32 / 52
第32話
しおりを挟む
「やぁ、いらっしゃい。って、また君たちか……。こんなに頻繁に私の店を訪ねてくるなんて、もしかして暇なのかな? それとも、可愛い私に会いたくなっちゃったかな?」
店の中に入ると、あいかわらず気だるげに店番をしているドロシーがおどけた調子で俺たちを迎えてくれる。
そんなドロシーだったけど、それでも俺たちの様子が普通でないことに気付いたのか少し真面目な表情を浮かべた。
「どうしたのかしら? なんだかとても困っている様子だけど。またなにか、私に相談でもあるの? 話の内容によっては、力になってあげるのもやぶさかではないけど」
口ではそう言っているものの、その表情からはリーリアを本気で心配していることが伝わってくる。
「まぁ、そんなところだよ。ドロシーならなにか知ってるかもしれないと思って」
「なんのことかは分からないけど、知ってることなら教えてあげるわ。それで、今日はなにを聞きたいの?」
急いで歩いたことで少しだけ荒くなっていた呼吸を整えると、俺はさっそく本題を切り出した。
「実は、今日は新しくできた商品を売り込みに街中の道具屋を巡っていたんだ。だけど、どこでも冷たくあしらわれてしまった」
「それは、ある程度は仕方ないんじゃないかしら。店の方だって、商売でやっているんだから」
「もちろん、その理屈も分かるよ。だけど、その断られ方が不自然なんだ。まるで俺たちの工房を避けてるみたいに、最初は乗り気だった店主も工房の名前を聞いた途端に態度が冷たくなって」
「ああ、そういうことね……」
そこまで言うと、ドロシーはなにかを察したように小さく声を上げた。
「どういうこと? ドロシーは、私たちが避けられてる理由を知ってるの?」
興奮した様子のリーリアが彼女に詰め寄ると、ドロシーはあいかわらずのクールな態度でそれをあしらいながら答える。
「……最近、この辺りの店に妙な圧力がかかってるのよ。大手の工房から商品を買っている大きな商店どころか、私たちのようにひとりで細々と経営している小さな店までターゲットにしてね」
「圧力? それっていったい、どういうことなんだ?」
俺の質問に一瞬だけ逡巡したドロシーは、しかしすぐにいつもの調子で口を開く。
「簡単に言えば、『リーリアの工房から商品を買うな』って圧力ね。もしも逆らえば、碌なことにならないぞって脅し付きで。そんな圧力がかかっていては、面倒ごとに巻き込まれたくないと考えるのが普通の経営者の思考だわ。たとえ、圧力に屈するつもりはなくてもね」
「そんな……。いったい、誰がそんなひどいことを……」
ドロシーの話を聞いて真っ青な顔になったリーリアは、ふらついた拍子に俺の胸に倒れこんでくる。
それを優しく受け止めながら、俺はさらに詳しい話を聞くためにドロシーを見つめた。
「それはいったい誰からの圧力なんだ? どうしてわざわざ俺たちを標的に?」
「さぁ? 残念だけどそれは分からないわ。ただ、私みたいなはぐれ者の店主のところにまで圧力をかけてくるんだから、よほど大きな力が動いてると思うわ。それに、自分の影響力にそうとう自信があるんでしょうね」
「ドロシーにまでなんて……」
それを聞いたリーリアは、まるで捨てられた子犬のような表情でドロシーの顔を眺めている。
そんな彼女を安心させるためか、ドロシーは努めて明るい声で笑った。
「ふふ、安心して。私はそんな圧力程度でどうこうできる女じゃないの。そう言うのって大っ嫌いだし。そもそも私の店の商品はほとんど自社製品だし、客である冒険者にまではさすがに手出しできないはずだから」
「本当に? 信じても良いの?」
「おやおや? もしかして君は、ドロシーさんを疑っているのかな? 幼馴染で親友の私を疑うなんて、いつから君はそんなに薄情な女になっちゃったのかな。男ができると変わるって言うのは、本当のことだったのかしら」
茶化すような口調でドロシーが笑い、それにつられるようにリーリアの表情も少し明るくなっていく。
「とは言え、これは問題だよ。たかが貧乏工房ひとつを市場から締め出すためだけに、これだけの力が動いてるんだ。いったい君たちは、どんな恨みを買ったのかな?」
「恨みなんて買った覚えはない。リーリアはそんな子じゃないし、俺はそもそもこの街に来て日が浅いから」
知り合いもほとんどいないのに、どうやって恨みを買えと言うんだ。
「だけど、心当たりはあるな。と言うか、それ以外では考えられないと思う」
ドロシーの言葉を聞いて、俺の頭にひとつだけ心当たりが浮かんでくる。
「もしかして……」
そしてどうやら、リーリアも同じ結論に至ったみたいだ。
実際、考えれば考えるほどそれ以外に理由が思いつかない。
「やっぱり心当たりがあるんだね。悪いようにしないから、ドロシーさんに教えてごらん」
俺の言葉に興味を引かれるように身を乗り出すドロシー。
だけど、この話をしても良いのだろうか?
聞いてしまえばドロシーを巻き込んでしまうかもしれないし、それにリーリアだって、親友に借金のことを知られたくないんじゃないだろうか?
そんな思いから、気付けば俺は隣に立つリーリアの顔を見つめてしまっていた。
店の中に入ると、あいかわらず気だるげに店番をしているドロシーがおどけた調子で俺たちを迎えてくれる。
そんなドロシーだったけど、それでも俺たちの様子が普通でないことに気付いたのか少し真面目な表情を浮かべた。
「どうしたのかしら? なんだかとても困っている様子だけど。またなにか、私に相談でもあるの? 話の内容によっては、力になってあげるのもやぶさかではないけど」
口ではそう言っているものの、その表情からはリーリアを本気で心配していることが伝わってくる。
「まぁ、そんなところだよ。ドロシーならなにか知ってるかもしれないと思って」
「なんのことかは分からないけど、知ってることなら教えてあげるわ。それで、今日はなにを聞きたいの?」
急いで歩いたことで少しだけ荒くなっていた呼吸を整えると、俺はさっそく本題を切り出した。
「実は、今日は新しくできた商品を売り込みに街中の道具屋を巡っていたんだ。だけど、どこでも冷たくあしらわれてしまった」
「それは、ある程度は仕方ないんじゃないかしら。店の方だって、商売でやっているんだから」
「もちろん、その理屈も分かるよ。だけど、その断られ方が不自然なんだ。まるで俺たちの工房を避けてるみたいに、最初は乗り気だった店主も工房の名前を聞いた途端に態度が冷たくなって」
「ああ、そういうことね……」
そこまで言うと、ドロシーはなにかを察したように小さく声を上げた。
「どういうこと? ドロシーは、私たちが避けられてる理由を知ってるの?」
興奮した様子のリーリアが彼女に詰め寄ると、ドロシーはあいかわらずのクールな態度でそれをあしらいながら答える。
「……最近、この辺りの店に妙な圧力がかかってるのよ。大手の工房から商品を買っている大きな商店どころか、私たちのようにひとりで細々と経営している小さな店までターゲットにしてね」
「圧力? それっていったい、どういうことなんだ?」
俺の質問に一瞬だけ逡巡したドロシーは、しかしすぐにいつもの調子で口を開く。
「簡単に言えば、『リーリアの工房から商品を買うな』って圧力ね。もしも逆らえば、碌なことにならないぞって脅し付きで。そんな圧力がかかっていては、面倒ごとに巻き込まれたくないと考えるのが普通の経営者の思考だわ。たとえ、圧力に屈するつもりはなくてもね」
「そんな……。いったい、誰がそんなひどいことを……」
ドロシーの話を聞いて真っ青な顔になったリーリアは、ふらついた拍子に俺の胸に倒れこんでくる。
それを優しく受け止めながら、俺はさらに詳しい話を聞くためにドロシーを見つめた。
「それはいったい誰からの圧力なんだ? どうしてわざわざ俺たちを標的に?」
「さぁ? 残念だけどそれは分からないわ。ただ、私みたいなはぐれ者の店主のところにまで圧力をかけてくるんだから、よほど大きな力が動いてると思うわ。それに、自分の影響力にそうとう自信があるんでしょうね」
「ドロシーにまでなんて……」
それを聞いたリーリアは、まるで捨てられた子犬のような表情でドロシーの顔を眺めている。
そんな彼女を安心させるためか、ドロシーは努めて明るい声で笑った。
「ふふ、安心して。私はそんな圧力程度でどうこうできる女じゃないの。そう言うのって大っ嫌いだし。そもそも私の店の商品はほとんど自社製品だし、客である冒険者にまではさすがに手出しできないはずだから」
「本当に? 信じても良いの?」
「おやおや? もしかして君は、ドロシーさんを疑っているのかな? 幼馴染で親友の私を疑うなんて、いつから君はそんなに薄情な女になっちゃったのかな。男ができると変わるって言うのは、本当のことだったのかしら」
茶化すような口調でドロシーが笑い、それにつられるようにリーリアの表情も少し明るくなっていく。
「とは言え、これは問題だよ。たかが貧乏工房ひとつを市場から締め出すためだけに、これだけの力が動いてるんだ。いったい君たちは、どんな恨みを買ったのかな?」
「恨みなんて買った覚えはない。リーリアはそんな子じゃないし、俺はそもそもこの街に来て日が浅いから」
知り合いもほとんどいないのに、どうやって恨みを買えと言うんだ。
「だけど、心当たりはあるな。と言うか、それ以外では考えられないと思う」
ドロシーの言葉を聞いて、俺の頭にひとつだけ心当たりが浮かんでくる。
「もしかして……」
そしてどうやら、リーリアも同じ結論に至ったみたいだ。
実際、考えれば考えるほどそれ以外に理由が思いつかない。
「やっぱり心当たりがあるんだね。悪いようにしないから、ドロシーさんに教えてごらん」
俺の言葉に興味を引かれるように身を乗り出すドロシー。
だけど、この話をしても良いのだろうか?
聞いてしまえばドロシーを巻き込んでしまうかもしれないし、それにリーリアだって、親友に借金のことを知られたくないんじゃないだろうか?
そんな思いから、気付けば俺は隣に立つリーリアの顔を見つめてしまっていた。
60
あなたにおすすめの小説
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる