アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

文字の大きさ
上 下
30 / 54
第4章 ふたつの王都

ふたつの王都 3

しおりを挟む

「じゃ、じゃあ、ナイルの竜衣は……」
「ああ。マルドゥクの皮だ」
「セシルの竜爪刀は……」
「お師匠さんの爪だねー」

 かすれた声で訊ねるテリオスに、いともあっさり応える二人。

「くっ」
「や、なんで悔しそうなんだよ」
「俺もほしいっ」
「お師匠さんにいうと怒られるよー 老廃物加工するなってー」

 マルドゥクの背で雑談を交わす三人。
 夜陰に紛れた飛行。
 秋から冬へと季節が移り変わりつつあるなか、気温はかなり低いが、背の上はそよとも風が吹かない。

「前も思ったけど、羽ばたいて飛んでるわけじゃないんだな。ドラゴンって」
「魔法で飛んでるんだってさー」

 マルドゥクの体長は三十メートルほど。
 両翼は七十メートルほどもあるが、飛行中ほとんど翼を動かすことはない。
 姿勢制御や方向転換のために軽く動かす程度だ。

「灯りが見えてきたぞ」

 前方を指さすテリオス。
 月明かりの下、セシルが地図を確認した。

「飛び立ってから二時間。そろそろオルトの王都だねー」

 王都アイリーンからオルトの国境まで徒歩で十日。そこからオルト王都まではさらに五日。

 距離にするとざっと六百キロほどだ。

 それを二時間で踏破してしまうのだから、竜の翼は一日に千里を翔るという伝承も、あながち間違ってはいない。

「一度通過して、反対側から王都に入ろうー」

 もちろんアイリン王国の人間だと思われないための小細工である。
 効果があるかは判らないが、気休め程度にはなるだろう。

「そのあたりは任せる。リーダーはセシルだしな」
「だめぢゃん近衛騎士」
「というよりナイルは、俺の指揮とセシルの判断、どちらを信じる?」
「当然のように後者だな」

 べつにテリオスが無能だとは思わない。
 思わないが、どっちを信じるかと問われれば、もちろんセシルだ。
 こればかりは仕方のないことである。

「ちなみに俺も同じだ。どう考えても俺よりセシルの方が切れるからな」
「それで良いのか近衛騎士……」

 男たちがくだらないことを言っている間にも、マルドゥクが高度を下げてゆく。
 着陸したのは、オルトの王都からやや離れた森だ。

 木々を倒さぬよう、ぎりぎりまで高度を下げた状態で変身する。
 空中に投げ出される三人。
 なかなか常識はずれな行動だが、動揺するほど可愛げのあるような連中ではない。

 ナイルは精神魔術で、セシルとテリオスは身体能力を駆使して、宙に浮かんだり木を伝ったりしながら地上に降り立つ。
 そして近衛騎士が幼女状態になったマルドゥクを抱き留めた。

「うむ。ご苦労」
「は。光栄の極み」
「テオ。その言葉遣い、王都に入ったら直さないとだよー」

 物見遊山に訪れた外国の商人の娘セシルと、その妹のマリィ。
 護衛の冒険者であるテオとナイル。

 街に入るには、そういう設定を使う。
 依頼人相手とはいえ、あまり丁寧すぎる言葉を使っていては奇異に思われるだろう。

「しかし……竜王さまに失礼な口をきくのは……」
「ナイルのようにため口で話せというのではない。ほどほどに丁寧にしておけばよいのじゃ。テオは顔立ちも上品ゆえ、見栄えがするじゃろう」
「どうせ俺はイナカモノですよ」

 王都で生まれ育ったテリオスと寒村生まれのナイル。
 そりゃ差だってつくだろう。

「では、マリィさま、と」
「なのに姉のあたしが呼び捨てっておかしくないー?」
「おかしくない」

 断言したりして。
 なかなかめんどくさいナイトである。

「いいけどさ。くれぐれもぼろを出さないでね?」
「任せておけ」
「不安しかないぞ。俺は」

 セシルとテリオスのやりとりに、やれやれと肩をすくめるナイルだった。





 オルト王国というのは、べつに特筆するようなこともない普通の国だ。
 軍事国家というわけでもないし、極端な恐怖政治を敷いているわけでもない。
 過去、幾度もアイリン王国と矛を交えているが、これは隣り合う国同士であれば珍しくもないことである。

 どこのどんな国だって、隣国のもつ利権や財貨を狙っているものだからだ。
 国王はユハイムという人物で、年齢は五十代の半ば。
 若くはないが、とくに老齢ということもない。
 名君ではないが、とりたてて暗君というわけでもない。

 むしろ民にとってはありがたい人物像だ。
 なまじ才気に溢れて野心と向上心のある君主だと、なかなか民は平和に生きられないから。

 風向きが変わったのは二年ほど前。
 ユハイムが病に倒れ、摂政せっしょうのサトリスなる男が実権を握ってからだ。
 次々と新たな政策が打ち出され、オルト王国に空前の富をもたらした。

 斬新な農地改革。
 軍事教練の充実。
 商工業のドラスティックな再編。
 技術革新に、教育制度の導入など。

 当初は非難も浴びたが、サトリスは武断的な処置で断行した。
 結果、オルトは二年の間にめざましい発展を遂げ、国力も増大してゆく。
 隣国アイリンに、戦を仕掛けることができるほどに。

「という触れ込みなんだけど、どーだろーねー」

 王都を散策しながら、セシルが肩をすくめた。
 たしかに栄えてはいるのだろうが、あまり雰囲気が良くない。

「なーんかいびつな気がするんだよねー」
「だろうな。経済格差のせいだと思う」

 腕を組んだナイルが応える。
 情報収集を兼ねて、ふたりで街に出たのだ。
 マルドゥクとテリオスは、宿でくつろいでいる。
 まあ、なにかと目立つ二人なので、あまり偵察任務には向かないから。

「けーざいかくさ?」
「富める者はますます富み、貧しい者はいつまでも貧しく。というやつさ」
「ふぅん?」

 相棒の言葉に、判ったような判らないような顔をする少女。
 人間の経済が貨幣によって回り始めると、多かれ少なかれそういうことになってゆくものだ。
 ただ、オルトの場合は急激すぎる。

「たとえば、産業革命後のイギリスみたいにな」
「え? なに?」

 耳慣れない単語に、少女がきょとんとした。
 ごく薄くナイルが笑い、セシルの赤毛を撫でる。

「えー なんでいま子供扱いされたー?」
「いや、セシルが知らなくても当たり前なんだ。こいつは、どうも俺の領分だからな」
「どういうこと?」
「たぶん、摂政のサトリスってのは、日本からの転生者か転移者だ」
「……ふむ」

 頭上の男の手をとり、なぜか手を繋ぐスタイルになるセシル。

「なんだ?」

 ナイルがちょっと照れたりして。
 そして、がっちり指関節を極められる。
 複雑に絡み合ったふたりの指。
 感じるのは愛ではなく、激痛だ。

「あだだだだっ!?」
「年下のクセにー なまいきだー」
「さーせんっ ゆるしてくださいてんちょうっ おれるおれるっ」
「罰としてー このまま散歩しようー」
「ひぃぃぃっ」

 一歩歩くごとに激痛が走る。

「たとえばー ここをこうするとー」

 くにくにと動く少女の指。
 掌のつぼを刺激しつつ、指関節が締まってゆく。

「あひぃっ!?」
「気持ちいいけど痛いというー 謎の攻撃ー」
「謝るからもうやめてーっ」
「もう子供扱いしない?」
「絶対しないっ」
「しかたないにゃー」

 極められていた関節が解放されるが、手は繋いだままだ。
 ちょっとでも機嫌を損ねたら、また関節技サブミッションをかけられる、ということだとナイルは解釈した。

 店長さんの頭を不用意に撫でてはいけない。
 憶えた。

「じゃー 解説よろしくー」

 握った手を元気に手を振りながらセシルが大通をねり歩く。

「俺が読んでいた物語だと、けっこうよくある展開なんだ」

 異世界に転生なり転移なりして、現代日本の知識を使って、街や国を富ませてゆく。
 たいていは何もかも上手く運ぶのだ。
 軋轢あつれきも生まれず、国は栄え、主人公は民から無限の感謝をされる。

「ふーん?」

 胡乱うろんげなセシルの表情。
 彼女の見るところ、オルトの民が、全員サトリスを称揚しょうようしているようには思えなかった。
 むしろ貧困にあえいでいる者の方が多いように感じる。

「当然のことなんだ。それは」
「そうなの?」
「ああ」

 手を繋いで歩きながら、杖を持った左手である看板を指す。
 酒場だ。
 長い話になると察したセシルが、軽く頷いた。


しおりを挟む