ゾンビばばぁとその息子

歌あそべ

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悪魔のようなかあさん

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たよ子ばあさんは、寝たきりにもならず、酸素マスクも必要とせず、平気な顔して生きていた。
1人で大丈夫や
何でもできる
と言うけど、食べることの他はほとんど何もしようとせず、テレビの前のソファの椅子に座っていた。
朝は勝手に起きて入れ歯を入れて、勝手に食パンをトースターで焼いて食べていた。
お昼と夜は、真由美が作った食事をぺろりと完食した。
だけど、どうしてもお風呂には入ろうとせず、2週間が過ぎた。

おかあさん、お風呂入ったら?
長いこと入ってないでしょ
入ったら?気持ちいいよ
一緒に入る?
真由美がそう言っても、

なんや、うるさいな~
毎日シャワー浴びてんねん、もういいわ
と言うばあさん。

嘘ばっかり
もう2週間も入ってないやん

シャワーも浴びず、お風呂にも入らず、着替えもしようとしないたよ子ばあさん。

おかあさん、服は着替えた方がいいって
同じ服ばかり着てるやん

そんなことない。きのう着替えたばかりや
なんでかまうんや
えらそうに!

そうなん、それならいいよ
ずっとそれ着とけばいいやん!
あー臭っ!なんかもう臭いのに!

なんや、なんでそんなにいじめるんや
邪魔ばかりして全然助けてくれへんくせに
かん高い大声で文句を言うたよ子ばあさん。

たよ子ばあさんはいい洋服をたくさん持っている。
以前はすごくおしゃれだったのに、なんでこんなになっちゃったのか。

今たよ子ばあさんが着てるベージュの長袖は、汚れてもはや元々の色がわからなくなっちゃってるし、ズボンも何かをこぼしたのかシミだらけだ。


なんか悲しくなるわ
おかあさんのためを思って言ってるのに
台所で夕食の後片付けをしながら、真由美は誠に愚痴をこぼした。

もう、ほっとき
何言ってもあかんで
と言う誠。
夕べもな、夕食食べたすぐあとにパン食べようとしててな
また食べるんか
て言うたらな、
何が悪い
朝から何も食べてへんのや
あんたら何もしてくれへんやんか
って喚くんや
大きな声でな

誠は本当にたよ子に育てられた記憶がない。
若かった頃のたよ子は育児放棄をしていて、息子を育てようとしなかったから、誠は父親の両親に預けられた。
誠の祖父母は可愛がってマコトを育ててくれた。

いまさらなんで何もしてくれなかった母親の面倒をみないといけないのか、訳わからないと誠は言う。
だけど、父は早くに死んでしまったし、他に身寄りもなく、もう1人では暮らせなくなった母親は、一人息子の誠が引き取るしかなかった。

ほら、ばあさんまた何か食べるつもりやで
誠と真由美が2人で夕食の後片付けをしていると、たよ子ばあさん、テレビの前から立ち上がって台所にやって来て、冷蔵庫を開けてごそごそしてる。そして、
何もない、何もないわ
とつぶやき、テーブルの上にあった食パンを1枚取り出し、トースターに入れた。
何か食べるわ、朝から何も食べてへんのや

またそんなこと言ってる
冷蔵庫にはお肉も魚もあるし
料理して食べればいいやろ
だいたいあんた、さっき夕食食べたばかりやで
ちらし寿司食べたやろ
と誠が言ったら、
よう言うな
嘘ばっかり
あんたら食べたかもしれんけど、かあちゃん何も食べてへん
朝から一口も食べてへんで
あんたら何もしてくれへんやろ
何も助けてくれへん
と言うばあさん。

大きな声でそんなこと言ったら近所に丸聞こえやで
何も食べさせてくれへんとか、人聞きの悪い
何してやっても何も覚えてへんのやな
と誠が言うと、

よう言うわ
ほんとにあんた何もしてくれへんやろ
邪魔ばかりして!

と喚き散らすたよ子ばあさん。
腹が立って、真由美は思わず大声をあげた。
もうやめて!
お昼も晩も、ちゃんと栄養のあるおかず作って出してる
お風呂も入れてあげるって言ってるやん!
こんなに世話してるのに、なんでわからんの!

そうやろ、腹立つやろ
俺なんか生まれてこのかた何もしてもらってへんで
ご飯も作ってもらった記憶ないんや
何もしてくれへんって、こっちのセリフやろ
どういうつもりやろな
と嘆く誠。

何もしてくれない母親なのに、息子はよくそんな鬼母に尽くした。

たよ子ばあさんは長いあいだ一人暮らしをしていたけど、何かあると息子の誠を呼び出した。
部屋の蛍光灯が切れたとか、リモコンが効かなくなったとか…
たよ子ばあさんの通院の度にクルマで連れて行ってたのは誠だ。

だいたい、あの日死にかけてたたよ子ばあさんを救ったのは誠だ。
たよ子ばあさんは1人息子の誠のために何もしなかったのに、誠はたよ子ばあさんを助け、今は同居して面倒をみている。

だから、
あんたは何もしてくれへん
それを聞くと、真由美は腹が立ってしょうがない。

何回おかあさんを病院に連れて行った?
毎月お金も渡してたよね?
何か助けて欲しいことがあったらすぐに誠さんを呼びつけてたくせに
誠さんは今までかあさんのために色々やってきたでしょ!
それなのになんでそんなこと言うの?!

ダメだ。
興奮してこんな大声あげて。
ほんとに近所に響き渡ってるかも。
ばあさんをいじめて虐待してると思われたら大変!
真由美はそう思って我慢しようとしたけど、たよ子ばあさんはあまりにも憎たらしすぎる。
たよ子ばあさんは、
ふん!と言って、トーストを皿に乗せて、テレビの前に行ってしまった。

ばばぁ、ほんと、悪魔だ!
でもこの声は心の中に留めておかないといけないんだ。
おかあさんは病気なんだから。
真由美はそう考えるようにして、自分を抑えるしかなかった。

なんでおかあさんはあんなことを言うのか。
息子にこんなに世話になっているのに、
何もしてくれへん
邪魔ばかりする
って…

自分が息子のために何もしなかったから後ろめたさがあって、その裏返しなのか。
自分は色々息子の面倒みてやった。
何もしないのは息子の方だ。
そう思いたくて、認知症の力を借りて記憶を書き換えてしまったのか。

仕方がない。
そんな憎たらしいばあさんでも、面倒をみないと。
いくら食べさせてやっても食べさせてくれないと言うばあさん。
それでも、食べさせて飢え死にさせないようにしないと。
夫婦2人なら面倒な時は簡単にすます時もあった。
でも、このばあさんにはちゃんとおかずを数品揃えるようにしていた。

その日も真由美は栄養のことも考えて夕食を作った。
おかあさん、夕食できたよ!
おかずは、焼き魚と焼き茄子とサラダ。
それに味噌汁。
トレーに乗せて、ばあさんの前に置いた。

はぁ、ありがと
とたよ子ばあさん。
一応ありがとって言ってくれるんやね。

次の瞬間、サラダが皿ごと飛んできた。
真由美の顔に、スライスしたきゅうりが1枚張り付いた。
ゴマドレッシングがついてたからうまく額に張り付き、皿は床に落ち、サラダは床に散乱した。

しまったー
ばあさん、きゅうりが苦手だったのに、うっかりサラダに入れちゃったー

まいる~
なんか泣けてきた。
真由美は、泣きながら額についたドレッシングまみれのきゅうりを剥ぎ、床に散乱したサラダを拾った。

ばあさんは知らん顔して焼き魚を食べてる。
なんか、ちょっと凶暴になって来たかな?
ともかく、きゅうりは決して与えてはいけない。

そして…

そんなたよ子ばあさんは、だんだんと汚れて異様な臭いを放つようになっていった。

なんとも言えない臭いよね
ほんとやな
腐ったような臭いやな
それに食べてばかりいるのにあんなに痩せて
どうなっとるんや

だけど、何も言うことを聞かず、ただ怒っているたよ子ばあさんをどうすることもできず、ただ放置するしかないのだった。

そしてある日、たよ子ばあさんは家を抜け出そうとした。

ガチャガチャ、ガチャガチャ
夜中、玄関で音がする。
不眠症で遅くまで起きている真由美がそれに気付いて玄関に行ってみると、たよ子ばあさんは玄関のドアを開けようとしていた。

おかあさん!どうしたの?
近寄って真由美が聞くと、

ちょっと行かなあかんところがあるんや
でも、開かんのや
なんでやろ
開けてえな

どこ行くん?今、夜中やで
と言っても

行かなあかんのや
なんで開かんのや!
と騒ぐたよ子ばあさん。

だめだって!
もう知らんわ、勝手にして
と真由美は言って、2階の寝室に上がった。

なんや?
何騒いでるんや
誠が目を覚ました。

おかあさん、どこか行くって玄関のドア開けようとしててん
夜中やしだめって言っても言うこと聞かないし

よかったな
もう1つ鍵つけといて

こんなこともあろうかと思って、内側からはもう一つ鍵をかけられるようにしたのだ。

どうせ開けられへんやろうからほっとけばいいで
言うこと聞かんし
寝ような
誠はそう言って、すぐまた寝てしまった。

なんでやー
開けてくれー
なんで開けてくれへんのや!
ほんまに何もしてくれへんな
何も助けてくれへん!

ばあさんはしばらく喚き続けていた。


  続く…
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