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9. ミモザと楓9
しおりを挟むそんなある日の事、宵の店に依頼が入った。家の中で使用人が次々と倒れているという。それが、化身の仕業ではないか確かめて欲しいというものだった。
愛は正一と共に、依頼人の家に向かった。すると、玄関前には楓の姿があり、愛は驚いて足を止めた。
この頃の愛は、零番地から受け取る仕事をメインで行い、依頼人との対話は、全て正一が行っていた。愛に任せるのは危なっかしいという思いもあっての事だろう。
現場に出向く時に、依頼人の名前や情報は共有しているが、まさか、依頼人が楓の父親だとは思いもしなかった。
楓にとっても、愛の訪問は驚いたようだ。愛は宵の仕事の話は楓にも話していたが、この当時、楓は実家を出てショパンと共に暮らしていたので、この日、愛達が家にやって来る事を知らなかったという。たまには実家に顔を出そうとやって来たら、家の中で異変が起きている事を知ったようだ。父親としては、娘に心配をさせたくないという思いがあったのだろう。
この時、楓の母親は家を留守にしていたが、それも父親の配慮だろう。もしもの時を考え、家の中には誰も居ない方が良いと判断したようで、愛達が時野の家を訪ねた時、楓も父親によって帰るよう促されているところだった。だが、事情を知って、父一人残していくわけにはいかないと思ったのか、玄関前で楓が「帰らない!」と頑張っていた時、愛達がやって来たようだ。
「あ、」
愛、と楓は名前を呼ぼうとしたようだが、すぐに父親が玄関の外へ出てきたので、それは叶わなかった。
「瀬々市さん、お見苦しいところをお見せしてすみません」
「いえいえ、お嬢さんですか?」
「はい、娘には事情を話していなかったので…今、帰しますから」
「ちょっと待ってよ!こんなんじゃ帰れないよ!」
楓は愛と正一を見て、すぐに宵の店の仕事で来てくれたのだと理解したようだ。楓としても、宵の店の実態までは聞いていないので、まさか愛が来るとは思わなかっただろう。
だが、驚いていたのも束の間、楓は援軍を得たとばかりに父親の前に歩み出た。楓としては、恋人である愛が担当してくれるなら、安心だと思ったのかもしれない。愛は、イヤリングの化身と良好な関係を築けているし、化身の扱いも心配ない、愛なら事態を収拾出来る筈だと。そんな風に思ったからか、楓は強気な態度を崩さなかった。
「プロがいるんだから、安心でしょ?私、邪魔はしないから!心配なの、人だけじゃない、この家には友達になった化身もいる」
ぎゅっと拳を握り俯いた楓に、父親は困って正一へと視線を向けた。正一は困り顔で楓へと向かうと、視線を合わせるように腰を折った。
「お嬢さん、化身は、見える人間を襲うことはあまりないだ」
「じゃあ、」と、表情を明るくした楓に、正一は力なく表情を緩めた。
「それは、見える人間が宵の店の人間で、自分達を祓う可能性があるからだ。普通の化身はそう思うものが多い。だが、既に人を襲っている化身というのは、冷静な判断が出来ないものがほとんどだ。中には賢く理性を保っているのもいるが、それはごく僅かなんだ。それだって、宵の人間ではないと見抜かれては、君が襲われる対象になるかもしれない。形振り構わず人を襲う化身から人を守るには、守る人数が少ないに越した事はない」
その説明に、楓は力なく視線を俯けた。正一が、楓を家に入れることを良しとしていない事が分かったからだ。それには、愛も同意だった。危険な事には、大事な人を巻き込みたくはない。
話によれば、この家の使用人達は、次々と原因不明の体調不良により倒れ、今も病院で入院しているという。医者にもはっきりとした原因が分からず、今は出来る限りの治療をして貰っているが、このまま目を覚まさないかもしれないと言われている状況だ。
楓の父親がその状況を見て、これは化身の仕業かもしれないと思ったのも、家族に化身が見える楓がいて、それを疑わず信じてきたからだろう。宵の店に依頼したのも、愛の仕事を知っている楓の話を聞いていて、というのではなく、元々、楓の父親が正一と仕事上で知り合いだったからだという。いつだったかの酒の席で、正一が不思議な仕事をやっていると聞いた事を思い出し、正一に連絡をしたようだ。
「楓、大丈夫だから。瀬々市さんは、とても頼りになる御方だよ。化身の事だって、プロだから理解がある。だから頼むよ、家を離れていてくれないかい」
そう切に訴えられれば、楓も反発してばかりは辛いだろう、最後は素直に頷いて引き下がった。楓の父親に促され、正一が楓に頭を下げて家の中へ入ると、愛は楓の前で一度足を止めた。それから、足元で不安そうにしているショパンを見て、愛はそっと微笑むと、その頭を撫でて楓を見上げた。大丈夫、その意味を込めて頷けば、楓も、分かったというように頷いてくれた。
「あと、化身の友達がまだ中にいるの」
「分かった、ちゃんと確認してくるから」
「うん、気をつけてね」
最後に小さく告げて、楓はショパンを連れて家を離れた。
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