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第八章 お泊まり温泉旅行
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駅のホームに立つと、風がスカートの裾を軽く揺らした。
白地にラベンダーの小花模様のワンピース、黒のカーディガン。
足元は淡いグレーのストッキングと、ベージュのローヒール。
あの春の光と同じくらい、私の気持ちもやわらかだった。
今日は、桐谷さんとの二度目の温泉旅行。
あのときは、緊張と高揚が交じり合って、“女の子として愛される”ことに戸惑っていた。
でも今は違う。
私は、この姿で、彼と旅をするのが自然になっていた。
新幹線の指定席で隣に座ると、彼がちらりと私の横顔を見て言った。
「ワンピース、春らしくていいね。髪型も、今日すごく好き」
「……ありがと。出かける前、けっこう時間かけたから」
ふふ、と私が笑うと、彼は小さく息をついた。
「……そうやって、君が自分を楽しんでるのを見ると、こっちまで嬉しくなる」
そのひとことに、胸がふわりとほどけた。
私は「誰かのために」女の子でいるのではなく、「私が私であるために」装っている。
でも、それを“愛してくれる誰か”がそばにいることが、何よりの支えになっていた。
宿に着くと、チェックインのカウンターで受け取ったのは、
淡い桃色の浴衣――女性用。
何も言わずにそれを手渡されたとき、私は微笑んで受け取った。
“見た目”だけじゃない。“仕草”や“所作”や“空気”が、私を自然に女の子としてそこに立たせていた。
部屋に入ると、桐谷さんが荷物を置き、ふと声をかけた。
「着替える?」
「……うん、先に浴衣、着てみるね」
私はユニットバスに入って着替え、ゆっくり帯を結んだ。
合わせ鏡で見た自分の姿は、まるで最初から“そうあるべき”だったように自然だった。
帯の上からそっとお腹をなでる。
ストッキングの下に着けているショーツとパッドの形が、うっすらと布地越しに感じられる。
この浴衣は、私を“見られることに怯えない女の子”にしてくれる。
「……どうかな」
恐る恐る声をかけて浴室を出ると、桐谷さんが立ち上がり、言葉を止めた。
「……綺麗。ほんとうに、びっくりするくらい」
私は笑って、「よかった」とだけ答えた。
あのときみたいな緊張はなかった。
ただ、心がじんわりと満ちていた。
夜は、個室での懐石ディナー。
浴衣の袖がふわりと揺れ、器を持つ手が自然と内向きになる。
所作がいつのまにか女の子らしくなっている自分に気づき、くすぐったくなる。
桐谷さんが、ゆっくりとお酒を注いでくれた。
「……次は、夏に海とか行きたいな。君の水着姿、また見たくなる」
「え……もう、そんな先の話してるの?」
「当たり前でしょ。君とは、ずっと一緒にいたいんだから」
その声が、熱を帯びていた。
私はおちょこを唇に寄せながら、浴衣の袖の奥で、手を静かに組んだ。
――この手で、自分の未来をちゃんとつかんでいたい。
食後、貸切露天風呂へ。
中に入ると、私は一度彼の前で立ち止まった。
「……ねえ、今夜も、いまの私のままでいていい?」
その“いまの私”が、どんな意味か、桐谷さんはわかっていた。
身体の形。仕込んだショーツの中。
戸籍上はまだ“男”であること。
でも、それでも。
「……もちろん。君は、君でしょ」
その言葉に、私はそっと頷いて、湯の中へ身体を沈めた。
夜風が頬をなでていく。
頬に寄せた髪が濡れ、浴衣の胸元が少しだけ緩んでいく。
肩を寄せ合いながら、私は彼の胸に額をあずける。
「……このまま、時が止まればいいのに」
「止まらなくても大丈夫だよ。
君が“女の子として過ごしたい”って思う限り、俺はずっと隣にいる」
湯の音。風の音。
静かな夜の中で、私は小さく頷いた。
“私”として、ここにいていい。
もう、どこにも戻らなくていい。
これから進んでいく道は、
きっと、“この姿”のまま続いていく。
白地にラベンダーの小花模様のワンピース、黒のカーディガン。
足元は淡いグレーのストッキングと、ベージュのローヒール。
あの春の光と同じくらい、私の気持ちもやわらかだった。
今日は、桐谷さんとの二度目の温泉旅行。
あのときは、緊張と高揚が交じり合って、“女の子として愛される”ことに戸惑っていた。
でも今は違う。
私は、この姿で、彼と旅をするのが自然になっていた。
新幹線の指定席で隣に座ると、彼がちらりと私の横顔を見て言った。
「ワンピース、春らしくていいね。髪型も、今日すごく好き」
「……ありがと。出かける前、けっこう時間かけたから」
ふふ、と私が笑うと、彼は小さく息をついた。
「……そうやって、君が自分を楽しんでるのを見ると、こっちまで嬉しくなる」
そのひとことに、胸がふわりとほどけた。
私は「誰かのために」女の子でいるのではなく、「私が私であるために」装っている。
でも、それを“愛してくれる誰か”がそばにいることが、何よりの支えになっていた。
宿に着くと、チェックインのカウンターで受け取ったのは、
淡い桃色の浴衣――女性用。
何も言わずにそれを手渡されたとき、私は微笑んで受け取った。
“見た目”だけじゃない。“仕草”や“所作”や“空気”が、私を自然に女の子としてそこに立たせていた。
部屋に入ると、桐谷さんが荷物を置き、ふと声をかけた。
「着替える?」
「……うん、先に浴衣、着てみるね」
私はユニットバスに入って着替え、ゆっくり帯を結んだ。
合わせ鏡で見た自分の姿は、まるで最初から“そうあるべき”だったように自然だった。
帯の上からそっとお腹をなでる。
ストッキングの下に着けているショーツとパッドの形が、うっすらと布地越しに感じられる。
この浴衣は、私を“見られることに怯えない女の子”にしてくれる。
「……どうかな」
恐る恐る声をかけて浴室を出ると、桐谷さんが立ち上がり、言葉を止めた。
「……綺麗。ほんとうに、びっくりするくらい」
私は笑って、「よかった」とだけ答えた。
あのときみたいな緊張はなかった。
ただ、心がじんわりと満ちていた。
夜は、個室での懐石ディナー。
浴衣の袖がふわりと揺れ、器を持つ手が自然と内向きになる。
所作がいつのまにか女の子らしくなっている自分に気づき、くすぐったくなる。
桐谷さんが、ゆっくりとお酒を注いでくれた。
「……次は、夏に海とか行きたいな。君の水着姿、また見たくなる」
「え……もう、そんな先の話してるの?」
「当たり前でしょ。君とは、ずっと一緒にいたいんだから」
その声が、熱を帯びていた。
私はおちょこを唇に寄せながら、浴衣の袖の奥で、手を静かに組んだ。
――この手で、自分の未来をちゃんとつかんでいたい。
食後、貸切露天風呂へ。
中に入ると、私は一度彼の前で立ち止まった。
「……ねえ、今夜も、いまの私のままでいていい?」
その“いまの私”が、どんな意味か、桐谷さんはわかっていた。
身体の形。仕込んだショーツの中。
戸籍上はまだ“男”であること。
でも、それでも。
「……もちろん。君は、君でしょ」
その言葉に、私はそっと頷いて、湯の中へ身体を沈めた。
夜風が頬をなでていく。
頬に寄せた髪が濡れ、浴衣の胸元が少しだけ緩んでいく。
肩を寄せ合いながら、私は彼の胸に額をあずける。
「……このまま、時が止まればいいのに」
「止まらなくても大丈夫だよ。
君が“女の子として過ごしたい”って思う限り、俺はずっと隣にいる」
湯の音。風の音。
静かな夜の中で、私は小さく頷いた。
“私”として、ここにいていい。
もう、どこにも戻らなくていい。
これから進んでいく道は、
きっと、“この姿”のまま続いていく。
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