アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第4章 ふたつの王都

ふたつの王都 1

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 アイリン王国の王都アイリーン。
 花の都の異称を持つ、きらびやかな街。

 人口は数十万を数え、しかも年々増加しているという。
 旅人たちが、あまりの華やかさと暮らしやすさに心奪われ、そのままこの街を終の棲家としてしまう。
 アイリーン酔い、といわれる現象だ。

 嘘か本当か判らないが、それが年間百名以上いるらしい。
 丁寧に説明してくれる騎士テリオスだったが、セシルもナイルもほとんど聞いていなかった。
 バカみたいに口をぽかんと開けて、街並みの立派さと人通りの多さに見入っている。

 群都タイモールのざっと十倍。
 ナイルが生まれ育った寒村などとは、比べるのが失礼なほどだ。

「すげー……」
「あ、ナイル。いまあの店に入った人、エルフじゃない?」
「ま、まじかっ!?」
「耳とがってたっ」
「うっそっ 俺も見たかったっ」
「追いかけちゃうっ?」
「もちろんっ」

 走り出そうとする少年少女の襟首を、むんずと掴むテリオス。

「失礼な真似をするなって」
「なにいってんのよテオっ エルフだよっ エルフっ」

 じたばたとセシルが暴れる。
 五日も一緒に旅をすれば、親和力もあがるというもので、かなり打ち解けた。
 愛称で呼ぶほどに。

 もちろん、物怖じしないセシルの特性という要素もあるだろう。
 つられるように、ナイルやマルドゥクも王国騎士と仲良くなってしまった。
 商売人としては得難い資質だ。

「亜人が珍しいわけでもあるまいし……」
「なにその都会人的な発言っ はらたつーっ」

 襟首をつままれて持ち上げられてしまったので、がすがすとセシルがテリオスのすねを蹴る。

「いてっ いてっ っぶねっ!?」

 慌てて手を離す。

「おまっ いま刃を出そうとしただろっ」

 セシルのブーツ。
 右爪先には刃が仕込まれており、出し入れ自在だ。

「ち」

 解放され、すちゃっと地面に降り立つ少女。

「舌打ちしたなっ」
「めんどくせー男だなぁ。テオは。せっかく花の都アイリーンにきたんだから、観光くらいさせてよっ」
「目的を忘れるなよっ」

 物見遊山ものみゆさんの観光旅行ではない。
 まずは王城に向かわなくてはならないのだ。

「え?」

 セシルがきょとんとする。
 なんでそんなことを言われたのか判らない、という顔だ。

「ナイル。マリィ。あたしたちの目的ってなんだっけ?」
「観光?」

 と、ナイル。

「グルメツアーじゃな」

 と、マルドゥク。

「おまえらなぁ……」

 がりがりと頭を掻くテリオス。

「冗談だよー けど、城に登る前にちゃんと宿屋に泊まって、旅の垢を落とした方が良いと思うよー」

 セシルがくすくすと笑った。
 あまりに汚い格好で王城に赴くのはまずい。
 近衛騎士の案内があるので、追い返されるという事態にはならないだろうが、礼儀も弁えない田夫野人いなかものだと軽く見られてしまう。

 これから交渉事に臨むというとき、わざわざ不利な状況を作る必要はないのだ。
 こざっぱりと身支度を整え、きょうされた料理をがっつかない程度に腹の調子を整える。

「そのくらいはしておかないとねー」
「気を使いすぎだろ」
「判ってないねっ 王城なんてもんは、形式と虚飾でできてんのよっ 近衛騎士様っ」
「ぬう……」

 市井の冒険者にさとされ、腕を組んでしまうテリオスだった。
 セシルの出自を知るナイルとマルドゥクが、なまあたたかく見守っている。




 アイリン王マシアス二世という人物は、容姿の面で異常を感じさせない人物だった。
 取り立てて偉丈夫ということもなく、かといって貧相というわけでもない。
 適度の引き締まり、適度に肉の付いた四十代半ばの男である。

 謁見の間。
 赤い絨毯にひざまづき、頭を垂れるセシル、ナイル、マルドゥクの三名。
 店長を先頭にして、他の二人は一歩さがった位置だ。

「遠路ご苦労であった」

 流暢な大陸公用語で話しかける王。
 セシルは返事もせず、姿勢も崩さない。
 まだ発言の許可がでていないからだ。

 王宮のような場所では、ごく些細なことでも不敬罪に問われる。
 ちなみに不敬罪というのは、殺人などよりずっと重い。人を殺すより、王に対して非礼を働く方が、ずっとずっと重い罪なのである。
 まあ、イナカモノということで多少は大目に見てもらえるかもしれないが、わざわざそんな可能性を試す理由もない。

「セシルとやら。面を上げよ」

 豊かなバスが響く。
 ゆっくりと少女が顔をあげてゆく。
 が、王の顔を直視することなく胸の当たりで視線を止める。

「初めて御意を得ます。マシアス陛下。ご尊顔を拝し、これに勝る喜びはありません。セシル商会のセシルでございます」

 緊張に声をうわずらせることもなく、朗々と響くセシルの声。

「ナトラ紛争の英雄は、噂に聞くよりずっと若いな」
「お耳汚しでございました」

 応えるのはセシルのみ。
 ナイルとマルドゥクは一言も口を利かず、顔も上げない。

 命じられていないためである。
 玉座にあるのは至尊の冠を戴く人物だ。

 問われたこと以外に応えてはいけないし、勝手に発言することも許されない。
 堅苦しいことではあるが、そもそも公式の場というは、堅苦しいものである。

「そういう作法も知らなくて非礼を咎められ、ぶち切れて王族を皆殺しにする、なんて作品もあったな」

 目線を絨毯に向けたまま、ナイルが内心で呟いた。
 ひどい話だ、と、こんな場合だが奇妙なおかしみが湧く。

 自分流を押し通そうとして咎められ逆ギレ。
 そりゃあ現実世界に行き場をなくして当然だ。

 民主主義、法治国家を謳う日本だって、厳然と上下関係は存在する。
 形式が必要な場で形式を守れないなら、どんな会社の入社試験だって合格できないだろう。

「聞けば、王都の入ったのは一昨日だというが、すぐには登城とじょうしなかったな。英雄どの」

 王が問いかける。

「御意」

 セシルの返答は短い。

「理由を聞いても良いかな?」
「私がテリオス卿と知己を得たのは、タイモールの城下町でございました」

 事情を四捨五入して説明をはじめる。

「ともに王都まで旅をしたのですが、きょうとは街に入ったところで別れました」
「ほう?」
「その際、卿は私に仰いました。一段落ついたら、ぜひ家を訊ねて欲しい。大きな家だからすぐに判る、と」

 微笑みとともに告げる。
 抜いた、と、ナイルは思った。

 腰の竜爪刀ではない。謁見の間である。身に寸鉄すら帯びていない。
 赤毛の少女が抜いたのは、言葉の剣だ。
 あえて冗談を交える。
 それは踏み込みにも似て。

「大きな家か。恥ずかしい限りの陋屋あばらやだがな」

 王も冗談で切り返した。
 受けて立とう、という意味だろうか。

 絨毯に目を落としたナイルに、白刃を打ち合わせる王とセシルの姿が幻視される。

 王宮があばら屋であるなら、セシル商会など家畜小屋以下だろう。
 だが、ストレートにそれを口にしては、ひがんでいると解釈され、かえって王の機嫌を損ねる可能性もある。

「あまりに大きい家でしたので、これは担がれたのだと思い、引き返そうとしたのでございましたが」

 柔らかな微笑を浮かべるセシル。

「テリオスめは、最後まで身分を明かしていなかったのだな。困ったやつだ」

 王が笑う。
 秘密任務であるがゆえ、当初テリオスはセシルに名乗らなかった。
 その部分に配慮した言上である。

「しかし解せぬな。テリオスめにたばかられたと思ったのに、そなたは城を訪ねてくれたのか?」
「はい。約束は約束でございます。もし間違いであれば、私が門兵の方々に二、三度殴れるだけで済みます。ですが、本当のことだった場合には、私は友たるテオ……テリオス卿との約束を違えることになってしまいます」

 友や約束という言葉を、殊更ことさらに強調する。

 勝負どころだ。

 信義に篤く、自分の身よりも友との約束を大切にするような義侠心ぎきょうしんある人間ととってもらえるか、市井の冒険者風情が生意気だと思われるか。

 じっと少女を見つめるマシアス王。
 赤毛の小柄な少女。
 なぜ彼女が英雄となり、領主からも信頼されるのか、判った気がした。

「テリオス……いや、テオであったな。あやつは良き友をもったようだな。正直、少しばかり羨ましいぞ」

 優しげな言葉が紡がれる。
 吉と出た。
 会心の笑みを隠し、頭を垂れるセシル。

「もったいないお言葉にございます」

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