ナース服の中の僕・続編:そして、私になる

なな

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第十章 未来を語る夜

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晩ごはんのあと、ふたりでソファに並んで紅茶を飲んでいた。

 部屋の明かりは落としてあって、スタンドライトだけが柔らかく光を灯している。
 その灯りの中で、私のストッキングの足元が、うっすらと輝いて見えた。

 リラックスした空気の中で、でも、どこかで何かを切り出したくて。
 私は膝に置いた手をそっと握りしめた。

「ねえ……」

「うん?」

「……これからのこと、少し話してもいい?」

 桐谷さんは、ゆっくり紅茶を置き、私の方を見た。

「うん。もちろん」

 

 私は息を吸って、言葉を選んだ。

「最近、職場の人や、街での視線とか……そういうの、だいぶ慣れてきた。
 女の子として見られるの、前より怖くないし、むしろ嬉しいって思うこともある」

「うん」

「でも、ふとしたときに思うんだ。……私はこのままでいいのかな、って」

 

 彼は黙って聞いていた。

「戸籍とか、身体とか、そういう“かたち”の話。
 全部“変えたほうがいい”って思ってるわけじゃないんだけど……
 でも、将来を考えたとき、やっぱりそこにぶつかってしまう」

 

 自分の言葉が、空気の中に落ちていくのが分かった。

 でも彼は、急かさず、否定せず、ただ隣にいてくれた。

 

「……たとえば、将来、一緒に暮らすことになったとき」
「私の名前とか、身分証とか、病院の書類とか、そういうところで“男の名前”が出てきたら、あなたはどう思う?」

 

 静かな沈黙が、数秒だけ流れた。

 やがて、桐谷さんは、ゆっくりと答えた。

「俺はね――たとえどんな名前でも、どんな書類でも、君が“ここにいる”ってことの方が大事だよ」

「……うん」

「名前を変えたいって思ったら、一緒に頑張ろう。
 身体のことも、もし変えたいって思ったら、全部支える。
 でも、“このままでいい”って思うなら、それも、ちゃんと愛するよ」

 

 その言葉に、私の目の奥がじんわりと熱くなった。

「……そんなふうに、まっすぐ言ってくれると、涙が出そうになる」

「出してもいいよ。ここは、君の場所なんだから」

 

 私は、コップを置いて、そっと彼の肩に寄りかかった。

 彼の体温が、私を包んでくれる。

 

「……ねえ、私ね。変わること自体がこわいんじゃなくて、
 “何かを変えなきゃ愛されない”って思いたくなかったの」

「うん」

「でも、いまは違う。“このままでも愛される”って、ちゃんと知ってるから。
 だから、もし変わることがあったら、それは“私の意志”で選びたい」

 

 桐谷さんは、それをしっかり受け止めるように頷いた。

「……それが、いちばん強い選択だと思う」

 

 部屋の外では風の音がしていて、カーテンがふわりと揺れていた。

 私は、ブランケットを引き寄せ、膝を抱える。

「未来って、まだ遠いようで……でも、こうして語れるだけで、もう近くにあるんだなって思う」

「そうだね。少しずつでいいから、一緒に作っていこう」

 

 私はその言葉に、小さく頷いた。

 “未来を語れる相手”がいること。
 それは、“いまの自分”を受け入れてくれる場所があるということ。

 たとえ名前が変わらなくても。
 たとえ身体が、このままでも。
 私は、いまここにいていい。

 ――その実感が、あたたかく胸に満ちていた。
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