金玉獣遊記(きんぎょくじゅうゆうき)

松田夕記子

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第五章 天の川に引き離された恋人たちのこと

93 牽牛は美少年の羽衣を盗むのこと

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「なんや、えらい水びたしになっとるやん。ひゃー、えらいこっちゃ。つーか、おぼれる、おぼれる! 死んでまうやん! ……いや、そーいや、わい、鏡やったな。無機物やわ。なんや、ほな安心やなァ~」

 一人つっこみをする明月鏡が映し出したのは……。

 *

 昔々、あるところに牽牛けんぎゅうという若者がいた。
 牽牛はまじめな性格で、日々、田畑をたがやし、牛を飼って過ごしていた。

 するとある時、牛がしゃべりはじめた。
「牽牛さん、牽牛さん。あなた、このままの生活でいいんですかモウ」

 太古の世界に生きていた牽牛は、こともなげに返事した。
「べつに、生活していけるだけのものはあるから、何も不自由はないけど」
 
「そんな志の低いことでどうしますかモウ。
 男と生まれたなら、戦で功を立て、大将軍となって、天子に仕えるくらいやってみるべし」

「今は平和な時代だ。戦なんて起こりっこない。
 それに、そもそも戦争なんてないほうがいいだろう」
 牽牛は良心的兵役拒否をした。

「それじゃあ、せめてお嫁さんをもらいましょうよモウ。
 このまま若者が一人でいたって、何も物語がはじまらないですぞモウ」

 牽牛は「それもそうだ」と思った。

「明日、川べりに天女たちがやってきます。彼女らは、羽衣がなければ空を飛べない。
 で、ですな、あんたはそのうちの一枚を隠して……あとに残されたのは、かよわい一人の裸の天女……な、わかるでしょうモウ。
 やっちま……お嫁さんにするんだモウ」

「君はなんてことをいうんだ! 犯罪じゃないか!」

 だが牽牛は強制イベントに逆らえず、翌日、牛を連れて川べりに行くのであった。

 川では、美しい七人の男たちが水浴びをしていた。
 牛は「あれ? 今日は男湯の日だったかモウ?」と思ったが、時既に遅しだった。

 牽牛は、そのなかのひときわ美しい美少年に釘づけになってしまった。

 そして、草むらに脱ぎ捨てられた天男てんなんたちの羽衣の匂いを、一枚一枚かいでいった。

「ちがう……これでもない……おお、この甘い香り。きっとこれがあの少年のものにちがいない」と確信した。
 牽牛は草むらにひそみ、羽衣の匂いをかいで陶然となっていた。

 やがて天男たちの水浴びが終わった。彼らは服を着て、次々に天に帰っていく。

「おーい、織皇しゅくおう、早くこいよ」
「うん、兄さん。先へいってて」

 織皇と呼ばれた美少年は、草むらを探すが、羽衣はどこにも見当たらない。

「ああ、どうしよう。あの羽衣がなければ天に帰れない。
 もう兄さんたちとも会えないんだ」

 牽牛は、裸の美少年がしくしく泣いているのを見て、急に罪悪感がわいてきた。

「も、申し訳ありませんっ!」
「きゃっ?」
「羽衣を盗んだのは私です!」
 牽牛は、織皇に羽衣を差し出した。

「み、見るなよ、バカッ!」
「ははっ」
 牽牛は後ろを向いたが、美少年のなまめかしい姿態は、くっきりと目に焼きついていた。

「もうっ」
 織皇は、手早く羽衣を身につけた。
 怒りながらも「この人は、きっと悪いことはできない人なんだな」と思った。

「こっち向いていいよ。ぼくは織皇。あなたは?」
「私は牽牛と申します。ただのしがない牛飼いでございます」

「ぼくの裸、見たよね?」
 織皇は、牽牛に一歩近づいた。

「はい、万死に値することでございます」
「……責任、とってくれる?」
 そして、牽牛にそっと身を寄せた。

 ――昔は展開が早かった!

「ああ、織皇さま!」
「待って。父さんと母さんに、結婚のお許しをもらってくるから」

 織皇はふわりと浮き上がり、天界に戻っていった。

「あーあ、逃がしちゃったなモウ。もう戻ってこないんだモウ」

 しかし牽牛は、織皇を信じて待っていた。

 ――夜半、戸をトントンと叩く音がした。
 戸をあけると、そこには泣きぬれた織皇がいた。

「ああ、牽牛さん!」
「織皇さま、どうなされたのですか」

「父さんと母さん、カンカンなんだ。
 そんな貧しい牛飼いと結婚なんて、とんでもないって怒ってるんだ」

「そりゃあそうだモウ。
 何千年前だろうが、貧乏人に息子をやりたい親なんていないモウ。
 だから、無理矢理手籠めにして、既成事実をつくれといったんだモウ」

「そんな野蛮なこと、できるわけないだろ!」

「まあ、しょうがないモウ。今晩、やっちまうんだモウ」
 牛は「私が媒酌人をつとめますから、結婚式をあげましょう」といった。

「だ、ダメだ! やはり、こちらからも誠意を見せないと。
 織皇さま、私が天に昇って、ご両親にあいさつしてきます」

「でも、あなたは天に昇れないでしょう。どうするの?」
「その羽衣を借りて……」

「それはできないモウ。羽衣を盗んだ人間が天に昇ったという説話は一切ないモウ。羽衣は天人てんじんが使わないと、役に立たない設定だモウ」

 ――昔の人は、天女の羽衣を身につけた男の話など、聞きたくなかったのだ!

「牽牛さん、私の皮をはぐモウ。それをかぶれば、人間でも天にのぼれるモウ」

「いや、君はうちで長く働いてくれたし、そんなことはできないよ」

「牛は大地を象徴する。天人は、空のかなたをあらわしている。地は陰、天は陽だ。
 これはただのノゾキ魔、下着泥棒の話と見えて、
 実は天と地、陰と陽のまじわりについて語っている、壮大なお話なんだモウ」

 牛が自分の皮を脱ぎすてると、長いヒゲを持つ立派な老人になった。

「わしは黄帝こうてい。大地のすべてを治める神じゃ。
 おまえは真面目な牛飼いじゃから、一度だけ、力を貸してやろう。
 西王母は気難しいが……まあ、やってみるモウ」

 老人は牽牛に牛の皮をわたし、いずこへともなく去っていった。

「あ、ありがとうございます。さあ、一緒に天に行こうか」
「うん!」

 恋人たちは、そろって天にのぼっていくが……。
 
 以下、次号!
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