アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第3章 街道の盗賊団

街道の盗賊団 8

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 漆黒くろ放浪魔導師ソーサラー

 ナイルに奉られた異称である。
 彼自身が言ったように、セシルの添え物というのが近いだろう。

「深紅の夜叉公主」と「漆黒の放浪魔導師」。

 赤と黒だ。
 ただ、この二つ名が付いたことで、少年に恩恵もあった。

 功をもって罪を償わせるというのは、エオスに古くからある考えだが、盗賊団の討伐で、ナイルは正式に罪を許され、晴れて魔術協会の協会員として迎えられる運びとなった。
 しかも世界でもほとんど存在しない、精神魔術使い。

 魔法使いメイジを飛び越えて、いきなり魔導師ソーサラーの称号を贈られる。
 十五歳の魔導師。
 魔術協会タイモール支部では最年少記録で、アイリン王国においても同様である。

「なんとまあ……」

 称号とともに協会より贈られた魔法使いの杖メイジスタッフを眺め、感心するというより呆れるナイルだった。

 もちろん彼は、自分の実力のみが評価された結果でないことを知っている。
 サリス伯爵から強力な推薦があったのだ。

 厳正中立をうたい文句とし、どこの国にも肩入れせず、どこの国からの圧力にも屈しないとされている協会だが、そこはやはり人間の集団である。
 名誉欲も権力欲もある。

 数年の間に立て続けに功績を立て、侯爵の位階も射程に収めていると噂されるサリス伯爵とよしみを通じておきたい者はいくらでもいる。
 そもそも各国の宮廷魔術師だって、協会から派遣されるのだ。

 コネクションを正しく結ぶことによって、協会としても就職先が確保され、状況によっては拡大する可能性を秘めている。
 まして、竜王の弟子たる深紅の夜叉公主のパートナーだ。
 恩を売っておいて損はない。

 さまざまに政治的な思惑が絡み合った結果として、黒髪の少年は魔導師の末席に名を連ねることとなった。

「尋常なものではないにせよ、出世は出世じゃ。もう少し喜んだらどうじゃ? ナイルよ」

 通りを流れる歓声を聞き流しながら、マルドゥクが視線を向ける。

「喜んではいるよ。マルドゥク。ただ、いまひとつ実感が湧かないだけで」

 なにしろ魔法学校にすら通ったことのない身だ。
 いきなり魔導師といわれても、戸惑うばかりである。

魔導師まどうしだけに、まどうしっ なんちゃてー」
「…………」
「…………」

 セシルの冗談で空気が凍った。

 店長の肩に手を置き、ゆっくりと首を振るナイル。
 なにも言わず、ずずとお茶をすするマルドゥク。

「お願い……せめてなんか言って……無言が一番つらいよっ」
「ともあれ」

 ナイルが咳払いした。
 出世だ出世だと喜んでばかりもいられない事情もある。
 身分でメシは食えない。

 魔導師になったところで、魔術協会から銅銭一枚の給料がもらえるわけではない。
 むしろ協賛金という名の上納金を支払わなくてはならないのだ。

 べつに定価があるわけではなく、義務というわけでもないのだが、これを協会に入れないと、非常に立場が弱くなる。
 貧乏だの吝嗇けちだの噂されるのだ。

 ちなみに魔導師の称号を持つ者の場合、協賛金の相場は年間に金貨三百枚ほど。
 ナイルがセシルにしている借金より多い。

「初年分をどうやって払うか、考えるだけで頭が痛い」

 住み込みゆえ、ナイルの給料は安いのだ。
 どのくらい安いかというと、この数ヶ月で借金を金貨一枚分も返せていないくらいに安い。
 もっと具体的にいうと、給料と呼べるほどの額ではなく、せいぜいが小遣い銭ていどだ。
 衣食住が保証されているため、仕方がないことではあるが、とても金貨三百枚など捻出できない。

「何かと思えば、そんなことを悩んでおったのか」
「そんなことてな。マルドゥク」

 異論を申し立てようとするナイルを、幼女が右手を挙げて制した。

「我が愛弟子の門出に際して、祝いのひとつもせぬと思うてか?」
「そだよー 不肖の弟弟子ー 協賛金は十年間免除だよー」
「えぇ!? なんで!?」
「弟子を取り立ててくれた礼としての。背中を掻いていたときに落ちた我の鱗を二十枚ほどと、爪研ぎをしていたときに落ちた古い爪をセシルに届けさせたのじゃ。老廃物をありがたがる人間がいるらしいでな」
「黄金竜のドラゴンスケイル……」

 思わず息を呑むナイルだった。
 彼が着ている竜衣の比ではない。
 竜鱗といえば、グリーンドラゴンやブルードラゴンのものだって、莫大ばくだいな値がつく。
 ドラゴンロードたるゴールドドラゴンの鱗など、逆に貴重すぎて値段などつけられないだろう。

「んで、上納金がわりにって渡したら、協会の人が泣いて喜んでたよー」
「そりゃそうだろうよ……」

 それを素材として、どれほどのマジックアイテムが作れるか判らない。
 二十枚も鱗があれば、伝説のドラゴンスケイルアーマーだって作れちゃうだろう。

「ばっちいだけだと思うのじゃがな」
「そこは価値観の違いですねー」
「つーか、普通に鱗を売って、その金から上納金を払った方が、ずっと安くついたんじゃないか? それ」
「嫌じゃ」
「嫌じゃて……」
「ナイルのためと思えばこそ、あんなゴミを焼き払わずにセシルに渡したのじゃ。研究機関の魔術協会にくれてやるなら、まだなんとか、ぎりぎり我慢もできるが、金に変えるなど絶対に嫌じゃ」

 むうと頬を膨らませ、腕を組む幼女である。
 よわい千年を超える竜王とは思えない可愛らしさだった。

 このときナイルの脳裏に浮かんだのは「ブルセラショップ」という単語。
 妙齢の女性の使用済み下着などが高値で取引されるいかがわしい店だ。
 気にせず売る娘もいるのかもしれないが、女性の多くは忌避感があるだろう。

「たしかに、それは嫌かもしれないな」

 妙な納得をしてしまうナイル。

「何を考えたのか想像もつかぬが、納得してくれたようでなによりじゃ」
「あと残るのは、論文提出くらいのもんじゃないー?」
「それもあったか……」

 セシルの指摘に、少年がげっそりした。
 論文など書いたこともない。
 地球世界に生きていた頃から考えても、レポートすら提出したことがない。
 底辺より少し上という程度の平凡校出身で、大学にも進学していないからだ。試験はすべて一問一答式。論述試験も受けたことがないのである。

「どんなことを書けば良いんだべ……」
「普通は、新発見した魔法とか、使用法の応用論とか、そのへんだよー」
「新発見……応用……」

 ぜんぜんぴんとこなかった。

「ナイルの場合はさっ 自分自身が新発見みたいなもんだからっ」

 べしべしと相棒の肩を叩く赤毛の店長。
 褒められていないことだけは判る。
 ナイルが半眼で見つめた。

「俺は珍種ですとでも書けと?」
「そーじゃなくてー こんな精神魔術があるよってのを紹介すればいいじゃんー」

 そもそもほとんど研究の進んでいない分野である。
 どんな種類の力があるかすら解明されていないのだ。

「でも、セシルは発火能力のことを知ってなかったか?」
「あたしは特別だって言ったじゃん。宮廷魔術師から聞いたことを少し憶えていただけだよー」
「なるほど……」

 ひとつの国の宮廷魔術師ともなれば、その知識量は半端なものではない。
 幼い頃からそういう知識に触れる機会がセシルだからこそ、瞬時にナイルの力の正体に気付いた。

「じゃあ能力紹介でも書くか……」
「かっちょいい技名つきでっ」
「それは書かないぞ? 万が一、正式名称になってしまったらどうするんだ」

 紅蓮の魔手とか、真なる風とか、天穿つ炎槍とか、そういうやつだ。
 さすがに恥ずかしすぎる。

「ところで汝ら。客が近づいておるぞ」

 きゃいきゃいと騒いでいる弟子たちに警告するマルドゥク。
 もちろん、辞書的な意味での客ではない。
 すっと真顔に戻ったセシルが気配を探る。

「一人、ですね? お師匠さん」
「そうじゃな。よほど自信があるのか。それともただの馬鹿か。さて、どちらじゃろうな」

 少女が薄く笑った。
 ほぼ同時に、セシル商会の扉が開く。
 ちりん、と、ドアベルが鳴った。

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