アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第3章 街道の盗賊団

街道の盗賊団 9

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 入ってきたのは若い男だった。

「貧乏くせえ店だな。ここが最年少ソーサラーさまのねぐらかよ」

 失礼な言葉とともに、じろじろと店内を見まわす。
 年の頃なら二十歳を少し超えたくらいだろうか。
 金髪で、ブレストプレートを身につけ、ブロードソードを腰に提げている。

 わりと立派な装備だが、立ち居振る舞いはだらしない。
 かなり良く言って、街のチンピラという風情だ。
 席を立とうとしたナイルを右手で制し、セシルが男に歩み寄った。

「いらっしゃいー なにかお探しかなー?」
「こんな店に欲しいもんなんかあるかよ。なんだこの品揃え」

 無遠慮に陳列してあった小剣ショートソードを掴む。
 そしてそのまま陳列棚に戻した。
 舌打ちとともに。
 にぱっと笑うセシル。

「床にたたき付ける、とかゆー流れじゃないんだねっ」

 まさにそういう流れだと思っていたナイルが目を丸くしている。
 その耳にマルドゥクが口を寄せた。

「気をつけよ。ナイルよ。道化じみた振る舞いじゃが、かなりできるぞ。あやつ」

 つまり、チンピラっぽい行動は演技だということだ。

「その剣は、刀匠とうしょうのアイザルスが修業時代に打ったやつだよー まだ銘も入れられない時代の練習作だけどねー でも名工の片鱗が見えてるでしょ?」
「…………」

 沈黙する男。

「雑には扱えないよねー」
「……あんたは何者だ?」
「しがない商店主だよー」
「……軽口を……」
「にはー へったな演技で素性を隠してるような人には、教えてあげないのだー」

 にこにこと笑っているが、ナイルにはまるで鍔迫り合いのように思えた。
 隙を見せたら喉笛を咬み裂かれる。
 すっと男が姿勢を正す。
 隙なく美しい直立姿勢。

「アイリン王国軍第二近衛隊。テリオス・クレッツェンだ」

 右手を胸に当てる騎士の礼。
 王や貴人に向けたものではなく、同僚などにみせるものだ。

「はじめまして。セシル商会の店長、セシルです」

 赤毛の女冒険者も口調を改めた。

「……やはり貴殿がナトラ紛争の英雄か……こんな少女だったとはな」

 応えず、優雅な仕草でテーブルへと誘う少女。
 ナイルとマルドゥクが立ちあがって一礼した。
 疎略そりゃくに扱って良い相手ではない。
 王国の騎士というのはサリス伯爵とはまた違った意味で雲の上の存在だ。

「パートナーのナイルと、妹のマリィです」

 ごく簡単な紹介。
 もちろんマリィというのはマルドゥクの偽名だ。
 さすがに竜王マルドゥクと名乗るわけにはいかないから。

「では、ご用件をうかがいましょうか。騎士さま」

 微笑するセシル。
 茶番の始まりである。




 テリオスと名乗る騎士が持ち込んだ依頼。
 大仰おおぎょうにいうと、王国に迫る危機を解決して欲しい、というものだった。

 急速に力をつけた隣国のオルト王国が、アイリン王国への侵攻を企てているという。
 その一環として、各地で盗賊団を装った略奪行為を繰り返しており、王国軍は対応に追われている。
 ひとつひとつは小さな事件だが、積み重ねられた人的物的な損害はかなりにのぼる。

 なにしろ正規兵とは異なる戦い方をするのだ。
 精強を誇るアイリン軍も、思うような戦果をあげることができない。
 このまま無様な失血を続けた、弱ったところに侵攻されたら、まともな迎撃戦すら展開できずに敗北するだろう。
 王国首脳部の頭を悩ませていた。

 そんなおり、わずか二名で盗賊団を壊滅させた勇者の話が王都に届く。
 ひとりはナトラ紛争の英雄、深紅の夜叉公主。
 もうひとりは十五歳という若さで魔導師の称号を得た、漆黒の放浪魔導師。
 この二人なら、あるいは陰謀の地下茎を一刀両断できるのではないか。
 そう考えて使者を送った。

「というのが、表向きの事情だねー」

 焼き菓子を頬張りながらセシルが言う。
 テリオス卿が辞去したセシル商会は、ナイルの魔導師就任祝いから一転、作戦会議の場とかした。

 依頼を受けるか、断るか。
 重大事ゆえ即答は致しかねる、という名目で、王国騎士には数日の猶予をもらってある。

「表があれば裏があるって道理だな」
「だねー 王国に迫る危機ってやつの信憑性は、現時点では確かめようもないんで、保留にするけどさー」

 問題はそこではない。
 王国騎士の最初の態度は、どう考えても依頼しようという人間の行動ではない。
 初対面の状態から、こちらの気分を損ねてどうするというのか。

「けど、それは演技だったんだよな。セシル」
「まね。でもそーすると、そんな演技をする理由がわかんないのさっ」
「俺たちの為人ひととなりを試すために?」
「そこさっ なんで試す必要があんのんっ」

 危機が深刻で、しかも至近に迫っているなら、そんなことをしている余裕はない。
 最初から情理を尽くして説得しようとするだろう。

「むう……あれで怒る程度の人材はいらない、とか」
「よゆーあるじゃん。したら、わざわざこんなちっちゃい商会に話をもってくる必要ないっしょ?」

 ナイルの言葉に両手を広げてみせるセシル。
 最年少ソーサラーとナトラ紛争の英雄、たしかに端から見て優秀だろう。
 だが、たとえばナイルにしてもソーサラーの末席に名を連ねたばかり、彼より優秀な魔導師などいくらでもいる。

 セシルだって同じだ。
 彼女以上に有名な英雄だって数多い。
 頼るなら、まずはそちらを頼るだろう。
 わざわざ回りくどい試し方をしてまで、セシル商会に依頼をかけるというのはちょっとおかしい。

「となれば、あの男の言動に裏はない、という結論になるかの」

 さして興味もなさそうにマルドゥクが告げる。
 視線で問いかけるナイル。
 軽く頷き、幼女が自説を開陳した。

 王国の首脳部には焦りがある。ゆえに広く人材を募ろうとした。
 しかし、誇りある騎士たちにはそれが面白くない。
 まして、あのテリオスという男は若くして近衛騎士に抜擢されたのだろうから、プライドだって高いだろう。
 そんな彼が、地方領に店を構える貧乏くさい小さな商会に、頭を下げて頼み事をする。
 潔しとするはずがない。
 むしろ怒らせて交渉を決裂させ、あいつらは話にならない、との報告を持ち帰るのが目的だったのではないか。

「めんどくさいな……だったら最初から会わないで、適当に報告だけすれば良いじゃないか」
「ナイルや。騎士とは本来、面倒くさいものじゃよ」

 薄く笑うマルドゥク。
 誇りを胸に誓いを守るのが騎士だ。
 そこまで愚直な生き方をするナイトは少ないだろうが、やらないでやったことにする、というほど、ものぐさなナイトもまた存在しない。

「責任とプライドがせめぎ合った結果としてあの態度だった、と考えれば、筋は通るじゃろう」
「筋は通りますが、疑問は残りますねー」

 セシルが腕を組んだ。
 情報が少なすぎる。
 テリオスの語った内容だけを基準に判断するのは危険だ。

「せめてイリューズさまから情報をもらえたら良いんですけど」
「無理じゃろうな。調査自体はじめたばかりだろうし、何か掴んだとしても、我らに教える義理はないからの」

 いかなる陣営にとっても、情報というのは命綱である。
 それゆえにこそ、命がけで奪い合われるのだ。

「話を総合すると、胡散臭い依頼だから受けない、という結論か?」

 右手で下顎を撫でながら、ナイルが確認した。

「できればそうしたいけど無理だろねー」

 王国からの依頼を断るなど、できようはずもない。

「だよな」

 ふ、と肩をすくめてみせる少年。
 地球で愛読した小説群の主人公たちは、どんなしがらみも無視して、生きたいように生きていた。

 現実世界でできないことを体現するように。
 憂さを晴らすかのように。

 好き勝手に振る舞い、なのに周囲からは評価され、信奉され、愛される。
 やることなすこと上手くいき、すべてに結果がついてくる。
 つらい現実を、ほんのひととき忘れるための娯楽だ。
 そんな都合の良い世界など、どこにもない。

「魔導師の称号を得たって、なんも変わらないってか」

 力を持っても、地位を得ても、どこまでいっても上には上がいる。

「そそ。英雄と呼ばれたって、なんも変わんないのさー」
「せちがらい世の中だよ」
「まったくだね。仕方がないから王都に行くとしますかね。番頭さんや」
「あいよ。合点承知だよ。店長さん」

 笑みを交わすセシルとナイルだった。

 
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