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第40話
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「あまり悪口は言いたくないんだけどね。イグリッサ商会はこの街では私たちグランデール商会の次に大きな商会なのさ。そして同時に、良くない噂も多い」
「良くない噂って……」
「あくまで噂程度の話なんだけどね。『気に入らない店や工房は徹底的に潰す』、『相手の弱みを握って無理やり要求を通す』、『裏で非合法の闇取引をしている』なんて本当か嘘か分からない妙な噂があるのさ。もちろん、中には妬みや嫉みからくる嘘も混ざっているだろうけど」
とは言え、火のない所に煙は立たないってね。
そう締めくくったノエラは、さらに苦虫を噛みつぶしたように表情を歪ませる。
「私たちも何度、煮え湯を飲まされたことか。そんな商会から、関わらないに越したことはないって話さ」
「なるほどな。君に銘じておくよ」
俺としてもそんなヤバいところとわざわざ積極的に関わっていく理由なんてないし、この件に関しては無視するのが一番だろう。
「そんなとことがアキラさんを引き抜きに来るなんて……。もしもまた来たら、どうしましょうか?」
「その時はまた追い返せばいいんじゃない? 俺は移籍するつもりは全くないってはっきり伝えたし、これ以上話を聞く必要もないさ」
不安そうなリーリアを安心させるために微笑んでいると、ノエラは逆に不安を煽るような言葉を発する。
「それで諦めてくれればいいんだけどね」
「おいおい、やめてくれよ。俺まで不安になるだろ」
「あはは、すまないね。だけど、用心するに越したことはないよ。さっきも言った通り、目的のためならなんだってする連中だからね」
忠告としてその言葉を受け取って、俺たちはキュッと気を引き締める。
そんな風に話をしていると、いつの間にか消えていたジェリスが再び俺たちの元へと戻って来た。
「納品物の確認は終わったぞ。これが代金だ」
「ありがとうございます。……はい、確かに」
受け取った代金を軽く確認して、リーリアは笑顔を浮かべながら頭を下げる。
「よし、それじゃあんたらはそろそろ帰りな。もう辺りも暗くなってきてるし、なんならウチの若いのに工房まで送らせようか?」
「いや、大丈夫だよ。わざわざ送ってもらうほどでもないし」
工房まではそこまで遠くないし、それになんだかノエラに借りを作るみたいで遠慮してしまう。
今さらかもしれないけど、これ以上彼女に甘えてしまうとダメ人間になってしまいそうな気がするんだ。
「それじゃ、俺たちは帰るよ。新商品の納品の件、考えておいてくれ」
「分かったよ。前向きに検討しておくから、またいつでも遊びにおいで」
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」
思い思いに別れの挨拶をして、俺たちは倉庫を後にするのだった。
────
すっかり日も暮れてしまった街の路地を、俺たちはふたり並んでゆっくりと歩いていた。
「今日もノエラさんとお話しできて良かったですね。ポーションの件も考えてくれるみたいですし」
「そうだな。イグリッサ商会についてもいろいろ忠告してくれたし、本当にありがたいよ」
教えてもらえなかったらずっと知らないままだったし、そうなるとここまで商会のことを警戒しようと思うこともなかったはずだ。
それどころか新しい商品も気に入ってもらえたんだから、わざわざ訪ねていったかいがあったというものだ。
「まぁ、そのせいで帰りがこんなに遅くなっちゃたんだけどね。……お腹空いたな」
「そうですね。じゃあ、なにか食べて帰りましょうか」
「お、いいね。この街で外食するなんて初めてだから、楽しみだなぁ。どこかおすすめのお店とかあるの?」
今日は気分がいいし、美味しい物を食べたい気分だ。
そう思ってリーリアに尋ねると、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「もちろん、任せてください! 昔からよく通ってる、安くて美味しいお店があるんです。きっとアキラさんも気に入ってくれると思いますよ」
「へぇ、それは楽しみだな。それじゃ、そこに行こうか」
「はい!」
元気いっぱい返事をしたリーリアに手を引かれて、俺たちは暗い路地を通りに向かって歩き始めた。
そうやってしばらく歩いていると、不意に人通りが途切れて周りに人が居なくなる。
そうなると路地はなんだか薄気味悪い雰囲気に満たされて、リーリアは握っている手にギュッと力を込める。
「もしかして、怖いの?」
「べ、別に怖くなんてないです……。ただ、ちょっと不安なだけで」
なんて強がりを言っているリーリアだけど、言葉とは裏腹に身体は俺の腕に抱き着くように密着している。
そんな彼女の姿を見て思わず笑みをこぼしていると、不意に正面から人影が現れた。
「きゃっ!?」
突然のことにリーリアが小さく悲鳴を上げ、俺も思わずビクッと身体を震わせてしまった。
「……ファドロ工房の奴らだな?」
フードを目深に被ったその人影は、俺たちを見て小さく尋ねる。
なんだか怪しい雰囲気の相手から守るようにリーリアの前に歩み出た俺は、警戒心を露わにしながらそれに答えた。
「俺たちになにか用か? 悪いが、先を急いでるんだ。話があるなら後日、工房の方まで来てくれ」
厳しい口調で声を掛けると、フードの男は口元だけをにやけさせる。
その姿が一瞬で動き、そして気付いた時には俺の胴に男の蹴りが炸裂していた。
「良くない噂って……」
「あくまで噂程度の話なんだけどね。『気に入らない店や工房は徹底的に潰す』、『相手の弱みを握って無理やり要求を通す』、『裏で非合法の闇取引をしている』なんて本当か嘘か分からない妙な噂があるのさ。もちろん、中には妬みや嫉みからくる嘘も混ざっているだろうけど」
とは言え、火のない所に煙は立たないってね。
そう締めくくったノエラは、さらに苦虫を噛みつぶしたように表情を歪ませる。
「私たちも何度、煮え湯を飲まされたことか。そんな商会から、関わらないに越したことはないって話さ」
「なるほどな。君に銘じておくよ」
俺としてもそんなヤバいところとわざわざ積極的に関わっていく理由なんてないし、この件に関しては無視するのが一番だろう。
「そんなとことがアキラさんを引き抜きに来るなんて……。もしもまた来たら、どうしましょうか?」
「その時はまた追い返せばいいんじゃない? 俺は移籍するつもりは全くないってはっきり伝えたし、これ以上話を聞く必要もないさ」
不安そうなリーリアを安心させるために微笑んでいると、ノエラは逆に不安を煽るような言葉を発する。
「それで諦めてくれればいいんだけどね」
「おいおい、やめてくれよ。俺まで不安になるだろ」
「あはは、すまないね。だけど、用心するに越したことはないよ。さっきも言った通り、目的のためならなんだってする連中だからね」
忠告としてその言葉を受け取って、俺たちはキュッと気を引き締める。
そんな風に話をしていると、いつの間にか消えていたジェリスが再び俺たちの元へと戻って来た。
「納品物の確認は終わったぞ。これが代金だ」
「ありがとうございます。……はい、確かに」
受け取った代金を軽く確認して、リーリアは笑顔を浮かべながら頭を下げる。
「よし、それじゃあんたらはそろそろ帰りな。もう辺りも暗くなってきてるし、なんならウチの若いのに工房まで送らせようか?」
「いや、大丈夫だよ。わざわざ送ってもらうほどでもないし」
工房まではそこまで遠くないし、それになんだかノエラに借りを作るみたいで遠慮してしまう。
今さらかもしれないけど、これ以上彼女に甘えてしまうとダメ人間になってしまいそうな気がするんだ。
「それじゃ、俺たちは帰るよ。新商品の納品の件、考えておいてくれ」
「分かったよ。前向きに検討しておくから、またいつでも遊びにおいで」
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」
思い思いに別れの挨拶をして、俺たちは倉庫を後にするのだった。
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すっかり日も暮れてしまった街の路地を、俺たちはふたり並んでゆっくりと歩いていた。
「今日もノエラさんとお話しできて良かったですね。ポーションの件も考えてくれるみたいですし」
「そうだな。イグリッサ商会についてもいろいろ忠告してくれたし、本当にありがたいよ」
教えてもらえなかったらずっと知らないままだったし、そうなるとここまで商会のことを警戒しようと思うこともなかったはずだ。
それどころか新しい商品も気に入ってもらえたんだから、わざわざ訪ねていったかいがあったというものだ。
「まぁ、そのせいで帰りがこんなに遅くなっちゃたんだけどね。……お腹空いたな」
「そうですね。じゃあ、なにか食べて帰りましょうか」
「お、いいね。この街で外食するなんて初めてだから、楽しみだなぁ。どこかおすすめのお店とかあるの?」
今日は気分がいいし、美味しい物を食べたい気分だ。
そう思ってリーリアに尋ねると、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「もちろん、任せてください! 昔からよく通ってる、安くて美味しいお店があるんです。きっとアキラさんも気に入ってくれると思いますよ」
「へぇ、それは楽しみだな。それじゃ、そこに行こうか」
「はい!」
元気いっぱい返事をしたリーリアに手を引かれて、俺たちは暗い路地を通りに向かって歩き始めた。
そうやってしばらく歩いていると、不意に人通りが途切れて周りに人が居なくなる。
そうなると路地はなんだか薄気味悪い雰囲気に満たされて、リーリアは握っている手にギュッと力を込める。
「もしかして、怖いの?」
「べ、別に怖くなんてないです……。ただ、ちょっと不安なだけで」
なんて強がりを言っているリーリアだけど、言葉とは裏腹に身体は俺の腕に抱き着くように密着している。
そんな彼女の姿を見て思わず笑みをこぼしていると、不意に正面から人影が現れた。
「きゃっ!?」
突然のことにリーリアが小さく悲鳴を上げ、俺も思わずビクッと身体を震わせてしまった。
「……ファドロ工房の奴らだな?」
フードを目深に被ったその人影は、俺たちを見て小さく尋ねる。
なんだか怪しい雰囲気の相手から守るようにリーリアの前に歩み出た俺は、警戒心を露わにしながらそれに答えた。
「俺たちになにか用か? 悪いが、先を急いでるんだ。話があるなら後日、工房の方まで来てくれ」
厳しい口調で声を掛けると、フードの男は口元だけをにやけさせる。
その姿が一瞬で動き、そして気付いた時には俺の胴に男の蹴りが炸裂していた。
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