金玉獣遊記(きんぎょくじゅうゆうき)

松田夕記子

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第一章 月に呪われた美少年の巻

7 金玉は山賊に拐(かどわ)かされるのこと

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 婿入り行列のまわりで、次々と悲鳴があがった。
 
「た、大変です。山賊です!」
 乳母の阿麻が叫んだ。

「ええっ?」
 金玉はサッと輿から出た。

 人気のない荒野で、荒くれ男たちが、何人も馬にのって、周りを取り囲んでいる。
 ノー・グッドな眺めだ。

「おーい、待て待て! こわがるな!」

 頭目らしい、がっしりとした男が、手をふりながらいった。
 茶色い帽子をかぶって、左頬に深い傷跡がある。人相学的には、きっと凶相だろう。

「見たとこ、女ばかりの嫁入り道中だな。持参金があるだろう?
 それさえ渡してくれりゃあ、何もしねえよ」

「親分はヘンなところでフェミニストだからな」
 脇にいた小柄な男が、はーあっ、とつまらなさそうにため息をついた。

「まあ、しかし、こいつらが女なのかね……まったく、どこの妖怪の家へ嫁入るのやら」
 子分は、金玉の家の侍女たちについて、的確な批評をした。

「わかったよ。さあ、みんな。あの人たちに荷物をわたそう」

 金玉は侍女たちに声をかけた。
 命あっての物種だ。持参金なんかにこだわっている場合ではない。

「……ん?」
 山賊の親分は、馬から下りて、つかつかと金玉に近づいた。

「おまえ、美しすぎる花嫁かと思ったが……男か?」
「そうだよ。婿入りの途中なんだ」

「――方針変更! 朝令暮改ちょうれいぼかい! 今からこいつをさらう!」
 親分はいって、金玉をがばっと抱きしめた。

「何するんだよ! やめろよ!」
 金玉は必死にあらがったが、盗賊稼業十数年の太腕からは、逃れられなかった。

「おお、いいじゃないか……」
 親分は、うっとりしたように金玉を見つめた。

「あのう、親分……? どうしたんです?」

「おれはずっと、こういうシチュエーションを待ち望んでいたんだ。
 拉致。略奪。無理矢理――そう、名づけるなら
『荒野の彼方の愛 ~花嫁は新床にいどこを真紅に染めて~』だ!」

「新床って何ですかい? 床を新しく張り替えるんですかね? ぬか床の一種?」

「バカ、初夜の寝台のことに決まってるだろうが!」

 ――そんな言葉は辞書にはのってない。

「この下郎が! 調子に乗ってんじゃないよっ!
 坊ちゃまは、お婿入りして左うちわでぬくぬく暮らすんだからっ!」

 乳母が、さっと短剣を懐から取り出して、盗賊につきつけた。
 金玉につく悪い虫を追い払うため、いつでも帯刀していたのだ。

「おーやおや、婆さんが無理するなよ。
 おれたち本職プロに勝てると思ってるのかい?」
 盗賊は、余裕たっぷりに答えた。
 
 侍女たちは力持ちだとはいえ、あくまでも素人だ。
 十数年と追いはぎをして、他の盗賊グループを皆殺しにしてきた集団とはちがう。
 金玉の目にも、それは明らかだった。

「阿麻、やめてよ!」
 金玉は賊の腕のなかで叫び、盗賊に問うた。

「ぼくがついていったら、彼女たちを解放してくれるかい?」
「ああ、もちろんだ。指一本ふれねえよ」

 子分たちは言われるまでもなく、そのつもりだったが。

「坊ちゃま、何をおっしゃいますか!」

「もういいんだ……きっとぼくは、前世で大罪を犯したんだ。
 だから、こんなふうに男を引き寄せてしまうんだ……」

「金玉さまが悪いのではありません!」

「阿麻、今までぼくを守ってくれて、ありがとう。
 男に陵辱されるのが運命だというのなら、ぼくはそれを受け入れるよ。
 さあ、みんな逃げて! ぼくは、どうなってもいいから」

「ああ、なんとおいたわしい」
「金玉さまあ」
「私たちを守るために……」

 侍女たちは、いっせいにウオーウオーと泣きはじめた。

「……えーい、うるさい! 耳障りだ! 豚のような鳴き声だな。
 おい、おまえら! 適当に金目のものをひっつかめ。
 とっとと引き上げるぞ!
 おれは美しいものしか見たくないんだ!」

 盗賊は耽美主義者だった。
 それ即ち、男色家であるということ。

 他の子分たちも、侍女たちが泣きわめく姿に、食欲は失せ、胃がムカムカして、頭に冷たい水を含ませた布でものせたい気分だった。

「さあ、行くぞ! 我が花嫁!」
 盗賊は金玉を脇にかかえ、馬に乗りこんだ。

「阿麻、お父様とお母様に、愛していたと伝えてくれ!」
「坊ちゃまぁー!」

 かくして金玉は、婿入りの途中、賊にかどわかされてしまったのである。

 以下、次号!
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