金玉獣遊記(きんぎょくじゅうゆうき)

松田夕記子

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第五章 天の川に引き離された恋人たちのこと

88 酒池肉林の狂乱の宴がはじまるのこと

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 そして、七個目のひょうたんがなくなり、とうとう満月の夜がやってきた。

 金玉は花嫁の控室で、女中頭の蛯名えびなに赤い衣装を着せられた。

「こ……これを着るの?」
 その花嫁衣裳はとても美しい赤色をしていたが、あちこちに切れ込みが入っていて、肌がちらちら見えている。

 しかも蛯名からは「下着はお取りくださいね」と念押しされていた。
 ふつうに歩いたら、見えちゃうんじゃないの?
 
「はい、これが今の流行りなんだそうですよ」

 ――こんな恥ずかしい服!
 といおうとして、金玉はハッと己を制した。

 きっとこれも試練なんだ。がんばらなくっちゃ……!

「さあ、もうすぐ結婚式がはじまりますよ」
 蛯名は、金玉の頭に赤い布をかぶせた。

「蛯名さま、すみませーん」
「あっ、はい。金玉さま、しばらくお待ちください」
 蛯名はべつの女中に呼ばれて、パタパタと出ていった。

「金玉、まだ男に戻らないかピョン?」
 兎児が、物陰からはい出てきた。

「うん……」
「やっぱりあのエテ公、ウソついてたピョン。
 呪いを解くとかいって、帝に寝取られた腹いせに、金玉をはずかしめてるだけピョン」
「ち、ちがうよ……」
 だが、その声には自信がなかった。

 金玉は、悦蛇の触手を入れられると、すぐに頭がぼうっとなってしまう。

 だけど一人になると我に返って「あんな恥ずかしいことを……!」と、羞恥に悔し泣きするくらいだったのだ。

 そして、男に戻る気配はみじんもない。
 後庭はますます広く、やわらかにほぐれてきているのだが……。

「金玉、私を信じてくれ!」
 まるでのぞき見していたかのように、申陽が風と共に現れた。

 あんな……あんな恥ずかしいことばかりさせてっ!
 金玉はカッとなってしまった。

「申陽さん! ぼく、いつになったら男に戻れるの?
 呪いを解くのと、あのことって、関係あるのっ? ねえっ!」

「ああ、もちろんだよ、金玉。もう少し耐えておくれ」
「耐えるって、どこまで? ぼく、もうおかしくなっちゃうよ!」

「君がこわがるといけないと思ったんだが……」
 申陽は、虹色に光るイボイボした神々しいものを取りだした。

「これは嫦娥さまから授かったものだ。
 嫦娥さまは、君がこれを受け入れられるようになれば、
 呪いは解けると仰った」

「ええ……」
 金玉は、あまりのことに絶句した。

「そんなの入るわけないよ!
 だいたい、そんな大きい人、いないだろ!」

「えっ……いや、そうでもないよ……私はこれくらいだし。
 まあその、いくさの時は、だけど……」

「ええ……」
 金玉は、思わず申陽の下半身を見やった。

「それじゃあ、ぼく、申陽さんとはできないね……」
 金玉は顔を赤らめ、残念そうな声をもらした。

「そんなことはない! やってみれば、意外と入るもんだよ」

 ――なんの話だったっけ?

「と、とにかく! このままでは君は悦蛇の花嫁になってしまう。
 結婚式の酒に、強い眠り薬を入れておいた。
 君は悦蛇に酒をたくさんすすめてくれ。君はのんではいけないよ」

 毒薬は酒に混ぜれば味が変わるが、眠り薬はそうではない。使ってもバレることはない――まあ、そういうことにしておいてくれ!
 
「わかったよ」
「それから二人で逃げて、これが入るまで慣らすんだ。それでいいかい?」

「うん。ぼく、痛くてもがんばるから」
 だが、金玉の声には、恐怖がにじんでいた。

「金玉……」
 申陽はおずおずと、金玉にかけられた赤い布に手をかけた。

「恥ずかしいかい?」
「そ、そんなことないよ」

 申陽が赤い布をめくりあげると、そこには数々の試練を経ても、なお美しく輝く、金玉の双眸《そうぼう》があった。
「申陽さん……」
 見つめ合う二人であった――が!

「金玉さま、入りますよ」
 蛯名の声に、申陽はフッと風のように消えてしまった。

 *

 金玉は蛯名に連れられ、あぶくの船にのって、湖面へと浮き上がることになった。

 洞庭湖のほとりに、宴席がしつらえられている。

 だが金玉は、地上につくなりビクッとしてしまった。
 煌々たる満月の下、周囲の林からは、なにやら騒ぐ声がひびいてくる。よくよく見ると、妖怪の男や女らが、裸でキャーキャーいいながら、追いかけっこをしている。

「あの人たち、何をしてるの?」
「お客さんたちですよ。遠いところからいらしてくれた方も多いんですよ」

 蛯名はこともなげにいったが「何をしているのか」という問いには答えていない。


 ――しばらく前、ウェディングプランナーは、新郎新婦の意見を聞くため、夫婦がそろった夕食時に、プランを持って出向いた。

 彼はそこで、新郎が新婦に恐ろしい仕打ちをしているのを見てしまった!
 
「くっ……こんな平凡なプランでは、クライアントの満足は得られない!」

 彼は今までのプランを破り捨て、デザイナーやシェフらと共に、淫猥暴虐いんわいぼうぎゃくの王にふさわしい、華燭かしょくうたげを開こうとしたのだった。

 まず、陸に池をほって、そこを美酒でいっぱいにする。その酒は飲み放題で、泳ぎながら飲んでもいい。
 さらに、林に肉をいっぱい吊るす。食べ放題バイキングということだ。

 バックグラウンドミュージックは靡靡びびの楽にする。
 これは「みだらな曲をつくれ」という命によって作曲された古典楽曲である。

 さらに、式場には多くの善男善女を招待する。
 開放的なドレスコードにして、それぞれパーティーを楽しんでもらう。
 
 そしてオールナイトで乱痴気騒ぎ、というウェディングパーティーだ。

 そんなわけで金玉の花嫁衣装も、そのままねやに直行できそうなものになっている。

 ウェディングプランナー「そんなしとやかで慎ましい服装ではダメだ! もっと劣情を催させないと!」
 デザイナー「難しい注文ね……。でも、今までにないチャレンジだわ。やってみましょう」


 花嫁花婿の席は、湖を臨む小高いところにあった。
 そして下の林では、相変わらず嬌声が響いてくる。

 金玉はそっちのほうが気になりながらも、隣の悦蛇に酒をすすめることにした。
「悦蛇さま、お酒をどうぞ」

「あっ、あ、ありがとう。うれしいな」
 悦蛇は何かいう時に「あっ」と、意味もなくつけるクセがあるようだ。

 少し離れたところでは、申陽が田楽に同じように酒をのませていた。

「さあ、金玉ちゃんも」
 金玉は「このお酒を飲んだらマズいんだよな」と思って、話をそらすことにした。

「あの……ちょっと待ってください。お話を聞いて?
 ぼく、悦蛇さまと夫婦になれて、本当に幸せなんです」

 そして、金玉は悦蛇にぴったりと寄り添った。

「さあ、もう少しどうぞ」
「う、うん」
 悦蛇はぐびぐびと酒を飲んでいく。

「ぼく、最初は悦蛇さまのことがこわかったけど……ふふ、だって悦蛇さま、すごいんだもの。
 ぼく、あれを入れられたら、頭が真っ白になっちゃうんだ。
 ぬるぬるして、気持ちよくって……今日、初夜なんでしょ?
 ぼく、もう待ちきれないや。早くほしいな」

 金玉は酒を注ぎたそうとしたが……。

「――ああっ!」
 いきなり悦蛇がのしかかってきて、酒瓶を倒してしまった。

「え、悦蛇さま、なにをっ」
「金玉ちゃんから、誘ったんだろ?」

 ――時、折しも満月である。
 金玉は嫦娥から、満月の夜になると男をひきつける呪いをかけられていたのだ!
 その呪いは、人間にも妖怪にも聖獣にも効く!

 悦蛇は酔っぱらったせいか、着物の裾からどわっと何百本もの触手を伸ばしてきた。

「ひっ」
 そしてそれで、金玉の体をやさしくしめつけた。
 赤いヴェールが地に落ちる。
 申陽の「金玉!」という声が聞こえた。

 ――ぼく、これを入れられてよろこんでたのか……。

 今さらのように、総毛立つ思いの金玉であった。

「悦蛇さま、いやっ!」
「外で、みんなの前でなんて、さすがの金玉ちゃんでも恥ずかしい?」

「恥ずかしくなんかないよ! 早くしてっ!」
 金玉は反射的に答えてしまった。

「う、うん、わかったよ。やっぱり金玉ちゃんて、積極的だね……」

 悦蛇はおどおどしながらも、金玉の望みを叶えるべく、新郎の勤めを果たそうとするのだった。

「いやぁーっ!」
 月夜に金玉の叫びが響き渡る。


 ウェディングプランナーは、物陰からその様子を見て
「きっとお二人にとって、思い出に残る一夜になるぞ!」と、グッとこぶしを固めるのであった。

 以下、次号!
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