妖狐乙嫁譚

サモト

文字の大きさ
26 / 26

二度目のお嫁入り

しおりを挟む
 十和が妖怪の世界にもどることを、旭はすんなり受け入れてくれた。

「いろいろお世話になりながら申し訳ございません、旭おばさま。人の世がなじまなかったということではないのですが」
「私のことは気にしなくていい。十和が自分の意志で戻りたいというならそれでいいんだ。
 心配は心配だが、あの白狐がそばにいるなら大丈夫だろう」

 十和に純白の掛下を着つけながら、旭は気軽に応じた。

「ただ、たまには私に顔を見せにきてくれよ? 無事な姿を見せてくれ」
「もちろんです。私も旭おばさまとまったく会えなくなるのは寂しいですから」

 旭の広げた白無垢の打掛に、十和はそでを通す。
 織りで吉祥模様を描いた白無垢は、ずしりと重かった。
 だが、二度味わうことはないだろう重みだ。十和は重みをよく噛み締めた。

「何日かに一度こっちに来られないか? 退魔について一通りのことは教えたが、十分とは言えないからな。教えておきたいことはまだたくさんある」
「自分でもまだ半人前と思っておりますので、そうおっしゃっていただけるとありがたいです。月白様と相談してみます」

 着つけが終わると、えりに筥迫《はこせこ》を挿し、帯に懐剣を挟み、手に末広を持つ。
 最後に、髪に桃の花を飾った。最初に嫁いだ時にも飾った、十和には思い出深い花だ。

「母のような感慨に浸ってしまうな」

 白無垢姿の姪を前にして、旭はいつもは凛々しい顔をくしゃりとくずした。長いすそを持ち上げ、十和を拝殿へとうながす。

「妖怪のところへお嫁に参りますのに。神様にごあいさつして怒られませんか?」
「神魔は表裏一体のものだよ。神になるか魔になるかは人間の都合に過ぎない。
 あの天遊とて人によっては神だった。白狐の月白殿だって、人によっては神の使いだの稲荷神だの呼ぶと思うぞ」

 十和と旭がかしこまって参拝していると、鳥居の上で鳩が鳴いた。
 振り返ると、暗くなった桑畑の合間に提灯の明かりがぽつぽつと見えた。
 明かりはまっすぐに神社を目指して進んでくる。近くなるにつれて、二列に並んだ羽織袴の男性と、黒留袖の女性の姿がはっきりしてきた。

「よー、迎えに来たぜ、奥さーん」

 緊張感のない声は久礼だ。行列を飛び出し、先頭を担う宰領《さいりょう》よりもいち早く十和の元へやってきた。

「久礼さん、仲間になれたんですね。おめでとうございます」
「ふん! だれがあんな野郎の手下になんかなるかよ。人をぶん投げやがって。
 ボコボコにするまでは帰らないって決めてここにいるだけよ!」

 久礼はさっそく月白に殴りかかろうとし、仲人役の赤城に張り倒された。そのまま行列に引き戻される。
 代わりに、紋付羽織袴姿の月白が行列から離れた。

「十和、待たせた」
「いえ、今ちょうど支度が終わったところです、月白様」

 月白は旭に向かって頭を下げたのち、十和に手を差し出した。

「では行って参ります、旭おばさま」
「末長い幸せを祈っているよ、十和」

 にわかに、晴れた夜空からぱらぱらと雫が落ちてきた。
 お天気雨に手を伸ばし、旭が苦笑する。

「本当に雨が降るんだな。狐の嫁入りは」
「狐に嫁入り、ですけれどね」

 花婿の手を借りて、十和は花嫁行列の駕籠に乗りこんだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

処理中です...