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6. 禍つもの14
しおりを挟む「もういいって言ってるのに、この調子でさ。一晩で随分心を入れ替えてくれたみたいだね」
困ったように言いながらも、その表情は穏やかで、ほっとしてるように見える。物の意思によっては、危険だと判断された物は、その心を消してしまうという。愛は、ヤヤの心を奪わずに済んだ事に、ほっとしているのだろうか。
愛だって傷ついているのに、それでも自分よりも誰かを思う愛は、やはり優しい人間だと、多々羅は愛につられるように表情を緩めた。
多々羅はヤヤに視線を戻した。その頑なな様子に、ヤヤなりに一晩中反省していたのだなと、多々羅は思いを巡らせた。ヤヤは自身が許されているなんて微塵にも思っていないのかもしれない、頭を下げ続ける姿には、必死な思いが伝わってくる。
「いくら謝っても足りません!私は自分の思いに囚われるばかりで、こんな事しても主の為になんて何一つならないというのに、皆さんを傷つけてしまいました、どんな罰もお受けします、消されるのも覚悟しています、どうか罰を与えて下さい!」
懇願するヤヤに、多々羅は驚いて膝をついた。
「いや、罰なんてさ!俺は体に変化もないし、愛ちゃんも無事だったし、君だって」
言い掛けて、震える小さな体に気付き、多々羅はその頭をそっと撫でた。
「君だって、辛かったんだもんな」
すると、ヤヤはきょとんとした様子で顔を上げた。大きな目に多々羅を映すと、その瞳は次第に潤み、ヤヤは再び頭を下げた。
「…私を止めて頂き、ありがとうございました。その言葉だけで、十分です」
そう頭を下げ続ける少年に、多々羅は堪らず愛を振り返った。
「あの愛ちゃん、この子もこう言ってるし、罰なんか、」
「罰か…そうだね、このままじゃね」
罰なんかないよね、そう言おうとした多々羅は、愛の発言に目を見開いた。
「え、そんな、罰なんか必要ですか?本人はこうして反省してる…」
立ち上がり、愛に詰め寄った多々羅だが、愛が仕方なさそうに眉を下げているのを見て、言葉を止めた。
「多々羅君は、きっとそう言うと思ってさ。それなら、キッチリ働いて貰う方が良いかもって」
「え、働く?」
「多々羅君専用の用心棒だ、ついでに、ヤヤの新たなご主人様だね」
「…は?」
愛の言葉に、多々羅は間の抜けた声を発し、ヤヤは呆然と愛を見上げた。愛は二人の顔を交互に見ると、表情を緩め、軽やかな足取りでヤヤの前に座りこんだ。
「君をまっさらにしたら、多々羅君に恨まれそうだし。取り憑かれたってのに、君を心配してるくらいだからね」
優しく紡がれた言葉に、ヤヤの瞳が潤んでいく。
「…しかし、私は危険と判断されてもおかしくない筈ですが、」
「うん、今日顔を見るまで、俺は君の心を消すつもりだった。でも、気配がまるで別人だ。だからこの先、君が禍つものになってしまったら、その責任は俺にある。もう君は、昨日までのヤヤじゃないだろ?」
愛にぽん、と優しく頭を撫でられ、ヤヤは潤む瞳を歪め、それから急いで着物の袖で涙をぐしぐしと拭いた。
「よろしいのですか?私は、このまま、私で居て許されるのですか?」
「よろしいですか、主殿」
そう、どこか面白そうに多々羅を仰ぎ見た愛に、多々羅は戸惑いに頭を掻いた。
主は、さすがにむず痒い。
「主って…そりゃ、俺は良いですけど」
言いながらも戸惑う多々羅を見て、愛が同意を求めるように用心棒達に目を向けると、彼らも表情を緩め、ヤヤを受け入れてくれたようだ。昨日と一変したヤヤの姿に、危険はないと判断したのだろう。
少し体を休めた後、一晩中、ヤヤの心に寄り添ってくれたのは、彼ら用心棒達だ。彼らが一番、それを望んでいるのかもしれない。
「ありがとうございます!」
ヤヤは、多々羅を、用心棒の皆を、そして愛へと視線を向け、それから堪えきれずに涙をポロポロと溢れさせながら、それでも嬉しそうに頭を下げた。そして、目の前の愛にもう一度頭を下げると、続けて多々羅の前に移動して膝をついた。
「主!私がいつでも側についております故!なんなりと!」
キラキラとした眼差しを向けられ、主人を迎えられた喜びを全身から溢れさせているヤヤに、多々羅はやはりむず痒い思いが込み上げてくるのを感じた。
主なんて柄じゃないから、呼び方をまず変えて欲しい。
そんな中、ふとヤヤの本当の主の姿が頭を過った。つくも神になって、禍つものになりかけるほど、主に尽くしたヤヤだ。それなのに、別の人間を主人のように接するのは、本当は嫌なのではないだろうか。
「…でもさ、本当の主は良いのかよ、その、ここに居ないとはいえさ」
そう躊躇いつつも尋ねれば、ヤヤは優しく表情を緩め、自身の胸にそっと手を置いた。
「前の主は、常にこの胸におります。私は、私を止めて下った皆さんに恩返しがしたいのです、今生きているあなたにお仕えしたいのです」
「ヤヤの力は折り紙付きだ、それなら、多々羅君が外についてきても安心だしな」
愛のその言葉に、今度は多々羅が表情を明るく染めた。
「それって、じゃあ俺は、正式にここの店員って事で良いんですか?俺、本当にここに居ますよ?」
まさかの援護射撃のような展開に、多々羅が熱量たっぷりに愛に詰め寄れば、愛はどこかふて腐れたように、ふいっと顔を背けた。
「…何言っても、どうせ居るつもりだろ。ただ、本当に危ない事だけは気をつけてくれよ、…注意を怠った俺が言えた事じゃないけど」
そんな事ない、そう口を開こうとした多々羅だが、その前にヤヤがすかさず愛の前に歩み出た。
「愛殿!ですが、そのおかげで、私は主と出会えた訳ですし!」
「アンタが言うな!」
「…言うな」
「は、はい…!」
腰に手をあてるユメと、ユメの後ろに隠れるトワ。二人が立腹する様子に、ヤヤはすかさず正座をして、頭を下げた。多々羅にはユメ達の姿は見えないが、きっと用心棒達に何か言われたのだなと、想像する事は出来た。
「…まぁ、そういう訳だ」
肩を竦めた愛に、多々羅は満面の笑顔を見せた。
「ありがとうございます!」
こうして、多々羅は宵ノ三番地の店員と正式に認められ、ヤヤが用心棒として仲間入りする事となった。
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