アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第3章 街道の盗賊団

街道の盗賊団 5

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 山間にぽっかりと口を開けた洞窟。
 おそらくは鍾乳洞しょうにゅうどうだろう。
 盗賊団の根城とおぼしき場所だ。

「これは、なかなか厄介だねー」

 遠望したセシルが肩をすくめてみせる。
 見張りが立ち、せわしなく盗賊どもが出入りしていた。
 セシルとナイルが歩哨を倒した翌日のことである。
 おそらく死体が発見されたのだろう。
 にわかに動きが慌ただしくなってきた。

「迷ったら終わりってのは、さすがにな」

 ナイルが頷く。
 天然の洞窟というのは、人間が意図しない形に形成されてゆく。
 出入り口がここだけとは限らないし、内部の構造など、居住している盗賊たちだって把握し切れていまい。
 つまり、内部に入りこんでの戦いは危険だということである。

「となると、やっぱり」
「待ちの一手しかないってことだな。地味なことだ」

 小声で交わす会話。
 距離にして百メートル以上は離れているが、無意味に騒いで良いことなどひとつもない。

「ここから、ちくちくと嫌がらせ攻撃をするって手もあるけどねー」
「具体的には?」
「あたしの矢だと、発射地点がばれちゃうかもだから、ナイルの魔法ー」
しんなるかぜで見張りを殺すか」
「や。もっと派手なのが良いかなー 紅蓮ぐれん魔手ましゅのが良いかも」

 やたらと痛々しいネーミングの魔法は、ナイルの超能力である。

 真なる風とは、真空の刃を撃ち出すもの。
 紅蓮の魔手とは、パイロキネシス。

 他にも、よこしまなる拘束とか、不可視の魔弾まだんとか、かなりアレな感じの技名をつけた。
 もちろん理由がある。

 精神魔術というのは研究者が少なく、当然のように研究もあまり進んでいない。
 無詠唱はともかく、発動言語カオスワードなしでの発動は、少しばかりまずい。
 魔族だと思われる可能性もあるからだ。
 かつてのナイルがそうだったように。

 そこで、セシル、マルドゥク、ナイルの三人は知恵を絞り、無詠唱の高度なオリジナル魔法、という体裁にしたのである。
 できるだけ仰々しく、かなりキラキラした感じに。

「紅蓮の魔手か……あまり人間には使いたくないんだけどな」

 火焔魔法と類似したパイロキネシス。
 見た目のインパクトはあるが、人が燃えるシーンというのは、見ていて気持ちの良いものではない。

「んにゃ。ここで一人二人倒しても意味ないから、威嚇でいいー ほら、あたしと初めて会ったときに使った、火柱あるじゃんー」
「ああ。あれか。名前もまだつけてないけど」
「なんかかっちょいい名前を、つけちゃおうー」
「火炎柱でよくね?」
天穿つ焔の槍フレイムピラーにしようっ」
「またそれ系かよ……」
「かっちょいいっ」
「たまにセシルのセンスが判らなくなるよ」

 苦笑しつつ、洞窟の前に立つ見張りを注視するナイル。
 入口の前はちょっとした広場になっている。
 盗賊たちが草を刈ったのだろうが、そこで転がれば火は消せる。
 間違って髪や服に引火しても致命傷にはならないことを確認して、力を使う。
 次の瞬間。

 見張りの足元から火柱が吹き上がった。
 絶叫とともに尻餅をつく盗賊ども。
 が、服にも髪にも火は着いていない。
 炎の方がうまく避けたのだ。

「おおう……かなり細かくコントロールできるぞ……これ」
「日頃の鍛錬が役に立ったねー」

 阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図と化している洞窟前を見ながら、二人が笑みを交わす。
 アジトを攻撃したのは、場所を知っているぞ、という表明だ。

 これを定期的に繰り返せば、盗賊どもの精神を削ることができるだろう。
 長いことではない。
 一昼夜もやれば、盗賊団の首魁は決断しなくてはならなくなる。
 このままじわじわと削られるか、全滅覚悟で打って出るか。

「あるいは、勝算なしと見て降参するかー」
「するかねぇ?」
「しないんじゃない?」
「だよな。そんなに往生際が良いやつが、盗賊なんかに身を落とさないよな」

 これだけのことをしでかしたのだ。捕まれば極刑しかない。
 経験者であるナイルの言葉には、充分な苦みがある。

 彼自身が救われたのは、逮捕したのがセシルであったという幸運による部分が大きいのだ。
 今回も同じ。
 もしこの時点で、盗賊どもが武器を捨て、這いつくばって許しを請うたなら、赤毛の少女は、サリス伯爵に口を利いてやるくらいのことはするだろう。

 それによって命が助かるかまでは、なんともいえないところだが、奴隷に落とされるくらいで済むかもしれない。
 そう考えるナイルだった。
 もちろん彼は、セシルの心の動きには気付かない。
 なにしろセシル自身が気付いていないくらいなので。

「さって、どう出るかな」

 ぺろりと上唇を舐める少年。
 盗賊団は追い込まれた。
 これ以降、時間をかければかけるほど状況は悪くなってゆく。
 どう打開しようとするか。

 その答えが出たのは、数分後のことである。
 頭目らしき屈強な男が洞窟の前に姿を現す。
 剃り上げた頭、筋骨隆々な体つき、だが、偉丈夫いじょうふと称するには無理があった。
 男の見た目ではなく、行動が。

 彼は鎖を持っており、それは二人の女性の首へと伸びていたから。
 首に鎖が巻き付けられた裸の女。
 暴行の後も生々しい姿で、よたよたと広場に引き出される。

「取引がしたい!」

 男の声が、森の中に木霊する。




「……ジャニス……シシリィ……」

 ぎり、という歯ぎしりとともに、ナイルの耳道にセシルの声が滑り込んだ。
 慌てて振り返った黒い瞳に映ったのは、すでに弓を構えている相棒の姿だった。
 聞こえたのは歯ぎしりの音ではない。
 弓弦を引き絞る音だ。

「人質がいる可能性。そういえばそんなのもあったわね」

 平坦な台詞。
 鎖に繋がれている二人の女性はセシルの知己だ。

 銀糸蝶の構成メンバーである。
 そこまで親しいわけではないが、数少ない女冒険者同士、幾度か食事や酒宴をともにしたことがあった。

「ナイル。きみは逃げて」

 紅の瞳に炎を燃やし、一方的に告げる。
 触れれば切れそうな硬質さだ。
 本気で怒ったとき、セシルはこういう状態になるのかと、こんな場合だがナイルは奇妙なおかしみを感じたが、新発見を喜んでいる場合ではない。
 ゆっくり手を伸ばし、紅い頭を撫でる。

「落ち着け。セシル」
「あたしはおちついてるよ」
「落ち着いてるやつは、無言で弓なんか構えない」
「…………」
「まかせろ。何をするにしても、まずはあの女性ひとたちを解放してからだ。人質にされたままじゃ何もできない」

 ぽんぽんと軽く頭を叩いてやる。

「……年下のクセに」
「たまには頼り甲斐のあるところを見せないと、クビになっちまうからな」

 不器用にウインクし、盗賊たちを見据える。
 きん、と、かん高い音を立て、女性たちを拘束する鎖が断ち切れた。
 驚く賊ども。

「何を差し出して命乞いするつもりだ? 薄汚れた犯罪者ども」

 響き渡るナイルの声。
 前後左右、すべての方向から。

 音の伝導率を操っているのだ。真空の刃を操ることに比べたら、手すりに掴まって歩くようなものである。

「この女どもの命が惜しかったら……!?」

 蛮刀を抜いた頭目が目を見張った。

 人質たちが、ふわりと宙に浮かんだのである。
 力無く両手で胸を隠してうずくまる女たちが、見えない繭に包まれているかののように、すっと移動してゆく。
 呆然と立ちすくむ盗賊ども。

「女がどうしたと?」

 あざけりを含んだ声が響く。
 声だけなので盗賊には判らないが、ナイルはものすごく必死な形相である。
 荷車を押すのとはわけが違う。

 人間二人を完全に浮かせ、そのまま移動させているのだ。
 サイコキネシスで。
 使う力も、コントロールも、鍛錬とは段違い。しかも失敗は許されない。
 自失から脱した盗賊ともが女を取り戻そうと動く。

「セシル……切り離し成功だ……安全圏に飛ばすまで援護を頼む」

 脂汗を流し、相棒にだけやっと聞こえる声で依頼する。

「了解っ」

 声とともに放たれる矢。
 人質に掴みかかろうとした盗賊の首を貫いた。

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