じゃない方の白石くん~夢の青春スクールライフと似ても似つかぬ汗だくサッカーライフ~

木ノ花

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セカンドレグ

第42話

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「ああいうことをやるなら、次からは先に教えてくれ」

 僕は今、涼香さんの運転する車のリアシートに座っている。そしてちょっと不機嫌になりながら、隣に座る美月へ声をかけた。
 口を切った話題は、もちろん先ほどの視聴覚室での出来事について。

 ちなみに、美月はスポーツウェア姿である。
 学校を出る前、トイレに寄って素早く着替えたのだ。さらにお手伝い参加の玲音と別れた直後、車に乗るよう誘われて現在に至る。

「もしかして兎和くん、ちょっと怒ってる?」

「うん、怒ってる」

 少し冷静になって考えてみれば、視聴覚室で成立させた『Dチーム三分の計』が僕を守るための対策であったことはすぐに理解できた。
 白石くん派閥にゴン詰めされた件を聞きつけ、美月は責任を感じたに違いない。付き合いはまだ短いが、彼女がとても優しくて気づかい屋さんであることを僕は知っている。

 だからこそ、隠しごと(ゴン詰めの件)を暴き立てるようなマネをしでかした――事前に聞いていた、コントロールした情報云々は建前だったのだ。

 自分の身を顧みない行為だ。下手をすれば、逆上した連中に詰め寄られてもおかしくはなかった……にもかかわらず、僕に気を使って内緒で本当の目的を果たそうとした。
 何が起ころうと体を張って守るつもりではいたが、事前に知っていれば心構えや準備は大きく違っていたはずだ。

「最悪は美月が危険な目にあう可能性もあった。あと、評判に傷がつくかもしれない」

「私は大丈夫よ。評判の方は完全に無視していいわ。今は、兎和くんのことが最優先なの」

「それはありがたい……けれど、やっぱ先に言え。じゃないと、本当に何か起こったとき守りきれないだろ」

 実は、玲音にお手伝いを願ったのもセキュリティ対策の一環だった。
 なにせDチームメンバーは50名をこえる。それに向かい合うは、紅一点の超絶美少女。ゆえに、不測の事態はいくらでも考えられた。そもそも彼女には、自分の魅力を過小評価するきらいがある。

「ふふ、兎和くんも男の子なのね」

「性別はともかく、僕だって『大切な人を守りたい』とか思ったりするんだよ。頼りないかもだけど」

「大切……? 私が?」

「そりゃそうだろ。実際、予想外アピールのときも真っ先に思い浮かんだくらいだし。これって、大切だからじゃないのか?」

 大切に思うからこそ一番に関心を引きたくなった。けれど、予想外アピールは恋愛に関するテクニックなので美月は約定によって対象外となり、結局は顔見知りというだけの第二候補(加賀さん・小池さん)をターゲットに定めたのである。

「ああ、認知的不協和ね…………う、うん。きっと大切だからね」

 言って、ぷいと反対側へ顔を向ける美月。
 急になんだよ……まあ、いいか。ぶつ切り感はあるものの、とりあえず話はできた。おかげで僕の不機嫌も解消されている。

 程なくして車がとまる。同時に、涼香さんが「お二人さん、到着だよ」と告げて約10分のドライブは終了した。お礼を述べつつ降車する際、なぜか「青春だねえ」という返答をもらう。

 さておき、今宵は『大沢総合フィールド』へ訪れていた。
 同施設は、サッカー専用の高品質人工芝ピッチ(ナイター照明完備)をはじめ、野球場、テニスコート、多目的広場など、複数のスポーツ施設を一般にレンタルしている。

 また栄成高校から自転車で来られる距離に位置しており、大所帯のサッカー部が日常的に外部利用しているピッチの一つでもあった。
 ただし、今年のDチームはまだ利用経験がない。学外での活動は優先的に上級生へと割り振られているためだ。

「さあ、行きましょう」

 美月は車から降りるなり、さっそうと歩き出す。ジャージ姿の僕も荷物を抱え、彼女の背中についていく。向かう先は無論、サッカーグラウンド。

 駐車場から一分もかからず、目的地が視界に映る。
 ナイター照明の光が注ぎ、日本のサッカー協会が公認するロングパイル人工芝の緑が際立つ。
 ひと目見て、『ここでプレーしてみたい』と思わせるようなレベルの高い施設だった。ところが、僕はピッチサイドへたどり着く前に立ち止まってしまう。

「あの、美月さん……人がいっぱいなんですけど……?」

 ピッチでは、トレーニングウェア姿の集団がサッカーボールを蹴っていた。完全にチーム練習の光景である。

「人がたくさんいて当然よ。本日は、こちらの『東京ネクサスFC』さんの練習に参加させてもらいます」

 東京ネクサスFC。
 チーム名が示すように、東京都内の高校・大学の卒業生で構成される社会人サッカークラブである。
 現在の主戦場は『東京都社会人リーグ1部』。日本国内では上(J1リーグ)から数えて六番目のアマチュアコンペティションでしのぎを削る強豪だ、といった情報が追加説明で判明した。

「……どうしてそんな凄いチームの練習に僕が参加できるんだ?」

「東京ネクサスのヘッドコーチと知り合いなの。永瀬コーチの大学時代の先輩でね、その縁で私も良くしてもらっていて」

 美月にジャージの袖を引っ張られつつ、僕はピッチサイドをおずおず歩く。そのままある男性の前に引き立てられると、流れるように自己紹介タイムへ突入した。

「安藤さん、こんばんは。本日は私のわがままを聞いていただきありがとうございます」

「なあに、気にしなくていいさ。ほかでもない美月ちゃんの頼みだ」

「承諾してもらえて本当に助かりました。それで、こちらがお話した同級生の白石兎和くんです」

 続けて美月は、「こちらがヘッドコーチの安藤さんよ」と僕にも紹介をしてくれた。
 安藤さんはガタイが良く、短髪がよく似合うスポーツマン然とした風貌の持ち主だった。スリーラインでおなじみのトレーニングウェアを着用している。年齢は恐らく30代前半だろう。

「あ、あの……白石兎和です。お世話になります……」

「おう。話は聞いているぞ、少年。未来のJリーガーらしいな? どんなプレーを見せてくれるのか楽しみだ」

 よろしく、と右手を差し出されたので反射的に握手を交わした。
 つーか、美月さん……恥ずかしいから、他所では『未来のJリーガー』なんて口にしないでもらいたい。僕なんかがプロになれるはずないのに。
 期待してくれて嬉しい反面、思い込みが激しいのは考えものだ。

「それじゃあ、ゆっくりアップでもしていてくれ。ゲームの時間になったら呼びに来る」

 安藤さんは軽く手を振り、ボールを蹴る仲間のもとへ向かった。
 二人になったタイミングで、当然ながら僕はさらなる事情説明を求めた。どんな理由でネクサスさんの練習に参加せねばならないのか。
 すると美月は、どこか芝居がかった口調でこう宣言した。

「これより、トラウマ克服トレーニングはセカンドステップへ移行します! これまでは手を叩く動作を合図としていたけれど、今後は私の『ゴー!』という掛け声に反応するよう調整していくわ!」

 要するに、音声認識だ。手を叩く動作に合わせて『ゴー!』と掛け声をかけ、改めて条件反射(ドリブルを行う)を体に染み込ませる。やがて音声のみに切り替え、なおも反応可能であればセカンドステップの目標達成となる。

「さらに、フィニッシュの動作を追加します」

 従来はドリブルでパイロンを往復するだけだったけれど、以降はシュートを打つ動作がプラスされる。狙いはミニゴール。本日はボールすら持参していないので、ネクサスさんの備品をお借りするという。

 加えて、もちろん青春スタンプも続行中。次はどんなスペシャルイベントが待っているのか、すでに楽しみで仕方がない。

「……でも、それならわざわざ練習参加せずにいつものグランドで十分だったのでは?」

「このセカンドステップでは、プレーに対する苦手意識の払拭も平行して実施するわ。そのためにネクサスさんのゲーム練習に参加させてもらうのよ」

 他チームのゲーム練習へ参加することでプレー自体に慣れ、動作を抑制する無意識の抵抗感を減らす。逆に言えば、周囲の視線や反応への耐性を高めていくのである。

 確かに、自分の所属チーム(栄成サッカー部)よりは気楽にプレーできるだろう。なにせお客さんなのだから……けれど、苦手意識が改善できるとは思えない。僕のトラウマは、風呂場のカビのように深く根付いているワケで。
 まあ、美月としても実験的な試みらしいので、ダメならすぐ方針転換を図るそうだ。

「とにかく、兎和くんは準備を整えてちょうだい。私はパイロンとミニゴールを設置してくるから」

 僕は指示に従い、スパイクやすね当てなどを装着してプレー準備を整える。余計な荷物は近場のベンチに置かせてもらった。
 その後、ボールを借りて戻ってきた美月とアップがてらパス交換を行う。

「うん、ぼちぼち動いても大丈夫そう」

「オーケー。とりあえずはゲームの時間がくるまで継続するわよ」

 夏へ向けて、坂を転がるように加速するこの季節。少し動けばすぐに体は温まる――と思うが早いか、美月は手を打ち鳴らすのに合わせて元気よく「ゴー!」と掛け声を放つ。

 反射的にドリブルを開始してパイロンを往復。続けざまにミニゴールへシュートを決め、青春スタンプをゲット。また一つマス目が埋まり、僕はついニンマリしてしまう。

「お、やってるな。美月ちゃん、そろそろゲーム始めるけどイケそう?」

 汗が頬をつたい出した頃合いで、安藤さんは戻ってきた。
 間もなくゲーム形式のトレーニングが開始されるようだ。僕がどう答えたらいいのか迷っていると、美月が「すぐにでもいけます」と代わりに返事してくれた。

 さらにお借りしてきたビブスを被せられ、あれよあれよとピッチへ送られる。次いでセンターサークルに集合し、安藤さんの説明に耳を傾けた。

「じゃあ、紅白戦やろう。フォーメーションは両チームとも『4-4-2のフラット』な。時間は20分ハーフ。で、本日のゲストプレーヤーは左SHに入ってもらう。少年、周りはみんな大人だが年齢は気にしなくていいぞ。中身はクソガキだからな」

 わはは、とネクサスの選手たちが笑い声を上げる。とても明るい雰囲気だ。
 スタートポジションへ移動する際にも、同じチームのメンバーさんから「楽しんでプレーしよう」と気さくに声をかけてもらった。

 当然、僕も元気よく「はいっ!」と返事をした……が、内心は緊張マックスでそれどころではなかった。すでにトラウマが発動していたのだ。
 先ほどから、悪い想像が頭の中で延々ループしている。同時に、体は不可視の鎖でがんじがらめ。動いていないのに呼吸は乱れ、嫌な汗が背筋を滑り落ちる。

 こんな状態では、バカげたミスを犯すのは目に見えている。そして予想通り、僕はゲーム開始早々にアホなトラップミスをやらかす。

 ちょっとコワモテの味方DFからパスが回ってくる。勢いはあるものの、マークは緩いので余裕を持って対処できそうだった。にもかかわらず、うっかりコントロールをミスってボールはタッチラインを割る。

 やっちまった、怒鳴られる……僕が恐怖で体を硬直させるや、案の定パスを出したDFから声が飛んでくる。

「おい、少年――雑なパスで悪かった! ていうか、ボールはスペースに出した方が良かったか?」

「あ、いえ。足元でも、だ、大丈夫です。ミスってごめんなさい……」

「全然オーケーだ! じゃあ基本は足元につけるが、スペースも使っていこう!」

「は、はいっ!」

 コワモテのDFさんは、サムズアップしながら白い歯を見せた……あれ、怖くない? 
 ゲームは相手のスローインで再開する。その後もやはり体が言うことを聞かず、僕は度々ヘマをかます。だが、怒られるどころか逆に謝られてしまう事態が続出した。

 ああ、そうか……ネクサスの選手は、誰もが自分自身に矢印を向けている。ゆえに、相手のミスを咎めないのだ。これが栄成サッカー部なら、とうに白石くん派閥の怒声がピッチを飛び交っていたに違いない。

 メンタルに余裕が生まれたおかげなのか、体はいつもより軽やかに感じられた。不可視の鎖による戒めが少し緩んだらしい。
 プレーにもポジティブな影響が現れていた。ボールコントロールのスムーズさ、正確さが増す。しょうもないミスも目に見えて減り、段々と積極的になっていく。

 前線へ駆け上がる最中、ふとシトラスの香りが鼻先をかすめる。夜のピッチの空気にまじり込んでいたみたいだ。

 そういえば、自分の所属チーム以外でプレーするのは初めてかも……あれ、今ってもしかするとサッカーをエンジョイしている? 
 ほとんと小学生以来の感覚を抱き、僕は戸惑いながらも笑みを浮かべていた。
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