魔王を討伐したので年上メイドと辺境でスローライフします!

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夜の花見

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 魔法バックを小脇に抱えるアイリさんと僕は、夜の公園を歩いていた。
 いつも思う、魔法バックは不思議だ。このバックの中には釣り竿と炭火コンロとお茶のセットが入っている。しかしバックは小さいし重くもない。
 日常魔法の中ではトップクラスに高度な魔法なので、そのお値段もべらぼうに高い。

「わぁ……凄いな」
 辺りには色とりどりの初夏の花が咲いている。フロア村の名前の由来にもなっている花畑だ。
 赤いもの白いもの黄色いものと種類も様々だ。

「なんだか甘くて良い匂いもしますね」
「ここら辺の花は蜜を豊富に作るんです。その蜂蜜もとても美味しいんですよ。一度朝食で出しましたが」
「ああ、あの疲労回復効果があるっていう、あれ、美味しかったですね」
「そうですね……他には採れたての蜂蜜を使ったドリンクが有名です」
「へえ、美味しそうだ」
「いつもだったらこの辺にドリンクの行商が……ああ、いましたね」

 見るとリアカーで樽に入った蜂蜜ドリンクを売る商人が、店の片づけをしているところだった。見た感じ普通の村人のおじさんだ。
「あの……すいません」
「はい、ああっ! 姫じゃないですか、なんですかメイドみたいな恰好をして、そちらは貴族のお坊ちゃんで?」
「ええ、そんなところです」
 僕は苦笑いしながら応えた。

「ドリンクはもう買えないのでしょうか?」
「いやいや、姫様だったらいつでも歓迎ですぜ」
 おじさんはそう言うと、樽についたポンプを動かして、木のコップにドリンクを注いでくれた。
「一杯、銅貨五枚、二杯で銀貨一枚でして」
「おお、安い」
 そうでしょうとおじさんは揉み手をしながら言った。アイリさんがガマ口から銀貨を一枚出しておじさんに渡した。

「わぁ……良い匂いだ」
 蜂蜜ドリンクは黄金色で、少し粘度があった。さっき嗅いだ花の匂いを思わせる芳醇ほうじゅんな香りがして、見てるだけでつばが湧いてきた。
「フロア村の蜂蜜はものが良いんですわ。わざわざ王都から買い付けにくる人間もいるくらいなんですぜ」
「それは期待できますね……いただきます」

 僕はそれを一口飲んだ。
「う、美味い……香りもいいし味が爽やかだ」
「ライムを利かせてるんでさあ、甘みに酸っぱみのアクセントがあるでしょ?」
「ええ、レモンとはまたちょっと違う味わいですね」
「そうでしょう、ぜひ今後ともごひいきに、それじゃあ、かかあをあんまり待たせると怒られるもんで。この辺で失礼します」
 そう言うとおじさんはリアカーを軽々と引いて去っていった。

「あそこのベンチで座って飲みましょう」
 見渡す限りの花畑、美味しい蜂蜜ドリンク、なんだろうこの気分。戦いの中では絶対感じられなかった暖かな気持ち。

 ふと、横のアイリさんを見た。もう薄闇がさす時刻でも黒く輝く髪、結構日を浴びているのに肌は真っ白だった。たぶん日焼け止めの魔法が得意なんだろう。控えめな化粧でも物凄い美貌だと解る。

「そっか……アイリさんと花が合うんだな」
「どうされました? ……急に」
 そう、暖色系の花に黒目黒髪のアイリさんはとても映えるんだ。
「何でもないよ。ただ、アイリさんは綺麗だなって」
「もう……わたくしおばさんですよ……からかわないで下さい、ユウキ様」
「まだ全然いけると思うけどな、アイリさんは」
 そう言うとアイリさんは反論することなく、頬を赤らめ恥じらった。……うん、マジで可愛い。

「それはそうと、綺麗な夜の景色ですね。明るい時とはまた違う。天国ってものがもしあったらこんな風景な気、しますよね」
「それは……そうかもしれませんね」
 アイリさんも目を細め、咲き乱れる花に目をやった。

「孤児院のね、シスターが亡くなったんだ。僕が魔王を討ち取るちょっと前に、最後の際まで僕の心配をしていたんだって。旅が終わって帰ってきてからその知らせを聞いて、僕は泣いたんだ」
「大切な人だったんですね。そういった人のために泣けるユウキさまは、優しくまっすぐな心があるんでしょう。母が死んだときにわたくしは泣きませんでした。ただ少しだけ、もう会えないんだなって思ったときに、少し寂しくなっただけでした」
 アイリさんは遠いところを見るような目をした。

「アイリさんもまっすぐっで優しい心がありますよ。泣けなかったのは心が強かっただけです」
「そう……でしょうか」
「そうですよ……それで天国ですが、シスターのような立派な人はきっと死んだら天国に行くんだろうなって思ったんです。こんな感じの綺麗な場所で、葡萄酒を呑んで大好きなクッキーを食べてるんだろうなって、でも僕は卑怯者だから死んだら地獄です」
「ユウキさまは立派に責務を果たされた勇者です。亡くなったらもちろん天国ですよ」

 僕は少し逡巡した。
「魔族は決して人と相容れませんが、誇り高い種族です。自ら研鑽した魔力や剣技に誇りを持っている。僕は不意打ちを出来る時は必ず不意を突いて、騙せるときは必ず騙しました」
 魔族とは魔王が土から造ったとされる、言葉を理解するモンスターのことだ。魔王に絶対の忠誠を誓っている。

 アイリさんは僕を真っ直ぐ見た。その瞳にはとても強い意志が宿っていた。
「それは、誰よりもユウキさまが強かった証です。あなたは絶対無敵とまで言われた魔王を倒したんです。その聖剣ブレイブで」

 ブレイブは僕の腰で静かに待機状態でいた。一目で聖剣と解からないよう、布を巻いて持っている。たぶんベンリさんあたりは、木剣かなにかだと思っているだろう。

「ユウキさまは誰より目的の達成を第一としていたとうかがっています。もしユウキさまが負けていたら、現在の人類はなかったかもしれません」
「そうかな? ……僕も何かの役に立ったのかな……」

「ユウキさまがもし、魔族の誇りとやらに気を取られて、正々堂々などと戦っていたのなら、ブレイブはきっとユウキさまを選ばなかったでしょう」
「うん……ルシアもそう言っていた。でも僕は母親を悲しませたくないといって命乞いをする魔族の首を容赦なくねたんだ」
「魔族は家族を持ちませんよ、彼らにあるのは競争意識だけです。鉄の掟の組織だけ。どちらが強いのか……それだけです。」
「やっぱり、ルシアと同じことを言いますね」
 アイリさんは目を細め笑った。

「大聖女さまは、ユウキさまをよく理解してらしたのですね。優しくてでもとても強い方だと聞いています」
「うん、仲間の中で一番好きだった。恋をしたこともあるんです。でも、結局は別れました」
 この辺の事情はアイリさんも察していたのか、優しい瞳で僕を見るだけで、特に何も言わなかった。

 僕はもう一度、花々に目をやる。綺麗だ……とても綺麗だ。やっぱりここは天国を思わせた。
「そろそろ帰りましょうか、アイリさん」
「ええ、帰りましょう。ユウキさまのお家へ」
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