が地面から三角形に突き出ている。
「まずは奥様からどうぞ」
「答えてくれるといいわね」
十和は酒といなり寿司をお供えして、問答石に問いかけた。
「問答石様、問答石様。先日出会った白い子狐に会いたいのですが、どこを探せばいいですか?」
石の横縞模様が口のようにうごめいた――気がした。低く野太い声が返ってくる。
「おまえのすぐそばだ」
あっさり答えがあったことに十和は驚いた。
思わず赤城たちをふり返るが、二人は聞こえていなかったらしい、平然としている。
「どうしたの?」
「雪白ちゃんはすぐそばにいるって」
「すごい。答えがあったね!」
「雪白ちゃん、近くにいるんですか?」
十和も赤城も千代もきょろきょろとあたりを見回すが、白い子狐の姿はない。
(まあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦、ですものね)
答えがあること自体期待していなかったのだ。問答石の答えが役に立たなくても、十和はさほど落胆しなかった。下がって、後の二人の質問が終わるのを待つ。
「お嬢さんはもう試したのかい?」
背後からの声にふり向いて、十和は悲鳴をのみこんだ。
(雑鬼がてんこもり……!)
声がしわがれていることと、杖をついていることから、相手は年老いた人間の男性ということはわかったが、顔はわからない。背中に肩に頭に雑鬼がまとわりついて、顔を隠してしまっていた。
「答えはあったかい?」
「あ、あるにはあったのですけど、探し物はまだ見つかっていなくて」
十和は努めて冷静に答えた。大部分の人間は妖怪や雑鬼を見ることができないと知っている。妙なものが見えていると気づかれたら、赤城たちも含めて正体が妖怪と見破られかねない。
「そうか、答えがあったのかね!」
老人は前のめりになった。ぼろぼろと雑鬼が落ちる。
(ひいいいいいっ!)
十和はじりじりと後ずさった。
「すまない、驚かせたね。急に大声を出して。
わしの方は家が不幸続きでね……家でボヤは起きるし、妻も嫁も寝こんでしまうし、わしも頭痛や肩こりがひどくて。
一番困っているのは、息子が頭を打って倒れたきり目を覚まさないことなんだ。孫もまだ生まれていない。たった一人の大事な跡取り息子だというのに……どうしてこんなことに」
老人の嘆きが深くなれば深くなるほど、雑鬼たちは活気づいた。嬉々として老人の肩で飛びはね、背にぶら下がる。
「お、お祓いにいかれたらいかがすか?」
十和の提案に、老人は首を横にふった。
「近くの神社にお祓いには行ったのだよ。一時は楽になった。しかし、また次第に具合が悪くなっていった。
神主がいうには何かに祟られているらしいんだが、原因は分からないといわれてしまった。それで問答石に聞きに来てみたんだ」
「お待たせ、おじいさん! お次どうぞ!」
相手がよろめいてしまうほどの強さで、赤城が老人の背を叩いた。
途端、雑鬼が四方へ散った。赤城の霊力に弾き飛ばされたのだ。
やっと老人の顔が見えるようになる。疲れた顔をしていた。八の字の眉のせいで困りようがいっそう強調されて見えた。
「ひえー、雑鬼が大盛りだったわね。大丈夫だった? 十和ちゃん」
心配する赤城に、十和は青い顔でコクコクとうなずいた。問答石の前に座った老人を一瞥する。
(……背中にまだ何かついている?)
老人の肩にうっすらと、大蛇のような胴体と鋭い爪のついた四本指が見えた。
「あれ、龍神ね。あんなに肩をがっちりつかんで。守っているって感じじゃないわねえ」
「あの方、何かに祟られているとおっしゃっていました」
「じゃ、あの龍神に祟られてるのね。あれはさすがに祓えないわ。お気の毒様」
千代も同情する。
「祟られると運気が悪くなりますからねえ。悪い運気につられて雑鬼が集まってきて。それでさらに運気が悪くなるっていう悪循環なんですよねえ」
一度散らされたものの、雑鬼たちはまた老人の元へ集まりつつあった。大元の原因を解決しない限りはキリがなかった。
「どうして祟られているんでしょうか?」
「さあ。何か怒らせるようなことをやったのは間違いないでしょうけど」
「龍神様『許さん許さん許さん』ってすっごく怒ってますねぇ」
耳を澄ますと、十和にも龍神の声が聞こえた。怒りに満ちた呪詛の声だ。
声を聞きながら龍神の姿を見ているうちに、十和の脳裏にふっとある光景が思い浮かんできた。
池だ。木々に囲まれた中にある小さな池。水中に小さな鳥居と祠《ほこら》が建てられている。
月の明るい夜。若い男が千鳥足でやってきて池をのぞきこむ。老人と同じ八の字眉をしていた。
青年は水中に大きな鯉《こい》を見つけると、うれしそうに抱えていた網を放った――
「――で、あたしはダメでしたけど、赤城さんはどうでした?」
十和の白昼夢は千代の声で途切れた。
「っていうか、何聞いたんですか?」
「決まっているじゃない。アタシの運命の人はどこにいるかってことよ」
「赤城さんって乙女ですよねえ」
「アンタは色気より食い気よね」
「ごはんがおいしいと毎日が幸せですよう? いいことじゃないですかあ」
千代たちは弁当を広げる場所を探して歩きだす。
十和は数歩行ってから、問答石をふり返った。
老人はまだ石の前に座り、質問を繰り返していた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる