金玉獣遊記(きんぎょくじゅうゆうき)

松田夕記子

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第二章 子授けの薬を探すの巻

46 桃花村は恐ろしい毒をまかれるのこと

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 天界のお役人、李狷りけんは口を切った。
「きさまら、そもそもこの蟠桃園がどういうところだか、知っているか?」

「どういうって……西王母さまの桃園ですじゃろ」
 村長が穏当な答え方をした。
 
「年に一度、西王母は誕生日パーティーをひらく。そこでこの桃が出される。
 要するに、セレブどもの角突き合いの場ってとこさ」
 さらに、続けた。

「その蟠桃会ってのが、トラブルだらけでな。
 捲簾けんれん大将の話を知ってるか?
 そいつが蟠桃会で玻璃はりの器を割っただけで、下界に流され、妖怪にされた。
 近衛兵の総大将が、コップ一個割ったくらいでだぞ。おかしくないか?」

 まあ、そういわれればそうかもしれなかった。

「蟠桃をつまみ食いしたやつが、大岩の下に五百年間も縛りつけられたり……他にも、蟠桃会で女にぶつかった将軍が、強姦の冤罪をかけられて醜い化け物にされたり……それはそれはひどいもんだよ。
 天界の奴らってのは、下っ端がミスをすると、自分のメンツをつぶされたって思うんだな。見せしめのように、極刑を与えるんだ。

 だから……蟠桃会こそ、諸悪の根源なんだ!
 この桃がなければ、パーティーを開くことはできない。
 おれは天界に、自由と平等の気風をもたらすのだ!」

 いいことを言ってるようだったが……。

「だとしても李狷さま、村の者を巻き添えにするなんてひどいじゃないですか。
 みんな、真面目な働き者だったのに。
 それに桃の木を失って、わしら、これからどうしたらいいんですじゃ」

 村長がもっともな抗議をした。

「――やかましい! だいたいおまえら、一年中のんびり暮らしやがって。
 ここの桃は特別だから、植えておきゃあ勝手に実がなるんだよ。
 よその土地とは違って、剪定も袋かけも、何もいらないんだ。
 桃の栽培ったって、べつにすることもないだろうが。

 おれだけが、毎回毎回、桃の納品に苦しめられて……ちょっと桃の色が変わってるだけで、上司から呼び出されて、ネチネチやられるんだぞ。
 憎い……セレブどもが、桃が、能天気なきさまらが、何もかもが憎い……!」

 李狷は、重度の適応障害なのかもしれなかった。
 
「桃の木なんて、すべて根絶やしにしてやる……いでよ、白猿怪人しろざるかいじん!」

 彼は手を天に掲げ、なにやら呼び出した。
 ――誰も出てこない。

「おいっ、白猿怪人、どうした?」
 
「私の仕事は、もう終わったんじゃないのか?」
 物陰から、戸惑ったような声がした。

「何をいう! これからが本番だ。さあ、こい!
 その恐ろしい姿を、民草たみくさに見せつけてやれ!」

 家のかげから、桶をかついでひしゃくを持った申陽がのそのそと現れた。

「申陽さん!」
「きさまっ……悪に寝返ったのか!」
 肝油は、いきなり決めつけた言い方をした。

「その桶はなに?」
 金玉は、みなが気になっているであろうことを質問した。

「こ、これはその……」
 申陽はもごもごと言い淀んだ。

「――ふっ、聞いて驚け。
 これこそが神農さまの時代より伝わる、伝説の除草剤、䝡毒まんどくだっ!
 この薬剤を混ぜた水をかけたならば、どんな植物でもたちどころに枯れ果ててしまうのだ」

 李狷は自信満々にいった。

 申陽は、金玉にのませる忘れ薬をつくってもらうのと引き換えに、一晩中、桃の木に除草剤をかけていたのだった。

「申陽……おまえ、なんてことを……」
 肝油は、天をも恐れぬその単語に、ふるえあがった。

「ち、ちがうっ! 䝡狿まんえんという、たぬきに似た獣が、本当にいるんだ!
 その尻尾のつけねから取れる毒素を煮詰めたやつが、これなんだ。
 決して、その他の意図があるわけでは……」

 毒といえば、ちん毒が有名だ。
 これは猛毒の羽を持つ鳥で、無味無臭の毒を生成でき、暗殺にはぴったりだ。

「申陽さんが、桃林を枯らしたの?」
「そうだ……」
 申陽は首肯しゅこうする。
 金玉は、あまりの事態に言葉を失った。

「金玉。あいつはもうダメだ。昨夜の振る舞いはわかってるだろう?
 申陽は、もう悪の道に踏み込んでしまったんだ……」

 肝油はここぞとばかり、金玉の肩をぐっと抱き寄せた。

「おい、きさまっ、金玉から汚い手をどけろ!」
「ハッ、悪の化け物が何かいってるぜ」

「そもそも、おまえが盟約を破棄して、金玉の薔薇の花を踏みにじったんだろうが!」
「金玉から誘ってきたんだぞ?」

「だまれ、金玉は惑わされたんだ! 金玉は絶対にそんなことはしない!」
 申陽は金玉から「ぼくから誘った」と告げられても、なお納得できないものを感じていた。

「どうせおまえが、天命を無視した、なにか途方もなく卑怯な手を使ったにちがいない!」

 寝取り薬を使った肝油は、痛いところをつかれた。

「フン……だったら、ここで決着をつけてやろうじゃねえか。
 勝ったほうが金玉をモノにする。どうだ?」

「よかろう。やってやる!」
 申陽は桶を背からおろし、勝負にのった。

 彼らは、桃園の環境回復など、どうでもいいようだった。
 男同士の戦いが、今、はじまる……!

 以下、次号!
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