アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第4章 ふたつの王都

ふたつの王都 5

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 徴募ちょうぼ事務所で騒ぎがあった。

 その報を受けて飛んできた騎士が見たものは、見事な竜衣ドラゴンローブをまとった少年である。
 係官が、慌てて城に使いを走らせたのも頷ける。

 手にした魔法使いの杖メイジスタッフには、ソーサラーの称号を持っていることを示す刻印。
 どう考えても、一介の下級役人が処理できる範囲ではない。
 ほうと大きく息を吐いた騎士が、ゆっくりとした歩調で近づく。

「失礼。魔導師どのとお見受けする。自分はオルトの騎士、ケプフォード」

 堂々とした名乗り。
 ローブをまとった少年が、軽く黙礼した。

「ナイルという。つい先日、魔導師になったばかりだ」

 ざわりと周囲がどよめく。
 なんでソーサラーがこんなところに、などと、ひそひそとした会話も聞こえてくる。

 冒険者連中にも、ごく少数だが魔法使いメイジは存在する。
 だが、魔導師ソーサラーとなると話は別だ。
 魔導師を五人ほども抱えていれば、その国は国際社会でかなり大きな顔をできる。

「そちらの方は?」

 セシルに視線を向ける騎士。
 にこにこと笑いながら少女が手を振る。

「妻だ。魔法使いではないが、戦う術は心得ている」
「ほう……?」

 胡乱げな顔を騎士が向けた。
 背も低いし体も小さい。
 魔導師のパートナーとして旅をできるほどの勇者には、とても見えない。

 一方的にナイルという魔導師が守っている、という関係だろうか。
 妻といっていたし、あるいはこの女を人質にするだきこむことで、ナイルを完全に取り込めるかもしれない。

 騎士の思考を読んだかのように、黒髪の魔導師が苦笑する。

「俺と妻は同門でな。師の名は、マルドゥク」

 周囲のざわめきが最高潮に達する。
 目を見張る騎士。
 黄金竜マルドゥクの薫陶くんとうよろしきを得た英雄の噂。
 それはオルトにまで届いている。
 燃えるように真っ赤な髪の女戦士。

「深紅の夜叉公主……だと……?」
「最近は、その名前は使ってないよー 風のセシルって呼ばれる方が好みかなー?」

 若い魔導師だけでなく、二年前のナトラ紛争の英雄だ。
 騎士が大きく息を吸う。
 望外の幸運である。
 このふたりを城に連れて行けば、紹介者として彼の名も大いに上がるだろう。

 アイリンの間諜かんちょう、という可能性を一瞬だけ考えたが、こんな有名人にスパイなど務まらない。
 そもそも夜叉公主は、すべての栄誉を固辞して、野にることを望んだと聞いている。

「お二方には、ぜひ城へ。我が主に会っていただきたい」

 軽く頷くナイルとセシル。
 だが、その後で二人が交わした会話は、およそ英雄とは思えないものだった。

「なんとか仕官できたらいいな」
「そーお? あたしは旅暮らしも嫌いじゃないよー」
「嫁がいる身で、ふらふらはできないだろ」
「年下のクセになまいきー」
「お前に苦労をかけないくらいの給料がもらえればなぁ」
「にゃはははー あたしは金のかかる女だよー 具体的には月額金貨十五枚ー」
「それだけもらえれば、二人で慎ましく生活はできるか」

 聞いていた者たちが頭を抱えている。
 もちろん騎士も。

 なんだこの庶民的すぎる会話。
 金貨十五枚など、ちょっと金のある労働者の給料だ。
 英雄と魔導師の報酬として、ありえる額ではないだろう。

 こいつらニセモノなんじゃないか、と、思った者もいるが、魔術師の杖メイジスタッフは偽造できるようなものではない。
 すばやく周囲を観察し、視線を交わすナイルとセシル。
 予定通り、充分に目立つことができたようである。




 二人が案内されたのは、謁見の間ではなかった。
 飾り気のない執務室だ。
 来客用の椅子で待たされることしばし、部屋の主と思われる人物が入ってくる。

 官服をまとった無髭むぜんの若者。
 年の頃なら、セシルと同じか少し上くらいだろうか。
 体つきは細い。鍛えて引き締まっているというより、貧弱な印象だ。

「待たせたな」

 口を開く。
 流暢な大陸公用語だが、やや型どおりというか、冷たい印象があった。

「お初にお目にかかります。摂政閣下」

 席を立ち、丁寧に頭を下げるセシル。
 無言のままナイルも続いた。
 摂政がじっと少女を見つめる。
 美貌に見とれていた、というには、やや不自然な視線。

「私の顔に何かついていますか?」

 微笑しながらの問いかけ。
 はっとした摂政も笑う。

「目が二つに鼻が一つに口が一つ」
「おお。それはまるで怪物ですね。セシルと申します」

 冗談に冗談を返した自己紹介。
 王というわけでもないので、多少はくだけた態度だ。

「僕はサトリスだ」

 身振りで着席を促し、対面に座する摂政。

「セシルというのか。本名か?」

 性急で、しかもけっこう失礼な質問である。
 いくら流れ者とはいえ、英雄と異名を取った人物にするようなものではない。
 微笑みを崩さないセシル。

 イエスともノーとも答えない。
 丁重な無視、という態度である。

 相手の非礼を咎めるのではなく、ごく穏やかに話題の転換を願っているのだ。
 宮廷の舞踏会などで用いられる作法のひとつで、この状態でしつこく問いつめると野暮な人間と見なされてしまう。

「……失礼」

 こほんと咳払いする摂政サトリス。
 なぜか懐かしむような仕草だった。

「深紅の夜叉公主だったな。我が国に仕えたいという話だったが」

 真っ直ぐにセシルを見つめる。
 微妙な居心地の悪さを感じ、赤毛の少女が隣席に視線を流した。

「仕官を希望するのは夫のナイルです。私はほとんど引退した身ですので」
「夫だと?」

 サトリスがナイルを睨む。
 文字通りの意味で、め付けた。
 敵意どころか殺意すら感じる眼差しである。
 わけがわからない。

「ナイルといいます。魔導師です」

 判らないが、名乗らないわけにもいかず、漆黒の放浪魔導師が目礼する。
 反応は意外なものだった。
 なんとこの摂政、ふんと鼻を鳴らしたのである。

 ソーサラーという単語に感心もせず、ナイルの若さにも驚かない。
 むしろまったく価値を見出していないような態度だ。
 ふたたび視線をセシルに戻す。

「きみは……いや、貴殿は結婚しているのか」

 親しげに呼びかけようとして言い直す。
 セシルの脳内は、危険を示す赤いシグナルを点灯しっぱなしだった。

 このサトリスという男、明らかに自分を知っている。
 しかもセシルと名乗るより前の自分を。

 けど、見覚えはないのよね。
 内心で呟き、生まれてから今までの人名録を探り続ける。
 顔にも名前にも尋ねあたりがない。

「はい。数ヶ月前に結婚したばかりの、新婚です」

 疑問を抱きつつも、用意されていた設定を応える。
 大きく息を吐き、サトリスが天井を振り仰いだ。

 わずかに動く唇。

 小さく何か呟いたようだが、セシルには上手く聞き取れなかった。
 これもまた希有けうなことである。耳も良く注意力も鋭い彼女が、言葉を拾い損ねるというのは。

 反応したのはナイルだった。
 応接テーブルの下。
 少年の爪先が少女のブーツに触れる。
 二回。

 そろそろ切り上げよう、というサインだ。
 交渉も何もまとまっていない状態での撤退要請。ナイルもまた胡散臭いものを感じているのだろう。

 しかし、と、セシルはためらった。
 この時点で撤退したら、得るものは何もない上に再度の挑戦などありえない。
 危険を承知で踏み込むか、あるいは王宮への潜入そのものを諦めるか。
 ここが分水嶺ぶんすいれいだ。
 ぐっと腹に力を入れる少女。

「閣下? いかがなさいました?」
「ああ、いや。すまないな」

 視線を戻すサトリスをまっすぐに見据える。
 なんだか良く判らないが、この摂政は自分になにがしかの興味を持っているらしい。
 利用しない手はない。

「それでですね。夫の仕官の件なのですが」
「……認めよう。報酬は月に金貨二百枚」

 破格、というほどではない。
 一般的な宮廷魔術師の俸給に比較すれば半分程度だ。
 まだまだ無名の魔導師としては、まあ納得すべきラインではあろうが。

「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
「はい?」

 首をかしげるセシル。たいして厚遇でもないのに、さらに条件を出すのはどういうことだろう。

「貴殿だ」

 すっと少女を指さしたサトリスがさらに続ける。

「僕の副将になってもらう。報酬は、月に金貨八百枚だ」
「っ!?」

 真摯しんしな言葉と待遇に、セシルが絶句した。

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