アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第3章 街道の盗賊団

街道の盗賊団 6

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 二の矢、三の矢。
 続けざまに放たれ、射られたのと同じ数だけ山賊が倒れる。

 絶倫ぜつりんの技量だが、状況は良くない。
 矢を射てしまえば、こちらの場所が知られてしまう。
 そして敵の方が、まだまだ数が多い。

 六本目の矢を放ったところで、セシルは遠距離からの攻撃を諦め、短弓と矢筒を投げ捨てた。
 これで、二対三十。

「二対四十より、ずっと勝算が高いってもんよっ」

 腰の隠しから竜爪刀ドラグファングを抜き放ち、木立の間から躍り出る。

深紅くれない夜叉公主おにひめの名を怖れぬ者から、かかってきなさいっ!」

 叫びとともに。
 その異名を耳にしたことがある者がいたのだろうか、ほんの一瞬、動揺する盗賊たち。
 砂時計からこぼれ落ちる砂粒の数が数えられそうな、わずかな時間だ。

 しかし、この局面で一瞬を失うのは、永遠を失うに等しい。
 駆け抜けざまに振るわれる短刀。

 紅の疾風が二歩も三歩も先に進んだ後、首の動脈を断ち切られた盗賊が噴水のように鮮血を吹き上げながら倒れた。

 もちろんセシルは、哀れな盗賊の末路など見てもいなかった。
 さらに加速して、次の相手に襲いかかっている。

 水平に薙ぎ払われる山刀。
 大きく跳んで回避した少女。
 空中で一回転して右の踵落とし。
 のけぞって避けようとした盗賊の脳天から股下へと、ブーツの先に生えた刃が切り裂いた。

「二人目っ」

 着地と同時に前転して、振り下ろされた山刀を空振りさせる。
 転がりながら閃く左手。
 飛針という棒状の暗器が、盗賊の両目に突き刺さった。
 響き渡る絶叫。

「三人っ」

 ばんと地面を叩いて起きあがり、突きかかってきた賊の攻撃を紙一重で避けながら右手を突き出す。
 竜爪刀に肝臓を貫かれた男がセシルにすがりつき、血泡を吹きながら、そのままずるずると崩れ落ちた。

「これで、四人、と」

 返り血で半面を染めた少女が微笑する。
 圧倒的な迫力。
 物理的な痛みすら感じて、盗賊どもがじりじりと後退した。

「もう終わり? 深紅の夜叉公主と踊ろうって馬鹿は、もういないの?」

 笑みを絶やさぬまま睨みつける。
 恐怖を感じつつも、盗賊たちは何とか踏みとどまっていた。
 数の差があるから。

 押し包んで、地面に引き倒してしまえば、小柄な娘のひとりくらいなんとでもなる。
 だが、引き倒すまでに犠牲になるであろう何人かに、自分が入りたくないから突撃を躊躇うのだ。
 逡巡する盗賊たち。

 一人の首が、ごろりと落ちた。
 またしても吹き出す鮮血。
 いつやられた?
 きょろきょろと周囲を見まわす。
 セシルはもちろん正解を知っているが、わざわざ教えてやるつもりなどなかった。

「俺の分の獲物は、まだ残ってるかい?」

 声とともに茂みから現れる影。
 一目で魔法の品物マジックアイテムと判る美々しい長衣ローブをまとう黒髪の魔法使い。
 もちろんナイル。

 ゆっくりと進む少年に気圧され、盗賊どもが距離を取ろうとする。
 セシルから注意を逸らすという愚を犯して。

 この状況で隙に付け込まないほど、赤毛の女冒険者は甘くも温くもない。
 たん、と踏切り、近くにいた盗賊を二人ほど血祭りにあげる。

 棒立ちだった賊どもが、ようやく戦闘中なのだと思い出したときには、さらに四名ほどが冥界の門をくぐっていた。
 セシルの竜爪刀とナイルの真なる風によって。
 危なげなく合流し、背中合わせになる少年と少女。

「のこり十九。魔力は?」
「ちょっときつい。人質助けるのに力を使いすぎた」

 互いの耳にだけ聞こえる会話。
 顔には酷薄な笑みを貼り付けたまま。
 戦闘開始から数えて十五人ほどほふっているが、まだまだ敵の方がずっと多い。
 セシルの体力もナイルの魔力も、わりと限界が近い。

 良くない状況である。
 人質がいたことが計算外だった。
 いまさら嘆いても詮無せんなきことではあるが。

「どうする? セシル」
「いつものアレで」
「アレって上手くいったことって、あったかなぁ」
「うっせー たまには上手くいくんだよー」
「今回が、そのたまにであることを祈るぜ」

 ぼそぼそと手早く作戦をまとめる。
 ふ、と息を吐き、セシルが冷たい目を頭目に向けた。

「まだやるか? 鼠賊そぞくども」

 良く通る声。
 女性ゆえやや高いので迫力がいささか足りないが、ここまでの戦闘ですっかり腰の引けている盗賊たちには充分だろう。

「まあ、全員が死なないと俺の要求がかなえられないというなら、それはそれでかまわないが」

 ナイルが続ける。
 そもそも要求など何ひとつしていない。

 いつものアレ。
 すなわち、舌先三寸である。

 適当な言葉で煙に巻き、降伏させて捕縛するのが目的だ。
 ぎらぎらとした目で睨みつける頭目。
 捕まれば死罪。それは周知の事実だが、このままでも殺されるだけ。

「どうする? ここで死ぬか。我らの慈悲にすがり、神妙しんみょうにお縄につくか」
「選べよ。そんなに難しい問題じゃないだろ?」

 少年の言葉が酷薄に響く。
 今死ぬのも後で死ぬのも同じ、と、自棄になられるのがじつのところ一番困る。
 降伏すれば、命だけは助けてもらえるかもしれない。
 そういう希望を抱かせることが肝要だ。

 ただし、あまり熱心に降伏勧告をおこなうと、こちらがもう戦いたくないと思っていることがばれてしまう。
 そのあたりの兼ね合いが苦心のしどころだろう。

「ど、どうせ殺されるんだっ だったら……」

 なお戦意を失わない盗賊が、なにか喚こうとする。
 しかしかれは最後まで言い切ることができなかった。
 側頭部から矢を生やし、漂白された表情で倒れ込む。

 セシルの攻撃でもナイルの魔法でもない。
 盗賊たちも驚いたが、セシルとナイルも驚いた。

 しかし、戦士は顔に出してはいけないというマルドゥクの教えの元、無表情を保つ。
 ここでしなくてはいけないのは、今の攻撃を最大限に交渉に役立てることだ。
 ちらりとナイルと視線を交わし、セシルが大声を張り上げる。

「まだ交渉中だ! 攻撃は控えよ! 決裂したらいくらでも射ってよし!!」

 ひどいハッタリだ。
 矢を放ったのはこちらの味方だと、いちはやく宣言してのけた。
 盗賊の誤射の可能性も、第三勢力の可能性も、まだ残っているのに。
 むろん極小単位のものではあるが。

 いずれにしても、誰が射たのかをセシルは知らない。
 知らないが、これを奇貨として主導権ヘゲモニーを確定させてしまう。

「話が逸れたな。さあ選べ。降伏か闘死か。どちらでも歓迎してやろう」

 半月をかたどるセシルの唇。
 覗いた八重歯が、愛くるしさよりも禍々しさを印象づける。
 数瞬の沈黙。

 無言のまま、頭目が蛮刀を捨て、地面に跪いた。
 のろのろと続く盗賊ども。
 どうやらこれで戦闘終了のようである。

「ナイル」
「ああ」

 セシルの指示を受け、少年が腰に提げたロープ束を外した。
 盗賊たちを拘束するためである。




「ジャニス。きみの仕業だったんだね」

 盗賊たちを縛り上げたのち、弓を捨てた場所へと戻ったセシルが見たもの。
 血が流れる胸をおさえて、凄絶せいぜつな笑みを浮かべる褐色の髪の女と、その肩を抱く金髪の女だった。

「私だって冒険者の端くれよ。あまり舐めないで」
「べつに舐めてないけどさー 無茶すぎるでしょ」

 なんとこの女冒険者は、セシルが捨てた弓矢を拾って盗賊を攻撃したのである。
 降伏の呼び水となる素晴らしい一撃だったが、セシルが言うように無茶すぎる行動だ。

 弓矢というのは全裸で扱うものではない。
 まあ、全裸で振るうことを前提とした武器というのは少ないだろうが、女性の場合は、とくに弓はまずい。
 弦で胸を切ってしまうのである。
 だからこそ胸当てなどで保護するのだ。

「でも、ありがと。助かったよ」

 腰のポーチから軟膏を取り出し、ざっくりと切れた豊かな右胸に塗ってやる。
 ゆっくりとだが傷口が塞がってゆく。

「お師匠さん特製の傷薬だから、傷跡は残らないと思うけど。良かったね。乳首が取れちゃわなくて」

 並のポーションなどよりはるかに高い効果を誇る竜の霊薬ではあるが、さすがに欠損部位の復元はできない。

「ちょっと……生々しいこと言わないでよ……」

 丁寧に説明するセシルに、ジャニスが嫌な顔をした。


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