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第一章 月に呪われた美少年の巻
11 琳倫と宝砂は落花生の殻を弔うこと
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「だから、ぼくは山賊の妻じゃないですったら!」
金玉は洞窟に入ってすぐ、こういった。
「そうなのかい? 彼は、妻だといっていたけれど」
白猿の化け物、申陽が答えた。
「あいつは、婿入り途中のぼくをさらってきたんですよ。
あんなやつ、契弟の相手でも、なんでもないですから!」
契弟とは、男性が少年時代、年上の青年に「お世話に」なることである。
少年は青年からいろいろな教えを受ける。
お小づかいももらえる。
寝台のなかでもニャンニャンする。
金玉の母、香月は「狼に子羊を与えるようなものですわ」といって、その風習に反対していたのだ。
「まあ、しばらくゆっくりしていたまえよ。
ここには、君と同じような客人たちもいることだし。
ねえ、宝砂さん」
申陽は、ふっくらとした少女に話しかけた。
「客人って……奥さんじゃないんですか?」
「ええ。私と琳倫は、山に迷い込んで難儀していたの。
そこを、申陽さまが助けてくれたというわけですの」
宝砂は、微笑していった。
「じゃあ、君たちは人間なの?」
金玉は、ほっそりとした琳倫に尋ねた。
「そうよ。私と宝砂は人間よ。
でも、この家にいる他の召使いは、みんな妖怪よ。
野鼠やイタチらしいわ」
「まあ、しばらく時間を置けば、盗賊も熱が冷めるだろうさ。
そうなってから、君は家に帰ればいい」
申陽はこともなげにいった。
――それより、こいつだ。
申陽は、体中に白い毛が生えた、猿の化け物である。
しかし普通に人間のような服を着て、穏やかな振る舞いをしている。
……妖怪も、人間と変わらないのかな……?
金玉は不可思議に思いつつも、申陽の世話になることにしたのであった。
――その洞窟での暮らしは、とても快適なものだった。
何か用があれば、すぐに召使い――姿は人間そっくりだった――がやってくれる。
そして申陽は読書好きで、物静かな文人というふぜいだった。
琳倫も宝砂も教養豊かで、知的な会話を楽しめた。
宝砂が琴を弾いてる横で、琳倫が花の絵を描き、宝玉と申陽は碁を打って楽しむという、優雅な日々であった。
――ある日、みんなでお茶をのんでいると、琳倫がお茶うけの落花生の殻をもって、こうつぶやいた。
「ねえ、見てください。この落花生の殻を……。
この殻は、今まで必死に中身を守ってきたのに、
もう打ち捨てられてしまうんですのよ。なんてかわいそうなのかしら」
……そんなこと、考えたこともなかったなあ。
金玉はどう返事したらいいものやら、戸惑ってしまった。
「ああ、もしかしたら、わたしもいつかはこの落花生の殻のように、
誰からもかえりみられなくなってしまうのかもしれないわ」
「まあ、琳さん。そんな悲しいこと言わないで。
そうだわ。その落花生の殻を弔ってあげましょう。
そうすれば、いつかその殻は土に還って、また再び苗として生まれ変わるでしょう」
というわけで、美少女二人は洞窟の外に出て、落花生の殻を埋めようとするのであった。
宝玉と申陽も、シャベルをもって後についていく。
琳倫は落花生を入れた袋を持って、こんな詩を吟じた。
哀れや落花生 その実を煎られて
殻と実ははなればなれ
二世を誓ったとしても 引き裂かれてしまうのか
せめてその殻を土に返してあげましょう
宝砂はそれに応えて、詩を返した。
秋、落花生が土の下で実る
殻と実ははなればなれ
だけどそれは全てあなたのため
また来年一緒になって、畑で実を育てましょう
「……うむ。永劫の時の流れを感じる、良い詩だな」
申陽は、感じ入ったようにいった。
「そ、そうだね」
金玉には何が良いのかサッパリだったが、
とりあえず話を合わせておいた。
――そうだ。
金玉は申陽に向かって、こんなざれ歌をうたった。
落花生は殻のなかに身がふたつ
尖った先っぽの下を爪で押して
そこから割れ目を広げていって
そうすればきれいに剥けるんだ
乳母の阿麻が「坊ちゃん、落花生はこうすりゃ食べやすいですよ」
と教えてくれたやり方だ。
詩でもなんでもない。
ちょっとふざけてみただけだ。
「あ、ああ……その……良い詩だな」
申陽はなぜか顔を赤らめて、そういった。
「わ、私は薬の調合を頼まれていたから……」
シャベルを置いて、洞の中にさっさと入ってしまった。
申陽は以前は医者だったが、風鈴の音でノイローゼになって、しばらく仕事を休んでいるのだという。
――どうしたんだろう?
金玉は首をかしげたが、そこまで深く悩まなかった。
「琳ちゃん、宝ちゃん、ぼくが土を掘ってあげるよ」
「まあ、お優しいのね」
「助かるわ」
金玉は美少女二人に取り囲まれて、至極ご満悦であった。
――まるでここは桃源郷みたいだ。ずっと暮らしていたいな。
ウフフ、アハハ……。
無窮の空の下、美少年と美少女の笑い声が響き渡るのであった。
この長閑な時間は永遠に続くかと思われた。
だが……!
以下、次号!
金玉は洞窟に入ってすぐ、こういった。
「そうなのかい? 彼は、妻だといっていたけれど」
白猿の化け物、申陽が答えた。
「あいつは、婿入り途中のぼくをさらってきたんですよ。
あんなやつ、契弟の相手でも、なんでもないですから!」
契弟とは、男性が少年時代、年上の青年に「お世話に」なることである。
少年は青年からいろいろな教えを受ける。
お小づかいももらえる。
寝台のなかでもニャンニャンする。
金玉の母、香月は「狼に子羊を与えるようなものですわ」といって、その風習に反対していたのだ。
「まあ、しばらくゆっくりしていたまえよ。
ここには、君と同じような客人たちもいることだし。
ねえ、宝砂さん」
申陽は、ふっくらとした少女に話しかけた。
「客人って……奥さんじゃないんですか?」
「ええ。私と琳倫は、山に迷い込んで難儀していたの。
そこを、申陽さまが助けてくれたというわけですの」
宝砂は、微笑していった。
「じゃあ、君たちは人間なの?」
金玉は、ほっそりとした琳倫に尋ねた。
「そうよ。私と宝砂は人間よ。
でも、この家にいる他の召使いは、みんな妖怪よ。
野鼠やイタチらしいわ」
「まあ、しばらく時間を置けば、盗賊も熱が冷めるだろうさ。
そうなってから、君は家に帰ればいい」
申陽はこともなげにいった。
――それより、こいつだ。
申陽は、体中に白い毛が生えた、猿の化け物である。
しかし普通に人間のような服を着て、穏やかな振る舞いをしている。
……妖怪も、人間と変わらないのかな……?
金玉は不可思議に思いつつも、申陽の世話になることにしたのであった。
――その洞窟での暮らしは、とても快適なものだった。
何か用があれば、すぐに召使い――姿は人間そっくりだった――がやってくれる。
そして申陽は読書好きで、物静かな文人というふぜいだった。
琳倫も宝砂も教養豊かで、知的な会話を楽しめた。
宝砂が琴を弾いてる横で、琳倫が花の絵を描き、宝玉と申陽は碁を打って楽しむという、優雅な日々であった。
――ある日、みんなでお茶をのんでいると、琳倫がお茶うけの落花生の殻をもって、こうつぶやいた。
「ねえ、見てください。この落花生の殻を……。
この殻は、今まで必死に中身を守ってきたのに、
もう打ち捨てられてしまうんですのよ。なんてかわいそうなのかしら」
……そんなこと、考えたこともなかったなあ。
金玉はどう返事したらいいものやら、戸惑ってしまった。
「ああ、もしかしたら、わたしもいつかはこの落花生の殻のように、
誰からもかえりみられなくなってしまうのかもしれないわ」
「まあ、琳さん。そんな悲しいこと言わないで。
そうだわ。その落花生の殻を弔ってあげましょう。
そうすれば、いつかその殻は土に還って、また再び苗として生まれ変わるでしょう」
というわけで、美少女二人は洞窟の外に出て、落花生の殻を埋めようとするのであった。
宝玉と申陽も、シャベルをもって後についていく。
琳倫は落花生を入れた袋を持って、こんな詩を吟じた。
哀れや落花生 その実を煎られて
殻と実ははなればなれ
二世を誓ったとしても 引き裂かれてしまうのか
せめてその殻を土に返してあげましょう
宝砂はそれに応えて、詩を返した。
秋、落花生が土の下で実る
殻と実ははなればなれ
だけどそれは全てあなたのため
また来年一緒になって、畑で実を育てましょう
「……うむ。永劫の時の流れを感じる、良い詩だな」
申陽は、感じ入ったようにいった。
「そ、そうだね」
金玉には何が良いのかサッパリだったが、
とりあえず話を合わせておいた。
――そうだ。
金玉は申陽に向かって、こんなざれ歌をうたった。
落花生は殻のなかに身がふたつ
尖った先っぽの下を爪で押して
そこから割れ目を広げていって
そうすればきれいに剥けるんだ
乳母の阿麻が「坊ちゃん、落花生はこうすりゃ食べやすいですよ」
と教えてくれたやり方だ。
詩でもなんでもない。
ちょっとふざけてみただけだ。
「あ、ああ……その……良い詩だな」
申陽はなぜか顔を赤らめて、そういった。
「わ、私は薬の調合を頼まれていたから……」
シャベルを置いて、洞の中にさっさと入ってしまった。
申陽は以前は医者だったが、風鈴の音でノイローゼになって、しばらく仕事を休んでいるのだという。
――どうしたんだろう?
金玉は首をかしげたが、そこまで深く悩まなかった。
「琳ちゃん、宝ちゃん、ぼくが土を掘ってあげるよ」
「まあ、お優しいのね」
「助かるわ」
金玉は美少女二人に取り囲まれて、至極ご満悦であった。
――まるでここは桃源郷みたいだ。ずっと暮らしていたいな。
ウフフ、アハハ……。
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だが……!
以下、次号!
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