金玉獣遊記(きんぎょくじゅうゆうき)

松田夕記子

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第三章 金玉、ふたなりになるのこと

52 道端で妙なフェチイベントがはじまるのこと

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 さて一行は、桃花村とうかそんを旅立ち、街路に出た。

 村長は「これは去年の冷凍じゃけど、まだ大丈夫だろう」といって、贈答用の蟠桃ばんとうをお土産にくれた。

 布で包まれた桃が、桐の箱に入っている。
 説明書きには「賞味期限は百万年ですが、お早めにお召し上がりください。冷蔵庫で冷やすと美味しいです」と書いてある。

「これを帝のところへ持っていけばいいんじゃないの。
 不老長寿に効果があるっていうんだから、きっと子授けにもよさそうだよ」
 金玉は、桃の箱を抱えていった。

「だよなあ。それに、このすっぽん水晶の玉もあるし。
 これを持っていけば、帝も納得するだろうぜ」
 肝油も同意する。

「じゃあ、この西風大王のお札を使って、都に戻るか」
 申陽がチートアイテムを使って冒険の旅を終えようとした途端――。

「た、助けてくれぇ……」
 道端から、弱々しい声がした。
 やせこけた老人が、ウミだらけの左腕を突き出して、哀れっぽくこちらを見ている。

「おじいさん、どうしたの」
 金玉はさっそく反応した。募金のお願いがあると断れないタイプだ。

「見ての通り、わしは病で死にそうなんですじゃ。お願いだから……」

「ほらよ、じじい」
 肝油は金を渡そうとしたが、すぐに断られた。
「そんなもんはいらん! わしがほしいのは健康なんじゃ。だから……」

「では、薬をやろう」
 申陽は、以前、熱病にかかった金玉のための薬を出したが、それも断られた。
「いやちがう! そんな薬じゃ治らん」

「これ、仙人さまが食べる蟠桃ってモモだよ。これを……」
 金玉がいったが、それも断られた。

「わしは桃アレルギーなんじゃ。だから、だから……わしの腕をなめてくれっ!」
 皮膚病の老人は、金玉の前にぬっと左腕をつきだした。

 ――この国では、昔から「皮膚病は他人になめてもらえば治る」という言い伝えがある!

「ハッ、なにを贅沢いってやがる。おれたちだってなめてもらってないんだぞ」
 肝油は金玉の肩を抱き、その場を立ち去ろうとした。

「なめれば治るの?」
 金玉は老人をちょっとかわいそうに思っていた。

「金玉、そんなものは迷信だ! なめて治るなら、この世に皮膚病の薬はいらないよ」
 申陽は、なにやら得体のしれないイベントルートに踏み込もうとする金玉を必死に止めた。

「……今すぐ浄土に送ってやらあ。そうすれば満足だろ?」
 肝油は、側にあった大きな岩をよっこいしょとかついだ。

「ひいいっ」
「肝油、やめてよ! 腕をなめるだけだろ」
 金玉は老人の腕をとり、ぺろっとなめた。

 ――なんということだろうか!
 金玉がなめた部分は、あっという間に皮膚が再生して、赤子のような肌になった。

「おおおっ……治った! 治ったあぁぁ……」
 老人はむせび泣きして、ぼたぼたと涙をこぼしている。
 申陽と肝油も、さすがに驚いた。

「わあ、すごい! じゃあ、ぜんぶなめてあげるね」
 金玉は誤解されかねないセリフをいって、老人の腕に口を近づけた。

 彼は目を閉じ、老人のウミだらけの腕をちろちろと舐めていく。
「んっ…………ねえ、どう? ……治ってる?」

 みるみるうちに皮膚が再生していくが、申陽と肝油はまるで納得できなかった。

 ――なんだこれは? 広義の寝取られイベントなのか? ああ、私の尊い金玉が……。
 ――クソっ! そんなになめたいのなら、おれのをなめろっ!

 しばらくして、老人の腕はすっかり良くなった。
「ありがとう、ありがとうございます……この御恩は生涯忘れません……」
「よかったね」

「つきましては……」
 老人は立ち上がり、後ろを向いて腰ひもを解きはじめた。
 金玉も、さすがにギョッとした。

 その汚い尻からは、じゃがいもくらいの腫物がだらりと垂れ下がっている。
 重度の痔瘻じろうなのだろう。

「この腫物も、きっとあなたさまになめてもらえれば……ぐがっ」
 肝油が老人の頭をぶん殴った。

「こいつはただの変態ジジイだ! どうせおったててるに違いねえぜ」
 肝油は老人の前を改めたが、それは冷蔵庫の隅で忘れ去られた、しなびたエノキ茸のごとくであった。

「金玉! 昔、ある国の王が『わしの痔をなめた者には馬車を贈る』といったが、それでもなめる者はいなかったんだ。
 たとえ王であっても、タダでなめてくれとはいえないし、古来から誰もそんなことはしなかったんだ――もういこう! 腕を治しただけで、十分な功徳だよ」

「お、お願いですじゃ。わしはもう、この腫物に何十年も悩まされてきたんじゃ。
 痛うて痛うて、ろくろく座れもしませんし。あなた様なら、きっとわしを救えるはず……」
 老人はひいひい泣きながら、金玉に泣きついた。

「ジジイ、わきまえろ! 他人に頼んでいいことと悪いことがあるだろうが!」

「なめれば治るって……」
 心優しい金玉も、さすがに戸惑った。

「――やめてくれっ、金玉! 君にそんなことはさせられない」
 申陽は大声で叫んだ。

 ――かなりの重症だが、手術すれば治らないこともない。だが……。
 実は申陽には、あるたくらみがあったのだ!

「なあ金玉、私がなめるからそれでいいだろう? 他人になめてもらえばいいんだから」

「いや、わしはこの人が……」
 申陽は、老人の弱々しい抵抗を無視して続けた。

「そうしたら、私にご褒美をおくれ。『この汚らわしい化け物め、よくそんなことするな』と私を氷のように冷たい目で見てくれ。そして、その足でぎゅっと私を踏んでほしい。
 そのあとに『そんなになめたきゃ、ぼくのをなめなよ』と命令して、君の足の指をすべて舐めさせてくれ。さらに『どっちがおいしい?』と問いかけてほしいんだ」
 申陽は、やたらと詳細なシチュエーション設定をするのだった。

「まあ、それなら……じゃあ、このおじいさんをなめなよ、エテ公!」
 金玉はだんだん毒されてきたのか、申陽の提案を受け入れるのであった。

「ああ、私は金玉さまの奴隷です! ご命令にはなんでも従います。さあ、ご老人、どうぞリラックスして」

「い……、いや……あんたはいいよ……」
 老人は脅えてあとじさった。

「私は金玉に踏まれたいんだ! 大人しくしてくれ!」
 申陽は老人の尻をつかみ、その間に顔を埋めようと――フッと、老人の姿が消えた。

「な、なんだぁっ?」
 肝油は、人間消失にびっくりしてしまった。

「――わしはここだ」
 金玉たちの背後に、堂々たる長身の、白く長いひげを生やし、杖をついた老人がいた。
 その身なりはとても立派で、流れるような絹服に、錦の金の帯をしめている。

「我が名は太上老君たいじょうろうくん。そなたたちがわしを探していると、風の噂できいていた」

「あ、あなたが仙人さま?」
 金玉は、忘れかけていた旅の目的を思い出すのであった。
 確か、太上老君なら子授けの薬をつくれるだろう、とかなんとか……。

「さよう。そなたの心が清らかであることを知った。
 皇帝に世継ぎが生まれなければ、天下動乱になるやもしれぬ。
 わしが協力してやろう」

「わあ、ありがとうございます!」
 金玉は喜んでいたが、その背後では、
 ――試すったって、何か他の方法があるだろうが、変態ジジイ!
 ――私が金玉に踏まれるはずだったのに、どうしてくれるんだ!
 という怨嗟の声がうずまいていた。

 
 Leck mich im Arsch!おれのケツをなめろ
 これはモーツァルト作曲のタイトルを書いてるだけなので、不健全でもなんでもない!
 
 以下、次号!
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