マザコン王太子は悪役令息が可愛くてしかたない

蒼羽

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僕の前世の話をしよう

目覚めた僕の力

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 僕は生まれてすぐに侯爵領にある大きな教会に併設された孤児院の前に捨てられていた。

 そこは現宰相閣下が統治するキュロディアルド侯爵領でも一番栄えている領都の教会が運営する孤児院で、宰相閣下が子供が大好きで沢山の寄付を行っていた事もあって、基本的に着る物にも食べる物にも困る事無く健康的にすくすくと育った。
 掃除に洗濯、畑の世話、小さな子の世話等、皆で協力しながら暮らすのは楽しかったし、最低限の読み書きも教えてくれたから買い物で騙されたりする事も無かった。

 十五歳のある日、八歳になったばかりの孤児院の友達のヒルダと、シスターに頼まれたお使いに出掛けていた時に暴走した乗合馬車の事故に巻き込まれてしまった。
 運の悪い事に事故の衝撃で外れた車輪の部品が飛んできて、手を繋いで歩いていたヒルダのお腹に刺さってしまったのだ。

「嘘…そんな、どうしよう…誰かっ…誰か助けて!」

 目の前でぐったりとしたヒルダの手を握りながら、金属片が刺さったお腹からどんどんと流れ出て行く大量の血を見てパニックになり、僕は「嫌…嫌だ、死んじゃう…ヒルダ…ッ!このままじゃヒルダが死んじゃう!」とぼろぼろと涙を流しながら必死に助けを求めた。
 でも馬車の事故は想像以上に酷く、巻き込まれたのは自分達だけでなく馬に蹴り飛ばされた人や馬車の下敷きになっている人が何人も居て、周りは騒然としていた。

「にぃ…ちゃ、いた…いょ」
 うっすらと開いた目の焦点が合わないまま「ゴプッ…」と口から大量の血を吐く姿が恐ろしくて、ギュッと抱きしめて「助けて!お願い!ヒルダを助けて‼」と叫んだ時に、奇跡は起こった。

 身体の内側から燃える様に熱い何かが沸き上がって、風船がパァン!と弾ける様な感覚と共に身体から眩い光が放たれた。
 その直後、身体から何かがごっそりと抜け落ちる様な気持ち悪さを感じ、血塗れの小さな身体を抱き締めながら僕は意識を失ったのだった。



「ヒルダッ‼」

 意識の浮上と共に叫びながら飛び起きると、シスターのホッとする顔が見えた。

「シスター!ヒルダ…!ヒルディアーナは⁉」
「リュート、大丈夫…ヒルダは無事ですよ」
「ほ…本当…?」
「隣の部屋で眠っています、院長先生が見てくださっていますから安心して?」
「良…良かっ…ヒルダ、ちゃんと生きてるんだ…良かった…‼」

 友達が無事だった事に安心して、僕の目からはぽろぽろと涙が零れた。

「こ…怖かった…っ‼ヒルダのお腹から沢山血が出て…口からも沢山血を吐いて!ヒルダが死んじゃうって…怖かった‼」

 次々と溢れてくる涙を袖で拭いながら話すと、シスターは優しく背中を擦ってくれた。

「怖かったですね…頑張りましたねリュート、皆のお兄ちゃんとしてとても立派ですよ」

 シスターは僕の涙が止まるまで、ずっと背中を擦ってくれていた。
 次第に落ち着きを取り戻した僕を見て、シスターが頬を撫でてくれる。
 目を細めてその手の温かさにホッとしていると、何故か悲しそうな顔で笑うシスターが目を伏せて話し出した。

「リューティアスラ、落ち着いて聞いてくださいね。ヒルディアーナを助けたのは…貴方です」
「…え?」
「…貴方に、とても強い治癒の力があったのです…」
「治癒…?え?…何の事?」

 僕は、理解が追い付かない頭のまま黙ってシスターの話を聞いた。

 ヒルダに助かって欲しいと言う強い想いが、僕の中に眠っていた魔力を呼び起こして治癒の力を開花させたのだと。
 身体の内側から湧き出る様に感じた物が、眠っていた魔力の塊だったのだと。
 その魔力の塊が爆発して強い治癒魔法を発動し、眩い光となってヒルダだけでなく事故に巻き込まれて怪我をした人や瀕死の重傷だった人達をも治したのだと。
 残念ながら既に亡くなっていた人はそのまま助かる事は無かったと。

「僕に…治癒の力が…?」
「ええ、貴方は…この孤児院ではなく教会に預けられる事になりました」
「教会…?隣の?」
「…いいえ、王都にある中央教会です」

「王都…?」と、予想だにしていなかった言葉に、不安から指先がスッと冷える。
 王都はこの侯爵領から馬車で一日半掛かるし、治癒力を理由に預けられると言う事は孤児院に帰って来る事は出来ないだろう。
 
「嫌…だ、僕、行きたくない…」
「リュート、治癒を扱える者は王族が後ろ盾になってくださいますし、宰相閣下も是非後見人となりたいとおっしゃってくださっています、心配しなくても良いのですよ?」

 本来であれば、王族と宰相閣下の後ろ盾を得られるなんてとても栄誉ある事だ。
 けれど僕は…ざわざわと薄気味悪い感覚が足元から這い上がって来る様で怖くて仕方が無かった。

 何かが「危険だ、行くな」と訴えかけてくる。
 まるで破滅に導く何かが待っている様な、漠然とした不安。
 何故なのかも分からない。

「怖い…」


 治癒の力…?
 そんなもの、いらない…。
 ただここで皆と、シスターと穏やかに暮らしていけたらそれだけでいいのに…。
 十八歳になったら孤児院を出て、すぐ傍の小さな部屋を借りて、馴染みの食堂で働いて、時間が許す限り孤児院の手伝いをして暮らしていきたい。
 それが僕のささやかな将来の夢だったのに。

 

 それはきっともう、生涯叶う事は無いのだろう。
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