金玉獣遊記(きんぎょくじゅうゆうき)

松田夕記子

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第二章 子授けの薬を探すの巻

31 夫婦和合し、申陽は己の本然を悟るのこと

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「あんたァー!」
 李燕は身を隠すための布を打ち捨て、夫にかけよった。

「李燕か……へへ、すまねえ。無駄にしちまったぜ」
「もうっ! そんなにヤリたいのかい? 馬鹿だよ、あんた」

 李燕は「そんなにしたいのなら、たまにはあたしとしたらいいじゃないか」と思った。

「なんだって、こんな馬鹿な勝負をしたんだい」
「そりゃもちろん、おめえのためじゃねえか」

「え? あたしのため?」
「ああ……前に、おれが失敗したことがあっただろう」

「あったかねえ?」
 李燕は首をかしげた。
 そういわれても、ぜんぜんピンとこない。

「あっただろうが! その、おれが途中でくじけてしまって……
 それに、昔は五回六回が当たり前だったのに、二回三回になっちまって……
 どうしても続かねえんだ。そんなんじゃ、物足りねえだろ。
 それで、いろいろ薬を試して――」
 
 精力剤を買ってたのは、浮気相手のためではない……。

「――呆れたね!」
 李燕は、どっと体の力が抜けてしまった。
 
「白髪のじいさんになっても、そんなこと言ってるつもりかい!
 若い時じゃあるまいし、五回も六回もやってられないよ」

「そ、そうなのか?」

「付き合わされるこっちの身にもなっておくれ。
 そんなに年中、やってばっかりもいられないよ。
 あたしは、あんたが側にいてくれるだけでいいんだから」

「李燕……こんなおれでもいいのか?」
「当たり前だよ。あんたはあたしの旦那なんだから」
「李燕……!」

 二人はひしと抱き合った。

 西風大王の性機能障害の原因は、その大半が心因性によるものであった。
 夫婦間のコミュニケーションが回復し、パートナーの理解を得られた。
 周囲の者はみな、その夫婦愛の美しさに涙するのであった。

 ――だが。

「金玉……いつからここに?」
 申陽は、突如として姿を現した、愛しい人に尋ねた。
 彼の足元には兎児がいる。

「最初からずっとだよ。 あのお兄さんの力で、体が見えなくなっていたんだ」
「ケ、ケガはないかい? 君が無事で本当によかった」

「……なに、あの詩」
 金玉の冷たい声が刺さる。
「し……詩だから、ちょっと大げさな表現になってるだけだよ。
 白髮三千丈9kmみたいなもんだよ。
 ただ私は、金玉と逢い引きしたいなぁー……と」

「そんなにしたいの?」
「いやその、私だって健康な男子なわけで……そう思うのは致し方ないというか……」

「ヘンタイ!」
 申陽はそういわれた途端、体の一点に急速なたかぶりを感じた。
 な、なぜだ……?

 金玉は、さらに続けた。
「もう結婚なんてしないから!」
「そ、そんな」

「ぼくとしたいから、結婚しようっていってるだけなんだろ。ケダモノ!」

「――うっ」
 その時、申陽はハッキリと自分の望みを自覚した。
 もっと……もっと私を罵倒してくれ!

 そういえば、金玉が兎児を連れて戻ってきた時にそっけなくされたが、その時も妙な喜びを感じたな。
 申陽は、明鏡止水の如く、己が心を冷静に見つめるのであった。 

「なに……なにしてんの?」
 金玉は、前かがみになった申陽を見て、後ずさった。

「もう少し、その……私を叱ってくれないかい?」
「は?」
 金玉にとっては、まったく意味がわからない言動だった。

「あの……ところで、肝油はどこ?」
「西風大王の家を探ってるはずだ。でも、そんなことどうでもいいじゃないか。
 私を罵ってみてくれないかな。汚らわしい、卑しい豚め! とか」

 ――本性は猿だったが。

「……なんかやだ、こわい……兎児くん、いこっ」
 金玉は青ざめた顔で、申陽から離れようとした。

「ま、待ってくれ。金玉! ううっ……」

 嚢中のうちゅうきりという。
 袋に錐を入れると、自然と先端が突き破って外に出てくる。

 申陽がいかに錐をおさめるかに苦労したかは、ご想像の通りである。


「ほんとに、うちの人が迷惑をかけて、すまなかったねえ」
「ううん、いいんだよ」
 金玉は李燕に答えた。

 横で肝油が「まったくだよ」と答えた。申陽は、顔色もなくうなだれている。

「――で、おめえさんたちは子授けの薬を探してるんだって? 
 そいつは精力剤とはちょっと違うな。
 太上老君さまにでも聞いたほうがいいんじゃねえか?」

 西風大王がアドバイスをくれた。
 太上老君とは不死の仙人で、薬づくりの名人として有名だ。

「その人、どこにいるの?」

「さあ、そいつはわかんねえな。
 東のほうの蓬莱山にいるときいたが、仙人は神出鬼没だからな。
 どこにいるのか、見当もつかねえ」

「そもそも仙人界は、人や妖怪が行けるとこじゃないしねえ。
 このお札を使ったって、無理だと思うよ。
 まあ、持ってっておくれよ」

 李燕はそういって、西風のお札を百枚もくれた。
 これを使えば、人間界と妖怪の世界は簡単に行き来できる。

「ふーん……あてもねえけど、東に行くしかねえか。
 このまま、手ぶらで帰るってわけにもいかねえしな」
 肝油は、既に婆羅門僧の秘薬を手にしているが……。

 かくして一行は、子授けの薬を求めて東に向かうのであった。

「さっ、肝油さん、いこっ」
 金玉は、自分から肝油の腕をとって、歩き出した。

「おいおい……どういう風の吹き回しだ?」
「いいじゃない、べつに!」

 肝油は、ちらっと申陽を見た。
 真っ青な顔をして、あわあわしている。

 金玉に何かやったのかな……まあ、この隙《すき》だ。

「もちろん、かまわねえぜ」
 機を見るに敏な肝油は、金玉の肩をぐっと抱き寄せた。
 
 波乱の予感……。

 以下、次号!
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