アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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第5章 忍び寄る足音

忍び寄る足音 4

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 竜というのは巣穴を作る生物である。
 まあ、人間だって家を造るので、さして珍しい習性ではない。

 ラグル洞窟と呼ばれる迷宮を作ったのは、火竜ボルケーノ。
 タイモールから三日くらいの程近い場所だが、じつのところ人間どもに先住権を主張する権利はない。

 人間たちが街を作るよりはるか昔から火竜が棲んでいたからだ。
 もっともタイモールと竜が争ったことなど、一度もないのだが。

「我らは人間と同じで雑食じゃが、身体に比して食事量は少ないし、好んで人間を食らうことなどないのじゃ」

 ほてほてと街道を歩きながら、マルドゥクが解説する。
 珍しく自分の足で歩いているが、荷物は全部ナイルとサトリスに持たせているため、足取りは軽い。

「けど、ヒカリモノが好きだから人を襲うことがあるんですよねー」

 師匠の横を進むセシルが言った。

「より正確には魔力を帯びた物品、じゃな」

 光っていれば何でも良いというのでは、カラスと異ならない。
 人間以上の知能をもっている竜ががらくたを集めるわけがなく、竜の巣穴には膨大な量の宝物が溜め込まれてゆく。

 そして、それを狙って冒険者たちが集まる。
 竜に挑もうという勇者たちだ。装備品だって半端なものではない。当然のようにマジックアイテムも持っている。

 敗れ、殺されれば、それらは竜のものとなる。
 逆に冒険者が勝利し、竜を打ち倒すことができれば、莫大な財宝が手に入るということだ。
 ある意味において、竜と人間の利害は一致しているともいえる。

「まー ボルケーノの財宝を狙って集まった連中がベースキャンプをつくりー それが少しずつ発展して集落になりー 村になりー 街になっていったんだろうねー」

 妙に感心したようにいうセシル。

「けどよ。なんでドラゴンはマジックアイテムを集めるんだ?」

 ナイルが質問する。

「エサじゃよ」
「食べるのかっ」
「否。身近に置いておくだけじゃ。それらが放つ魔力を浴びることで活力とするのじゃよ。ナイルや」
「けどマルドゥクはマジックアイテムとか身につけてないよな?」
「然り。ゆえに、夜な夜な汝の精気を吸い取っておる」
「ひぃぃぃっ」

 なぜか胸と股を隠す少年。

淫魔サキュバスかよ」

 くだらない冗談の応酬にサトリスが苦笑した。

「この見た目では判らぬじゃろうが、ちゃんとマジックアイテムを身につけておるぞ。我の右手首に巻いてある腕輪じゃな。オリハルコンの台に魔晶石を散りばめてある」
「お師匠さんの手首に巻くほどの大きさのオリハルコン……」

 ごくりとセシルが喉を鳴らした。
 本性を現したマルドゥクは巨体である。腕の太さなど、大人がふたり腕をいっぱいに伸ばしたくらいもあるのだ。

「ちょっと想像もつかないですねー」
「むしろ、どうやってそんなものを作ったのかって方が謎だよ」

 魔力を帯びた希少金属であるオリハルコン。
 強力な魔力触媒の魔晶石。
 どちらもそうそう簡単に手に入るものではないし、加工だって非常に難しい。
 オリハルコンの強度は、たとえばミスリル銀などをはるかに凌ぐのだ。

「製法は我にもわからん。プレゼントされたものじゃからの」

 懐かしそうに幼女が目を細めた。
 たしか、出会って二十年を記念する日だ。
 青年期を過ぎ、壮年の域に入っていた彼が、照れながら渡してくれたプレゼント。
 金鱗に深紅の魔晶石が映える、と、二人で笑いあったものだ。

「ほんっと、何者なんですかねー お師匠さんの元カレってー」

 店長の言葉に大きく頷く番頭ズ。
 オリハルコンや魔晶石を調達できるとか、しかもそれを加工できるとか。
 どんなスーパーマンだって話だ。

「恋人ではないというに」

 旅行用の杖を伸ばし、幼女が愛弟子の頭を小突いた。




雷の線ホーミングレーザー!」

 サトリスが左腕をかざすと、彼の背後の空間から五条の光が出現し、洞窟内を飛び回る石悪魔ガーゴイルどもに襲いかかる。
 不規則な機動を描きながら。
 かわしたと思ったら戻ってきて命中するのだから、ガーゴイルたちもたまらない。
 翼を貫かれ、次々と地面に落ちる。

「3D戦闘は面倒なんでね。封じさせてもらうよ」

 冷たく響く言葉。
 音高く剣を抜き放つ。
 白銀の刀身は、強い魔力を帯びて輝いていた。
 鋭い踏み込み。
 一閃で一匹。二閃で二匹。
 次々と屠ってゆく黒髪の勇者。

「おおー 強えー強えー さすが主人公さまだぜ」

 ナイルが無責任に褒め称えてやる。
 もちろんサトリスが嫌な顔をした。

「見てないで戦えよ。ナイル」
「ノルマは果たしたぜ」

 にやりと笑って右手をかざす魔導師。
 光の槍が握られている。
 周囲には頭を吹き飛ばされ、石くれと化したガーゴイルども。
 十数匹に及ぶ石悪魔の襲来も、ほとんど二人で片づけてしまった。

 セシルとマルドゥクは本当に見てるだけである。
 なんというかこの男ども、互いに功を競って譲らないのだ。
 自分の方が役に立っているだろう、とアピールするかように。

「ふたりともー あんまり無理しちゃダメだよー あたしもいるんだから、取りこぼしても問題ないんだよー?」

 赤毛の店長さんが番頭たちを心配するが、まったく効果がない。
 むしろセシルがいるからこそ取りこぼせないのだ。
 自分の持ち分から取りこぼし、セシルの手を煩わせたら、クソ野郎に何を言われるか知れたものではない。
 そっくりそのまま同じことを考えるナイルとサトリスである。

「……罪作りなことじゃな」

 ぽそりと呟くマルドゥク。
 あまりにも小さな声だったので、セシルの耳を射程にはとらえなかった。

「にゅ? なんかいいました? お師匠さん」
「なにも言うておらぬ。それより妙じゃな」
「妙ですか?」
「我が洞窟に入ったのに、ボルケーノが出迎えにも現れぬ。そこまで横着な小僧ではないと思うたがの」
「火竜を小僧扱いとか……」
「我の方が六百歳ばかり年長じゃ。小僧と呼んでも大過あるまい」

 言いながら、ナイルとサトリスが啓開けいかいした道を歩む。
 さすが竜の棲処すみかだけあって、下等なモンスターなどは住み着いていない。
 たとえばゴブリンなどが入り込んでも、番人役の石悪魔に駆逐されるのだろう。

「このガーゴイルってボルケーノが作ったものなんですか? お師匠さん」
「さての。あやつが人間の工芸に興味があるかどうかまで我は知らぬよ。さほど親しいわけでもないでの」

 洞窟を進む一行。
 迷宮というほど複雑な構造ではない。
 ほぼ一本道だ。

「そういやナイル。さっきの魔法はなんだ? 無詠唱だったが」
「この世界じゃ精神魔術っていうらしいぜ。俺が転生したときに授かったっぽい力は、超能力だ」
「なんつーベタな……」
「ほっとけ。普通にサイコキネシスとかパイロキネシスとかも使えるけど、マルドゥクに習ったいまのやつが使い勝手が良くてな」
「光の槍か」
「PKランスっていうらしい」

 サイコキネシスで光の槍を生み出す。
 斬ることはできないが、突き刺すことも投射することもできて、しかも伸縮自在だ。

「かっちょいい名前を付けよう!」

 熱心に主張するセシル。

「PKランスでええのんちゃうんか?」

 謎言語で反論するサトリス。
 そんなもので引き下がるほど店長さんは甘くない。

「神殺しの槍にしよう!」
「ガーゴイルしか倒してないが……」

 ぼそぼそいうナイルだったが、むろん一顧だにされなかった。

「ほれ。遊んでいないで先に進まぬか。洞窟など、長居したい場所でもないでな」

 他人様の住居に入り込んでおいて勝手なことをいうマルドゥクが、若者たちを促した。




 散発的な襲撃を、ほとんど一瞬で粉砕しながら一行が進む。
 元勇者と史上最年少魔導師のコンビプレイには、危なげなところがまったくない。

「あたしの出番が全然ないんだけどー」
「少なすぎる……」

 セシルの嘆きにサトリスが応えた。

「賃上げ要求ならきかないよー?」
「いや、そうじゃなくて、敵の数がね。これじゃまるで」
「留守宅じゃよ」

 言葉を引き継ぐようにしてマルドゥクぐ口を開く。

「ボルケーノはここにはおらぬ」
「え? どういうことです? お師匠さん」
「その答えは、すぐに出ような」

 幼女が杖で前方を指す。
 ラグル洞窟の最深部。
 巨大な広間が口を開けていた。

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